オペラの醍醐味:バリトンの魅力(人気アリアと有名な歌手たち)

 

典型的なバリトンの音域は概ねG2~G4、(低いソ音から高いソ音まで)。バリトンとテノールの音域は高音で3度くらいしか違わないのですが、声が輝く領域が異なるように思います。テノールの声は高音に行くほど輝かしいですが、バリトンの声は中低音領域で印象的に響くのです。

 

バリトンは男性の中で一番多い声です。ですから需要の割に供給の少ないテノールよりも生存競争が厳しいかもしれません。そのためかバリトン歌手の歌唱力や演技力は高く、見た目も良く、知的な歌手が多いという印象があります。その点No brainer (脳無し)君と親しみを込めて呼ばれるテノール(低脳留)達とはちょっと違った雰囲気があります…テノールへのいわれのない偏見、バリトンへのえこひいきをお許しあれ。

 

オペラでバリトンが歌うのは主役テノールの敵役、友人役、お父さんやお兄さん役、悪魔役など様々でテノールよりは賢そうな役が多いです。しかも憎悪、復讐、悲哀、自虐、自己嫌悪、友情、そして愛とは言っても相手に愛されぬ愛、子供への情愛、など様々な感情表現を要求されます。

 

(以下に紹介する動画のうち「iltrovatoreのオペラ解説」で紹介済みのアリアには和訳がついています)

 

なお関連記事として、オペラの魅力:バスの魅力メゾソプラノの魅力 & テノールはつらいよ があります。

 

*****   *****   *****

  

バリトンの声にも幅があり、明るい声で軽快に歌うバリトンから、バス歌手の役も歌える(低音が充実した)バスバリトンと呼ばれるバリトンまで様々です。

 

明るく軽快に歌うバリトンのキャラクターといえばロッシーニ作曲「セヴィリアの理髪師」のフィガロです。活発で生き生きとして行動力があって頭も良い庶民階級の代表です。軽々と鉄砲玉を打ち出すように早口で喋りまくります。

 

下の動画は若かりし頃のトーマス・ハンプソンが歌うフィガロのアリア「私は町の何でも屋」です。陽気で人を食ったような態度が魅力的です。途中でハイCも出すという離れ技を披露しますが、そのハイCがさほど魅力的ではないのは彼がバリトンだからでしょうか。(下の動画では2:43くらいのところでハイCを出している)

La La la la le ra la la la la…

 

Largo al factotum della città, largo

町の何でも屋に道をあけておくれ。

 

la la la…

 

Presto a bottega che l'alba è già, presto。

もうすぐ夜明けだ、店に急げ、

 

la la la…

 

Ah, che bel vivere, che bel piacere, che bel piacere

ああ、なんて楽しい人生なんだ、なんという喜び

 

per un barbiere di qualità! di qualità!

上手な床屋さ!

 

Ah, bravo Figaro! Bravo, bravissimo! bravo.

ああ、ブラボーフィガロ!、最高さ!

 

la la la…

 

Fortunatissimo per verità! bravo. la la la…

fortunatissimo per verità!  fortunatissimo per verità!

本当に幸運な男さ!

 

la la la…

 

Pronto a far tutto, la notte e il giorno

何事にも準備万端、朝でも夜でも

 

sempre d'intorno in giro sta.

いつでもにぎやかいつも動いてる。

 

Miglior cuccagna per un barbiere,

床屋にとっちゃ最高に幸運さ

 

vita più nobile, no, non si da.

もっと上品な人生、いやいや、ありえない。

 

la la la…

 

Rasori e pettini lancette e forbici,

剃刀とクシ 針とハサミ

 

al mio comando tutto qui sta.

俺の意のままに全て用意ができている。

 

lancette e petini, lancette e forbici,

針とクシ、針とハサミ

 

al mio comando tutto qui sta.

俺の意のままに全て用意ができている。

 

V'è la risorsa, poi, del mestiere

それから他にもあるのさ

 

colla donnetta, col cavaliere, colla donnetta

la la la…     col cavaliere 

女性、騎士の皆様方に 女性の皆様に 騎士の皆様方に

 

la la la…

 

Ah che bel vivere che bel piacere! che bel piacere!

ああ、なんて楽しい人生なんだ!なんと言う喜び!

 

per un barbiere di qualità! di qualità!

上手な床屋さ!

 

Tutti mi chiedono, tutti mi vogliono,

みんなが俺を呼びたてる、みんな俺に来てほしいのさ、

 

donne, ragazzi, vecchi, fanciulle:

奥様方や子供達、年寄りやお嬢ちゃんたちも:

 

Qua la parrucca. Presto la barba.

カツラがほしい ヒゲをそってくれ

 

Qua la sanguigna. Presto il biglietto.

