オペラ解説:「アンドレア・シェニエ」と「トスカ」 (3) キャラクター:ソプラノ編

 

マッダレーナとトスカ;揺らがぬ女と不安定な女

マッダレーナの場合

 

マッダレーナはコワニー伯爵家のお嬢様です。何不自由なく育ち明るい性格で、パーティーに現れた詩人シェニエをちょっとからかう位の茶目っ気があります。しかし嘲笑されたと思ったシェニエが 「ある日青空を眺めて を歌うと、その内容を理解し「お許しください!」と貴族であるにもかかわらずシェニエにあやまる素直さと優しい心を持っているのがわかります。

 

しかし第2幕、フランス革命が勃発し彼女の環境は激変します。 貴族であることがわかれば殺されてしまいます。 パリに隠れ住み、以前召使いとして使っていたベルシが彼女を養っています。 彼

 

女は生きていることそのものに罪悪感を覚え昔のパーティーで会ったシェニエをひたすら想って暮らし、シェニエに自分の名を隠して手紙を書き続けますが、ついに彼女は危険を冒してシェニエに会い強い愛を確かめます(第2幕、 愛の二重唱)。

 

第3幕、シェニエがジェラードによって捕らえられると、彼女はジェラールの元へシェニエの助命に出かけます。 ジェラードが彼女を得る為にシェニエを捕らえたこと、そしてジェラードが彼女を奪おうとしているのを知ります。 すると彼女はジェラードに自分の今までの悲惨な境遇を語るのです。

 

 

私の母は部屋のドアの前で死にました。 私を助けてくれたのです。

私の家は焼け、私はたった一人になりました。

 

 

飢えと悲惨!欠乏と危険!私は病気になり、気立てが良く純粋なベルシは私の為に春を売りました。

私は私を愛する者に不幸をもたらすのです。

 

そんな苦しみの時、調和に満ちた声が言いました:「生きなさい!私は命!・・・あなたは一人ではありません!私は愛です!私は愛なのです!」

 

そして彼女は更にキッパリと言います。

 

「私の体は死にかけています。 ですから私の体をおとりください。 私は既に死んでいるのですから!」

 

と、彼女の生きるただ一つの希望がシェニエへの愛であることをジェラードに訴えます。

この歌がマッダレーナのアリア  “La mamma morta”  「亡くなった母が」 です。ハルテロスの感動的な歌で。

歌詞対訳:「亡くなった母が」

La mamma morta m'hanno alla porta 

私の母は私の部屋のドアの前で死にました。

 

della stanza mia; moriva e mi salvava! 

私を助けてくれたのです!

 

poi a notte alta io con Bersi errava, 

夜遅くベルシとさまよい歩きました。

 

quando ad un tratto un livido bagliore 

その時、突然打ちのめされてしました。

 

guizza e rischiara innanzi a' passi miei 

私の目の前の暗い夜道がちらちらと明るくなり!

 

la cupa via! Guardo! 

見ると!

 

Bruciava il loco di mia culla! 

私の家が燃えていたのですから!

 

Così fui sola! E intorno il nulla! 

私はひとりぼっちになりました!そして全て失いました!

 

Fame e miseria! Il bisogno, il periglio! 

飢えと悲惨! 貧困と危険!

 

Caddi malata, e Bersi, buona e pura, 

私は病気になり, 気立てが良く清純なベルシは,

 

di sua bellezza ha fatto un mercato, 

春を売ったのです,

 

un contratto per me! 

私の為に!

 

Porto sventura a chi bene mi vuole! 

私は私を愛する者に不幸をもたらすのです!

 

Fu in quel dolore 

そんな苦しみの中

 

che a me venne l'amor! 

愛が私のもとに訪れました!

 

Voce piena d'armonia e dice: 

調和に満ちた声がこう言いました:

 

"Vivi ancora! Io son la vita! 

「生きなさい!私は命!

 

Ne' miei occhi è il tuo cielo! 

私にはあなたの楽園がみえるのです!

 

Tu non sei sola! 

あなたはひとりぼっちではありません!

 

Le lacrime tue io le raccolgo! 