血をとって この手紙を急いで持っていって

 

Tutti mi chiedono, tutti mi vogliono.

Tutti mi chiedono, tutti mi vogliono, 

みんなが俺を呼びたてる、みんな俺に来てほしいのさ、

 

Qua la parrucca. Presto la barba. Presto il biglietto.

カツラがほしい ヒゲをそってくれ, この手紙を急いで持っていって

 

Figaro! Figaro! Figaro!…

フィガロ!フィガロ!フィガロ…

 

Ahimè! Ahimè! Che furia! Ahimè! che folla!

ああ、なんて大騒ぎ!なんて人混みなんだ!

 

Uno alla volta, per carità. per carità. per carità.

Uno alla volta, Uno alla volta, Uno alla volta per carità.

お願いだから、一人ずつにしてくれ

 

Figaro; son qua! Ehi Figaro; son qua!

フィガロ;ここにおりますよ!

 

Figaro qua, Figaro là, Figaro qua, Figaro là,

フィガロこっちだ、フィガロあっちだ、

 

Figaro su, Figaro giù. Figaro su, Figaro giù.

フィガロ上だ、フィガロ下だ

 

Pronto, prontissimo son come il fulmine,

速く、速く、俺は稲妻みたいだ、

 

sono il factotum della città. della città. della città. della città. della città.

俺は町の何でも屋。

 

Ah, bravo, Figaro, bravo, bravissimo, Ah, bravo, Figaro, bravo, bravissimo,

ああ、すごいぞフィガロ、物凄いぞフィガロ、

 

A te la fortuna, A te la fortuna, A te la fortuna non mancherà.     la la la…

A te la fortuna, A te la fortuna ,A te la fortuna, non mancherà.

俺が運に見放されることはないさ。

 

Sono il factotum della città. Sono il factotum della città. della città. della città.

俺は町の何でも屋。


そうそう、テノールでも苦労するハイCを出せるバリトンがいるのです。そう言えばハンプソンは以前余興で「乾杯の歌」のテノール役を余裕シャクシャクで歌ってました…

 

またモーツアルト「魔笛」のパパゲーノも明るく軽めのバリトン声があっていますね。喜劇俳優並みの演技をし続けながらおもしろおかしく歌わなければならないのが大変です。人気のアリア「オイラは鳥刺」を歌うのはブッファ(喜劇)系バリトンの大御所だったヘルマン・プライ。


 

しかしiltrovatoreにとってバリトンの一番の魅力は中低音の充実し深々とした響きです。

 

バリトンを重視したヴェルディ

 

そんな魅力を持つバリトンを主役、または主役並のポジションに据えたのがヴェルディです。ヴェルディバリトンに要求される音域は普通のバリトン役より高めで歌うのも大変だということですがその分声は輝かしく朗々と響きわたるのです。

 

バリトンが主役のヴェルディオペラと言うと、「ナブッコ」「リゴレット」「マクベス」「シモン・ボッカネグラ」「ファルスタッフ」など沢山思い浮かびますが、「リゴレット」(オペラ解説「リゴレット」)がとりわけ印象深いです。

 

不具で他者を嘲り誰からも憎まれるリゴレット。その彼は何者にも替え難く愛する娘を廷臣達に奪われてしまいます。彼女を取り戻すため下劣な廷臣達を脅し、哀願する第2幕終盤のアリア「悪魔め、鬼め」はドラマチックで心を打たれます。

 

現在リゴレット歌いNo.1バリトンと言ったらそれはレオ・ヌッチと言って間違いないです。70歳を超えたとは思えないバリバリ現役の歌唱は現在でもかなう者無し。(下の動画、日本語字幕付き)


 

主役ではないけれどバリトンが主役並みに重要な役割を果たすキャラクターといえば、「ドン・カルロ」(オペラ解説「ドン・カルロ」)のポーザ卿、ロドリーゴです。彼はカルロとの有名な「友情の二重唱」や「ロドリーゴの死」(私の最後の日〜私は満ち足りて死んでゆく) などを歌い主人公のカルロよりずっと存在感があります。

 

「ロドリーゴの死」はロドリーゴのカルロに対する友情や己の信条に殉ずる気高さを表す非常に美しいアリアです。ヴェルディバリトンとして人気の高いルドヴィック・テジエの歌で。

「ロドリーゴの死」

RODRIGO

Son io, mio Carlo.

私です、カルロ様

 

CARLO

O Rodrigo!

おお、ロゴリーゴ!

 

io ti son ben grato di venir di Carlo alla prigion.

牢獄にいる僕を訪ねてくれるなんてありがたい。

 

RODRIGO

Mio Carlo!

カルロ様!

 

CARLO

Ben tu il sai!

わかっているだろう!

 

m’abbandonò il vigore!

僕の力は失われた!

 

D’Isabella l’amor mi tortura e m’uccide.

イザベラへの愛は僕を苛み殺そうとしている。

 

No, più valor non ho pei viventi!

もう僕が生きる価値はない。

 

Ma tu puoi salvarli ancor;

しかし君は彼らを救える;

 

oppressi no, non fian più.

もう、彼らを抑圧してはならない、

 

RODRIGO

Ah! noto appien ti sia l’affetto mio!

ああ!あなたさまに私の思いをお知らせしたいのです!

 

Uscir tu dêi da quest’orrendo avel.

あなた様はこの恐るべき墓場からお出になることでしょう。

 

Felice ancor io son

私は幸せです

 

se abbracciarti poss’io.

あなたと抱擁できれば。

 

Io ti salvai!

あなた様をお救い申し上げました!

 

CARLO

Che di’?

何を言っている?

 

RODRIGO

Convien qui dirci,

ここで言った方がよろしいでしょう。

 

Convien qui dirci addio.

ここでお別れを言った方がよろしいでしょう。

 

O mio Carlo!

おお、カルロ様!

 

Per me giunto è il dì supremo,

私にとって最後の日がやってきました。

 

no, mai più ci rivedrem;

もう二度とお会いすることはないでしょう。

 

ci congiunga Iddio nel ciel,

神が天国で我らを再び結び付けてくれるでしょう、

 

Ei che premia i suoi fedel’.

主は忠実な者に報いてくれます。

 

Sul tuo ciglio il pianto io miro;

あなたの睫毛に涙が見えます;

 

lagrimar lagrimar così perché?

何故、泣いておられるのでしょう?

 

No, fa cor, no, fa cor,

さあ、気を取り直してください、

 

l’estremo spiro, l’estremo spiro lieto è

a chi a chi morrà per te.

あなたのために死ねるのは幸せです。

 

No, fa cor, no, fa cor,

さあ、気を取り直してください、

 

l’estremo spiro lieto è a chi morrà per te. lieto è a chi morrà per te.

あなたのために死ねるのは幸せです。

 

CARLO

Che parli tu di morte?

なぜ死ぬというのだ?

 

RODRIGO

Ascolta, il tempo stringe.

お聞きください、あまり時間がありません。

 

Rivolta ho già su me la folgore tremenda!

私は私に怒りの稲妻が落ちてくる様にいたしました!

 

Tu più non sei oggi il rival del Re:

あなた様はもはや王の敵ではございません:

 

il fiero agitator delle Fiandre... son io!

フランドルの凶暴な扇動者は・・・私です!

 

CARLO

Chi potrà prestar fé?

誰が信用するか?

 

RODRIGO

Le prove son tremende!

とてつもない証拠です!

 

I fogli tuoi trovati in mio poter

あなたの書類が私のところで見つかったのです

 

della ribellion testimoni son chiari,

反乱の証拠は明白です、

 

e questo capo al certo a prezzo è messo già.

そしてこの首にはすでに懸賞金がかけられています。

 

CARLO

Svelar vo’ tutto al Re.

王に全てを明らかにしたい。

 

RODRIGO

No, ti serba alla Fiandra,

いいえ、フランドルのために御自制を、

 

ti serba alla grand’opra,

大いなる仕事のために御自制を、

 

tu la dovrai compire;

あなた様が成し遂げねばならぬのです;

 

un nuovo secol d’ôr rinascer tu farai;

あなた様が新たに光り輝く時代を導くのです;

 

regnare tu dovevi, ed io morir per te.

あなた様が統治し、私はあなた様のために死ぬのです。

 

(ロドリーゴが撃たれる)

 

CARLO

Ciel, la morte! per chi mai?

なんと、死んでしまった! 誰を狙ったのか?

 

RODRIGO

Per me! la vendetta del Re

私です!王の復讐です

 

tardare non potea!

素早い!

 

CARLO

Gran Dio!

なんと言うこと!

 

RODRIGO

O Carlo, ascolta, la madre

お聞きください、カルロ様、お母上が

 

t’aspetta a San Giusto doman;

明日サンジュストであなた様をお待ちしています;

 

tutto ella sa.

母上は全てご存知です。

 

Ah! la terra mi manca!

ああ!私はこの地から去るのだ!

 

Carlo mio, a me porgi la man!

カルロ様、お手を!

 

Io morrò, ma lieto in core,

私は死にますが幸せです、

 

ché potei così serbar alla Spagna un salvatore!

スペインの救世主をお助けすることができたのですから!

 

Ah! di me non ti scordar!

ああ!私をお忘れくださるな!

 

Di me non ti scordar!

私をお忘れくださるな!

 

Regnare tu dovevi, ed io morir per te.