私はあなたの涙を受けとり!

 

Io sto sul tuo cammino e ti sorreggo! 

あなたの行く道を助けましょう!

 

Sorridi e spera! Io son l'amore! 

笑って下さい!そして希望を持って下さい!私は愛!

 

Tutto intorno è sangue e fango? 

あたりは血と泥にまみれているのですか?

 

Io son divino! Io son l'oblio! 

私は神聖なる者!私は忘却!

 

Io sono il dio che sovra il mondo 

私はこの世の神

 

scendo da l'empireo, fa della terra un ciel! Ah! 

天より降りて、この地を楽園に変えるのです! ああ!

 

Io son l'amore, io son l'amor, l'amor" 

私は愛、私は愛、愛なのです」、と

 

 

 

 


 

彼女はもはやかわいいお嬢さんでも、生きる目的を見失い悲嘆にくれる女でもありません。 愛する人を救うためなら自分の身を犠牲にしても構わない、と固く決心した芯の強い女性に変わっています。

 

このアリアは何が何でもマッダレーナを我が物にしようとするジェラードの心を180度変えてしまうほどのインパクトを持って歌われねばなりません。

 

この歌に深く心を打たれたジェラールは何とかシェニエを救おうとしますが、結局シェニエはギロチン送りと決まります。

 

彼女にとってシェニエは生きる目的です。 シェニエが死ぬと決まった時、彼女は生きる事よりもシェニエと共に死ぬ決心をします。そしてジェラードの助けを得、シェニエの捕らわれている牢獄に向かい、シェニエと愛の陶酔感に浸りながら (第4幕、最後の場面)ギロチン台に向かってゆくのです。 (下の動画)(二人の最後の二重唱の対訳はテノール編にあります)

 

第4幕最終場。 カウフマンとウエストブルック

歌詞対訳:最後の場面

  

MADDALENA, CHÉNIER 

Amor! Amor! Infinito! Amor! Amor!

愛!、愛!永遠に!、愛!、愛!

 

SCHMIDT 

Andrea Chénier! アンドレア・シェニエ!

 

CHÉNIER 

Son io! 僕だ!

 

SCHMIDT 

Idia Legray!  イデア・レグリエー

 

MADDALENA 

Son io! 私です!

 

MADDALENA, CHÉNIER 

Viva la morte insiem!

万歳 共に死を!

 


 

繰り返しますが、 このオペラの中でマッダレーナはかわいいお嬢さんから愛の為に自らを犠牲にしようとする揺らぐことのない意志をもった大人の女に変身してゆきます。 シェニエは彼女の究極的な犠牲によって精神的に救われたといってよい。 マッダレーナは演じ甲斐、歌い甲斐のある、ソプラノにとって魅力的な役です。(2018.3.1. wrote)


 

トスカの場合

 

トスカは元々の戯曲によれば孤児。 修道院で育ちます。そしてその声の良さを買われて歌姫になります。 第2幕では王妃様の前で歌を歌う位ですから、とても声の良い人気歌手だったのでしょう。

 

但し彼女は欠点だらけの女です。

まずは異常に嫉妬深い。 第1幕で登場したときから既に

 

急いで走り去ってゆく足音と衣擦れの音をきいたのよ・・・・

 

と、カヴァラドッシに女の影があるのではないかと疑います。 そして彼を鋭く追求します。 そう、性格も激しく、短気で、我慢ができない女なのです。

 

彼女の最初の歌、「マ〜リオ!」 、「マ〜リオ!」、「マリオ!」「マリオ!」「マリオ!」という、いらいらした歌い方で彼女の性格ははっきりとわかります。 (というかわかるように歌ってください。)

 

そして彼が描いたマグダレーナのモデルがアッタヴァンティ夫人だと気が付くと、彼女に嫉妬します。 画家が女性を描いたからと行ってこんな焼き餅を焼くことは普通ないです。 彼女は自分が彼を愛しているほどに彼から愛されているか、いつも不安なのです。カヴァラドッシになだめられてやっと落ち着きます。

 