あなたが支配なさらねば、そして私はあなた様のために死ぬのです。

 

Ah! io morrò, ma lieto in core,

ああ!私は死にますが幸せです、

 

ché potei così serbar alla Spagna un salvatore!

スペインの救世主をお助けすることができたのですから!

 

Ah! di me non ti scordar!

ああ!私をお忘れくださるな!

 

Ah! la terra mi manca...

ああ!私はこの地から去るのだ!

 

la mano a me, a me...

私に、私にお手を・・・

 

Ah! salva la Fiandra...

ああ!フランドルをお救いください・・・

 

Carlo, addio,...ah! ah!

カルロ様、さらば・・・ああ!ああ!

 

 

 


 

同様に「イル・トロバトーレ」(オペラ解説「イル・トロバトーレ」)、マンリーコの恋敵ルーナ伯爵も存在感抜群です。独善的で嫉妬深い彼ですがレオノーラへの愛を歌う「君の微笑み」も魅力的です。歌うのは美声のヴェルディバリトンとして有名だったエットレ・バスティアニーニ。

「君の微笑み」

Il balen del suo sorriso D'una stella vince il raggio! 

彼女の微笑みのかがやきは星よりも勝る!

 

Il fulgor del suo bel viso Novo infonde, novo infonde a me coraggio! 

彼女の美しい顔の輝かしさは、私に勇気をくれる! 

 

Ah! l'amor, l'amore ond'ardo Le favelli in mio favor! 

ああ!燃え上がる愛、愛、 私の為に語っておくれ! 

 

Sperda il sole d'un suo sguardo 

太陽のような彼女の一瞥で吹き払っておくれ 

 

La tempesta del mio cor. 

私の心に吹き荒れる嵐を. 

 

Ah! l’amor, l’amor ond’ardo Le favelli in mio favore!

ああ!燃え上がる愛、愛、 私の為に語っておくれ! 

 

Sperda il sole d’un suo sguardo 

太陽のような彼女の一瞥で吹き払っておくれ 

 

La tempesta del mio cor.

私の心に吹き荒れる嵐を. 

 

Ah! l’amor, l’amor ond’ardo Le favelli in mio favore,

ああ!燃え上がる愛、愛、 私の為に語っておくれ! 

 

Sperda il sole d’un suo sguardo  

太陽のような彼女の一瞥で吹き払っておくれ 

 

La tempesta,

吹き荒れる嵐を,

 

(Sperda il sole d’un suo sguardo)

(太陽のような彼女の一瞥で吹き払っておくれ)

 

Ah!  (la tempesta

ああ! (嵐を)

 

la tempesta del  cor.

私の心にある嵐を.

 

(括弧内は本来の楽譜に無い

 

後半カバレッタ部分の訳は省略

 

 


 

一方悪の権化としてのバリトン役は「オテロ」(オペラ解説「オテロ」)のイヤーゴでしょう。己の無慈悲な邪悪さを正当化し、「美しきものは嘘、死は虚無だ。天国など古臭い話さ!」と皮肉混じりに言い切るのがイヤーゴの「クレド(信条)」です。歌の内容は実に醜いのに音楽が最高に良い。

 

イヤーゴは残酷にも、冷酷にも、卑劣にも、狡猾にも、如何様にも演じられる面白さがあり、歌手は歌っていてさぞ充実感があるだろうなと思います。下の動画は、「クレド」を歌うカルロス・アルバレス。男性的でエネルギッシュな歌い方です。

「クレド」

JAGO 

Non ti crucciar. Se credi a me, tra poco 

心配されることはない。私を信ずればじきにあなた様は

 

farai ritorno ai folleggianti amori di Monna Bianca, 

ビアンカ様の熱い愛を取り戻せましょうぞ、

 

altiero capitano, coll'elsa d'oro e col balteo fregiato. 

黄金の(刀の) 柄と飾り帯をお持ちの副官殿。

 

CASSIO 

Non lusingarmi. . . 

お世辞は無用だ・・・

 

JAGO 

Attendi a ciò ch'io dico. 

私奴の忠告をお聞き下さい。

 

Tu dêi saper che Desdemona è il Duce del nostro Duce, 

あなた様もご存じの様に、我らが指揮官の指揮官はデズデモナ様で、

 

sol per essa ei vive. 

我らが指揮官はあの方の為に生きておられます。

 

Pregala tu, quell'anima cortese 

あの方に嘆願なさいませ、あの方はお優しく

 

per te interceda e il tuo perdono è certo. 

あなた様の為にお取りなしくださり、間違いなく、あなた様は許して頂けるでしょう。

 

CASSIO 

Ma come favellarle? 

しかしどうやったらお目にかかれるだろう?

 

JAGO 

è suo costume girsene a meriggiar fra quelle fronde colla consorte mia.

あの方は我が妻と共に常日頃あそこの木陰でお休みになられる。

 

Quivi l'aspetta. Or t'è aperta la via di salvazione. Vanne. 

ここでお待ち下さい。あなた様が救われる道が開かれますぞ。 行かれよ。

 

JAGO 

Vanne; la tua meta già vedo. 

ゆけ、俺にはお前の行く末がみえる。

 

Ti spinge il tuo dimone, e il tuo dimon son io. 

お前の悪魔がお前を駆り立てる、お前の悪魔は俺だ。

 

E me trascina il mio, nel quale io credo, inesorato Iddio. 

そして俺を駆り立てるのは、俺が信ずる無慈悲な神だ。

 

Credo in un Dio crudel che m'ha creato simile a sè e che nell'ira io nomo. 

俺は無慈悲な神を信じる。その神は自らに似せて俺を創った。

 

Dalla viltà d'un germe o d'un atòmo vile son nato. 

俺は卑怯者の種、卑劣な原子から生まれたのだ。

 

Son scellerato perchè son uomo; e sento il fango originario in me. 

俺は悪者だ、なぜなら人間だからだ;俺は自分の内に原始の汚泥を感じる。

 

Sì! questa è la mia fe'! 

そうだ!これが俺の信条だ!

 

Credo con fermo cuor, siccome crede la vedovella al tempio, 

俺は固く信じる、後家が教会で信ずるように、

 

che il mal ch'io penso e che da me procede, per il mio destino adempio. 

俺が考え進める悪事は俺の運命を成就させる為だ。

 

Credo che il guisto è un istrion beffardo, 

俺は信じる、正直者はおろかしい役者さ、

 

e nel viso e nel cuor, che tutto è in lui bugiardo: 

顔も心もみんなうそだ:

 

lagrima, bacio, sguardo, sacrificio ed onor. 

涙も、キスも、見栄えも,犠牲も、名誉もみんなうそだ。

 

E credo l'uom gioco d'iniqua sorte 

俺は信じる、人は運命にもてあそばれるのさ

 

dal germe della culla al verme dell'avel. 

ゆりかごからウジ虫の湧く墓場まで

 

Vien dopo tanta irrision la Morte. 

馬鹿な奴らはみな死ぬのさ。

 

E poi? E poi? 

それで? それで?

 

La Morte è il Nulla.

死は虚無だ。

 

è vecchia fola il Ciel. 

天国など古くさい話さ!

 

 


 

イヤーゴほど悪ではないけれど、「運命の力」(オペラ解説「運命の力」)に出てくるレオノーラの兄ドン・カルロも高慢で復讐に凝り固まった嫌な奴。家名を汚す者として妹すら殺してしまう残酷な人間です。

 

彼は瀕死の友人(実は名前を隠した妹の恋人アルバロ)との誓いを破り、卑怯にもアルバロから託された小箱を開けてしまうのですが、小箱を開ける直前に友への信義をまっとうすべきか否か一瞬迷うのです。彼が一瞬垣間見せる良心の葛藤 (前半)、そしてその後ドン・アルバロを殺せると残忍な喜びを歌う (後半) のがアリア「我が運命を決める箱」です。歌うのはこれも有名なバリトンだったピエロ・カップッチルリ。アリアの前半部分。

CARLO 

Urna fatale del mio destino, 

我が運命を決める箱、

 

Va, t'allontana, mi tenti invano; 

行ってしまえ、追い払ってしまえ、俺を誘っても無駄だ;

 

L'onor a tergere qui venni, e insano 

名誉を消し去る為にここに来たか、きちがいじみている

 

D'un onta nuova nol macchierò. 

新たな恥辱に染まるのか。

 

Un giuro è sacro per l'uom d'onore; 

名誉ある男にとって誓いは神聖だ;

 

Que' fogli serbino il lor mistero. 

この書類は秘密のままにしておこう。

 

Disperso vada il mal pensiero 

Disperso vada il mal pensiero il mal pensiero

悪しき考えよ消えされ

 

Che all'atto indegno mi concitò. 

俺に無益な行いをさせようとした(考えよ)。

 

Disperso vada il mal pensiero 

Disperso vada il mal pensiero il mal pensiero

悪しき考えよ消えされ

 

Che all'atto indegno mi concitò. 

俺に無益な行いをさせようとした(考えよ)。

 

Disperso vada il mal pensiero 

悪しき考えよ消えされ

 

Che all'atto indegno mi concitò.

Che all'atto indegno mi concitò. 