これが彼女の2番目の欠点。 情緒不安定。 気は強くても精神的に強くはなさそうですね。 彼女の強い嫉妬心と情緒不安定さは結局スカルピアに上手く利用されてしまいます。

 

第2幕、カヴァラドッシが死刑宣告を受け、スカルピアに迫られると窮地に陥った彼女は

 “Vissi d’arte, vissi d’amore” 「歌に生き、愛に生き」を歌います。

 

「神様、私は歌に生き愛に生きて参りました。 私は悪いことをせず良い行いをしてきました。 あなたを信仰して参りました。 それなのに何故この様な運命をお与えになるのですか?」 

 

第2幕、「歌に生き恋に生き」 

歌詞対訳:「歌に生き恋に生き」

Vissi d'arte, vissi d'amore, 

歌に生き、愛に生き、

 

non feci mai male ad anima viva!...

生きとし生きる物を傷付けることは決してありませんでした・・・

 

Con man furtiva 

人知れず

 

quante miserie conobbi, aiutai... 

哀れな人々を何人助けたことでしょう・・・

 

Sempre con fe' sincera, 

変わらぬ信仰を持ち

 

la mia preghiera 

祈って参りました

 

ai santi tabernacoli salì. 

礼拝堂に参って

 

Sempre con fe' sincera 

変わらぬ信仰を持ち

 

diedi fiori agli altar. 

祭壇に花々を捧げました。

 

Nell'ora del dolore 

この苦難の時にあって

 

perché, perché Signore, 

何故、何故、主よ、

 

perché me ne rimuneri così? 

こんな苦しみをお与えになるのですか?

 

Diedi gioielli 

宝石を

 

della Madonna al manto, 

聖母のマントに捧げ

 

e diedi il canto 

歌も捧げました

 

agli astri, al ciel, che ne ridean più belli. 

星々へ、天へ、そしてそれらは更に美しくなるのです

 

Nell'ora del dolore, 

この苦難の時にあって

 

perché, perché Signore,Ah!

何故、何故、主よ、ああ! 

 

perché me ne rimuneri così? 

こんな苦しみをお与えになるのですか?

 

 

 


 

この歌は絶望と悲哀に満ちた素晴らしいアリアです。 数あるオペラの中で最も人気のあるアリアの一つでしょう。 しかし彼女はカヴァラドッシが捕らえられた原因が自分にあるとわかってはいない。 「私は悪くないのに何故なの?」と、言っています。 つまりあまり賢くはないのです。

 

そして、 絶体絶命、絶望の縁に立たされ、ふと目をテーブルにやるとそこにナイフがあるのです。彼女は後先顧みず発作的にそのナイフを取りスカルピアを刺し殺します。 彼女は考えてから行動するタイプではなく、衝動的に行動する女です。 マッダレーナとはまったく違う。

 

と、欠点ばかり書き並べました。

 

我が家人は「こんな阿呆女を愛するとはなんと愚かな男だ!カヴァラドッシも大馬鹿野郎だ」と声高に言ってはばからないのですがそれも一理ある。

 

しかしこれだけトスカが愛されるのには理由があるでしょう。 とにかく彼女は美しい。 非常に歌の上手い芸術家であり、「歌に生き、愛に生き」で語られているように、貧しい者を助け、信心深く優しい人だったのでしょう。 更に愛情深く、精神的にもろい所などはまさにプッチーニ好みのかわいい女。

 

そんな彼女が追い詰められ、ローマ中で恐れられていたスカルピアを殺す。 聴衆は「ああ、なんてかわいそうなのだ!」、とトスカに共感し、涙するのでしょう。 カヴァラドッシは彼女の長所ばかりでなく、欠点も丸ごと含めて彼女を愛していたのに違いない。

 

最後にカヴァラドッシは殺されてしまいます。 全てを悟ったトスカは

 

“O Scarpia, Avanti a Dio!”     「おおスカルピア、神の御前で!」

 

と叫んで城壁から飛び降ります。

スカルピアも自分も罪あるもの。 神の御前で一緒に裁いて頂こう!と死んでいったのです。 (2018.3.1. wrote)