俺に無益な行いをさせようとした(考えよ)。

 

 


 

次回はヴェルディ以外の様々な作曲家が描き出す魅力的なバリトンのキャラクターを紹介します。(2021.10.20 wrote) おたく記事に戻る


様々な作曲家が描き出す魅力的なバリトンのキャラクター

 

モーツアルト作曲「ドン・ジョバンニ」の主人公ドン・ジョバンニ。道徳感のかけらもなく女をかたっぱしから漁り、神をも恐れぬ不遜な貴族…なのだがなんとも魅力的。今回はドン・ジョバンニの女タラシ丸出しの二重唱「お手をどうぞ」。イギリスのバリトン、サイモン・キーンリサイドの歌で。


 

しかしバリトンの知名度No1といえば何と言ってもプッチーニ作曲「トスカ」(オペラ解説「トスカ」)スカルピア男爵でしょう。荘厳なミサの真っ最中に残虐でサディティックな欲望を威嚇的に歌い上げます(「テ・デウム)。バリトンなら一度は歌ってみたい魅力的な悪役キャラクターです。ティト・ゴッビはこの役で有名でした。(動画の最初の方は舞台裏でゴッビがスカルピアになるところ)

SCARPIA 

Tre sbirri... Una carrozza... 

部下3人と・・・馬車一台・・・・

 

Presto!... seguila

急げ!・・・(彼女を)追え 

 

dovunque vada!... non visto!... provvedi!

どこに向かうかを!・・・・見つかるな!・・・注意しろ!

 

SPOLETTA 

Sta bene! Il convegno?

わかりました!落ち合う場所は?

 

SCARPIA 

Palazzo Farnese! 

ファルネーゼ宮だ!

 

Va, Tosca! Nel tuo cuor s'annida Scarpia!... 

行け、トスカ!スカルピアはお前の心に巣くったぞ!・・・

 

Va, Tosca! ÈScarpia che scioglie a volo 

行け、トスカ!スカルピアは

 

il falco della tua gelosia. 

お前の嫉妬というハヤブサを解き放ち飛び立たせた・・・

 

Quanta promessa nel tuo pronto sospetto! 

お前の疑惑は何と期待できることだろう!

 

Nel tuo cuor s'annida Scarpia!...

スカルピアはお前の心に巣くったのだ!・・・

 

Va, Tosca! 

行け、トスカ

 

コーラス

Adjutorum nostrum in nomine Domini 

Qui fecit coelum et terram 

Sit nomen Domini benedictum 

Et hoc nunc et usque in saeculum.

 

SCARPIA 

A doppia mira 

俺は一石二鳥をねらう

 

tendo il voler, néil capo del ribelle 

反逆者の首領は

 

èla piùpreziosa. Ah di quegli occhi 

最も価値がある。 そしてああ、あの眼

 

vittoriosi veder la fiamma 

横柄なあの眼に燃える炎が消えゆき

 

illanguidir con spasimo d'amor, 

激情が萎えてゆくのを見るのだ

 

fra le mie braccia... 

俺の腕の中で

 

illanguidir d'amor, 

愛が萎えてゆく、

 

L'uno al capestro, 

一人は絞首台へ、

 

l'altra fra le mie braccia... 

もう一人は俺の腕の中へ・・・・

 

コーラス

Te Deum laudamus: 

Te Dominum confitemur!

 

SCARPIA 

Tosca, mi fai dimenticare Iddio! 

トスカ、お前は俺に神を忘れさせる!

 

コーラス、SCARPIA

Te aeternum Patrem 

omnis terra veneratur!

 

 


 

ヴェリズモオペラにも印象的なバリトンキャラクターがいます。

 

例えば、レオンカヴァッロ作曲「道化師」(オペラ解説「道化師」)のトニオ。彼は根性のねじ曲がった男で悲劇を引き起こした張本人ですが、オペラの最初に劇の紹介者として「ごめんください、皆様方」を歌います。

 

「仮面を被って演技する芸人も血の通った人間であり、彼らの人間模様を赤裸々に描き出すことによって人間の真実を描き出すのだ…」とレオンカヴァッロ自身の言葉とも取れる口上を美しい旋律に乗せて朗々と歌いあげる有名なアリアです。名バリトンだったシェリル・ミルンズの歌。

TONIO 

Si può?... Si può?... 

はい、ごめんくださいませ。

 

Signore! Signori!

淑女方“!紳士方!

 

Scusatemi se da sol me presento.  

私奴一人が舞台に上がりますことをお許しくださりませ。

 

Io sono il Prologo:

私奴は前口上役にございます。

 

Poiché in iscena ancor 

何となれば作者は

 

le antiche maschere mette l'autore, 

昔ながらの面を着けた芝居の

 

in parte ei vuol riprendere le vecchie usanze,

一部を再び始めたく、

 

e a voi di nuovo inviami.

私奴をここに送り出したので御座います。

 

Ma non per dirvi come pria: 

しかしながら、昔の如く皆様に次の様に申し上げたい訳では御座いません:

 

«Le lacrime che noi versiam son false! 

「我らの涙は偽り!

 

Degli spasimi e de' nostri martir non allarmatevi!» 

我らが痛み、苦しみをご心配下さるな」と、

 

No! No: 

否、否:

 

L'autore ha cercato 

作者は描き出そうとしたので御座います

 

invece pingervi uno squarcio di vita. 

人生の一面を。

 

Egli ha per massima sol 

作者の信条は

 

che l'artista è un uom 

役者も人間だ

 

e che per gli uomini scrivere ei deve. 

そしてその人間のために書かねばならぬ、ということで御座います。

 

Ed al vero ispiravasi.

彼は実話から霊感を受けたので御座います。

 

Un nido di memorie in fondo a l'anima 

心の奥底にある記憶の一つが

 

cantava un giorno, 

ある日作者に歌いかけてきました、

 

ed ei con vere lacrime scrisse, 

そして彼は本当に涙を流しながら、

 

e i singhiozzi il tempo gli battevano!

すすり泣きながら書いたので御座います。

 

Dunque, vedrete amar 

ですから、皆様は愛をご覧になるでしょう

 

sì come s'amano gli esseri umani; 

人間としての現実の愛で御座います;

 

vedrete de l'odio i tristi frutti. 

そして、憎しみの果ての結末をご覧下さい。

 

Del dolor gli spasimi, 

苦痛のうめき、

 

urli di rabbia, udrete, 

憤怒の叫びをお聞きになるでしょう、

 

e risa ciniche!

そして皮肉な笑いも!

 

E voi, piuttosto 

そして

 

che le nostre povere gabbane d'istrioni, 

私どもの貧弱な舞台衣装よりも、

 

le nostr'anime considerate, 

私どもの心をお考え下さい、

 

poiché siam uomini di carne e d'ossa, 

と申しますのも、私どもも肉と血を持つ人間で御座います。

 

e che di quest'orfano mondo 

この頼るすべのない世で

 

al pari di voi spiriamo l'aere!

皆様と同様 息する人間なのです!

  

Il concetto vi dissi... 

これで構想をお話いたしました・・・

 

Or ascoltate com'egli è svolto. 

さてどの様になるかお聞き下さい。

 

Andiam. Incominciate!

さあ、始めますぞ!

 


 

またジョルダーノ作曲「アンドレアシェニエ」(オペラ解説「アンドレア・シェニエ」)に出てくるジェラードは複雑な内面を持つが最終的には勇気のある心の深い男性です。もともと身分制度に対する反感からフランス革命に馳せ参じた熱血漢ですが、革命と言いつつ恐怖政治の中で殺人者に成り下がった自嘲の念、マッダレーナへの愛に苛まれる複雑な心境を歌うアリア「祖国を裏切るもの」も心に響く素晴らしいアリアです。ジェリコ・ルチッチの歌で。

歌詞対訳:「国を裏切る者」

Nemico della Patria?

祖国を裏切る者?

 

È vecchia fiaba che beatamente 

古いおとぎ話だが

 

ancor la beve il popolo. 

大衆には好まれる。

 

Nato a Costantinopoli? Straniero! 

コンスタンティノープル生まれ?外人だ!

 

Studiò a Saint Cyr? Soldato! 

サンシールで学ぶ?兵士だな!

 

Traditore! Di Dumouriez un complice! 

裏切り者!デュムールエの共犯者だ!

 

E poeta? Sovvertitor di cuori 

詩人だと?人心と

 

e di costumi! 

風俗を堕落させる奴!

 

Un dì m'era di gioia 

あの頃は幸せだった。

 

passar fra gli odi e le vendette, 

憎悪と復讐の狭間にあっても

 

puro, innocente e forte. 

純粋で無邪気で強かった。

 

Gigante mi credea… 

自分を偉大だと信じていた・・・

 

Son sempre un servo! 

俺はいつも召使いだ!

 

Ho mutato padrone. 

ご主人様が入れ替わっただけなのだ。

 

Un servo obbediente di violenta passione! 

俺は凶暴な情熱に付き従う従順な召使いだ!

 

Ah, peggio! Uccido e tremo, 

いや、もっと悪い!人を殺し震えている、

 

e mentre uccido io piango! 

殺しながら泣いている!

 

Io della Redentrice figlio, 

俺は革命の子、

 

pel primo ho udito il grido suo 

革命の最初の叫びを聞き、

 

pel mondo ed ho al suo il mio grido unito…

俺の叫びはその叫びと一体になった・・・

 

Or smarrita ho la fede nel sognato destino? 

夢に見た宿命の中にありながら俺は信念を失った?

 

 

Com'era irradiato di gloria il mio cammino! 

俺の来た道は何と栄光に輝いていたことだろう!

 

La coscienza nei cuor ridestar delle genti, 

人々の自覚を呼び覚まし、

 

raccogliere le lagrime dei vinti e sofferenti, 

打ち負かされ傷付いた人々の涙を集めたのだ

 

fare del mondo un Pantheon, 

世をパンテオンとし

 

gli uomini in dii mutare 

人々を神へと変えるのだ、

 

e in un sol bacio, e in un sol bacio e abbraccio 

たった一回のキス、たった一回のキスと抱擁の中で

 

tutte le genti amor! 

全ての人々を愛するのだ!

 

e in un sol bacio e abbraccio 

たった一回のキスと抱擁の中で

 

tutte le genti amor!

全ての人々を愛するのだ!

 

Or io rinnego il santo grido! 

しかし、俺はいま聖なる叫びを拒否する!

 

Io d'odio ho colmo il core, 

おれは憎悪する、

 

e chi così m'ha reso,

誰が俺をこんな風に変えてしまったのか、

 

fiera ironia è l'amor! 

皮肉にもそれは愛だ!

 

Sono un voluttuoso! 

俺は肉欲に耽る男だ!

 

Ecco il novo padrone: il Senso! 

新しいご主人様、それは情念だ!

 

Bugia tutto! 

全てが嘘だ!

 

Sol vero la passione!  

真実は情欲だけなのだ!


 

ワーグナーに目を転じましょう。彼のオペラ「さまよえるオランダ人」は神に呪われた主役がバリトンです。第1幕で歌われるオランダ人の苦痛に満ちたモノログ、「何度深海に身を投げたことか」をミヒャエル・フォレの歌で。


 

また「タンホイザー」第3幕。タンホイザーの良き友で密かにエリザベートを愛するヴォルフラム。彼が彼女の死を予感し夕星に彼の願いを託すのが有名な「夕星の歌」。この歌はフィッシャー・ディスカウで聞くのが良いでしょうか。


 

「ニーベルングの指輪」ではヴォータンが重要なキャラクターになりますが、特に「ワルキューレ」(オペラ解説「ワルキューレ 」)の終幕、ヴォータンの娘に対する深い愛が溢れ出る「ヴォータンの告別」には心を打たれます。この役を得意としていたジェームス・モリスが歌っています。

Denn Einer nur freie die Braut,

なぜならばこの花嫁を解き放てるのは、

 

der freier als ich, der Gott!

神たる私よりも自由な者のみ!

 

Der Augen leuchtendes Paar,

お前の輝かしい目を、

 

das oft ich lächelnd gekos't,

私はいつも微笑みつつ愛撫した、

 

wenn Kampfeslust ein Kuß dir lohnte,

お前の戦功がキスにふさわしい時に、

 

wenn kindisch lallend der Helden Lob

子供の時片言で英雄達を褒め讃える言葉が

 

von holden Lippen dir floß:

お前の愛らしい唇からあふれ出る時に、

 

dieser Augen strahlendes Paar,

このきらきら光る目は、

 

das oft im Sturm mir geglänzt,

嵐の中で幾度も私に輝きかけた、

 

wenn Hoffnungssehnen das Herz mir sengte, nach Weltenwonne mein Wunsch verlangte aus wild webendem Bangen:

荒波のように押し寄せる不安を越え我が欲する喜ばしい世界が来ると思えた後に、我が切なる願いが無に帰した時にも:

 

zum letzten Mal letz' es mich heut'

最後に今一度、今日

 

mit des Lebewohles letztem Kuß!

別れの最後のキスを!

 

Dem glücklichen Manne glänze sein Stern:

(お前を手に入れた) 幸せな男には幸せの星が瞬くだろうが:

 

dem unseligen Ew'gen

不運な不死の私に

 

muß es scheidend sich schließen.

幸せが来ることは永遠にない。

 

Denn so kehrt der Gott sich dir ab,

さあ、神はお前から奪う、

 

so küßt er die Gottheit von dir!

私のキスでお前から神性を(奪うのだ)!

 


 

フランスオペラで有名なバリトン役と言ったら、ビゼー作曲「カルメン」の闘牛士エスカミーリョで決まり!

バスバリトンのイルデブランド・ダルカンジェロが歌うあまりにも有名な「闘牛士の歌」。


同じくバスバリトンのアーウイン・シュロットもエスカミーリョをよく歌っています。両人とも大胆不敵な人気者の闘牛士を歌と演技で見事に演じています。

 

最後に印象的なバリトン役として一つ付け加えたいのがチャイコフスキー作曲「スペードの女王」に出てくるエレツキー公爵。慈しみに満ちた愛の歌「あなたを愛しています」は心に染みます。iltrovatoreが大好きだった今は亡きディミトリ・ホヴォロストフスキーの歌で。


(2021.11.09 wrote) おたく記事に戻る