サントリーホール35周年記念ガラコンサート2021 10.2公演  於:サントリーホール

 

さすが正装コンサートと銘打ったコンサートです。会場前には蝶ネクタイをした正装の男性の割合が異常に多かったし、女性陣もお高そうな訪問着(帯も非常に豪華だった)やロングドレスの方々が溢れていました。私は相も変わらずいつものワンパターンスーツ。

 

会場は6〜7割の入りだったでしょうか。緊急事態宣言解除後すぐのコンサートだったので、まあこのくらい入ったら上等かな?と言う感じでした。舞台の背後には巨大で豪華な樹がドカーンと居座っています。

 

コンサートはロッシーニの「泥棒かささぎ」序曲で始まりました。指揮のニコラ・ルイゾッティさんは全体を通して安心感のある指揮でした。

 

今回何と言ってもぶっちぎりに良かったのはバリトンのアルトゥール・ルチンスキーです。最初のアリア、ベッリーニ「清教徒」のアリアは深い響きのある滑らかなフレージングがなんとも心地良い。まさにベル・カント。

 

次に彼が歌ったのはヴェルディ「イル・トロバトーレ」からバリトンの有名なアリア "Il balen" で、これもびっくりするほど素晴らしい。この歌はLargo (ゆるやかに) cantabile (表情豊かに)、愛する心を朗々と歌い上げなければなりません。彼はアリアの始まりのフレーズ、

 

Il balen del suo sorriso /D'una stella vince il raggio! (彼女の微笑みのかがやきは星よりも勝る!)

 

をノンブレスでゆったりと歌いきりました。(私がフレーズにスラッシュを入れたところで息継ぎをいれることが多い。さらに息継ぎを加えることもある)。二番目のフレーズ(以下)もノンフレーズで歌ったように聞こえましたが、これは自信なし。

 

Il fulgor del suo bel viso /Novo infonde, novo infonde a me coraggio! (彼女の美しい顔の輝かしさは、私に勇気をくれる! )

 

苦しさを全く感じさせない極上のレガート、さらに深く広い響き。なんとも魅惑的で歌に引き込まれてしまいました。彼の歌を聞いていたら、深く響きのある声で素晴らしいレガートを聞かせてくれた故ディミトリ・ホヴォロストフスキーを思い出しました。。。なぜか似たように聞こえたのです。

 

またヴェルディ「仮面舞踏会」のレナートのアリアも迫力があってよかったです。何年か前、私は新国立劇場での「ランメルムールのルチア」公演で彼のエンリーコを聞いたことがあるのですが、その時のことは全く覚えていません。「彼ってこんなに良い声だったのだ」と驚きました。

 

次に印象に残ったのはメゾソプラノの林眞暎さんです。日本人には珍しいコントラアルトだそうですが、その深く低い声にはびっくりしました。しかも極低い音がよ〜く響くのです。さらにロッシーニのアジリタを軽々とこなす技術もあります。現在イタリアを中心に活躍していらっしゃるそうで、声と技術力を兼ね備えたインターナショナルに通用する歌手ですね。新国立に出演してくれると嬉しいです。

 

ただ一つ気になったのは彼女の声がモワッと拡散気味に感じられることです。例えると、ラチヴェリシュヴィリ、ガランチャなどのルーペで光を一点に集中させたような密度の濃い声が聴衆の鼓膜に突き刺さる歌い方ではなく、ルーペで集めた光が完全に収束せずまだ丸く円形の状態で耳に届くとでも申しましょうか。そう言えば以前新国立で聞いた脇園さんのロジーナもそんなモワット風の声に聞こえたので、これはイタリア歌劇場の歌い方かなあ、と思いました。

 

次はテノールのフランチェスコ・デムーロさん。典型的なテノール声に聞こえます。「清教徒」のアリアに出てくるハイC#も「リゴレット」のハイHも「ボエーム」のハイCも悠々ときっちり決めてきました。

 

最後はソプラノのズザンナ・マルコヴァさんです。「ランメルムールのルチア」の「狂乱の場」などを歌ったのですが、この方は微妙です。ベルカントオペラの難しいアジリタ、超高音をきちんと歌える十分な技量はあるし、ポテンシャルのある美声だと思います。でも声が揺れてしまい安定感に欠け、さらにフォルテで強く張らない(張れない)ので音の強弱のメリハリがつかず、アリアが平板に聞こえてしまうように思いました。でも、彼女は調子が悪かったのかもしれません。

 

「今回のコンサートはイタリアオペラの夕べです」のようなことを最初におっしゃっていました。が、結果的にいうと、

モーツアルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」が挿入され、

アルトゥール・ルチンスキーはオーボエを吹き(曲名分からず。途中でちょびっとつまずいたところはありますが素晴らしくうまかったですよ!)、

ズザンナ・マルコヴァは指揮をし、

フランチェスコ・デムーロは出身地イタリア・サルデーニア独特の発声で、ご当地演歌のごとき民謡を歌い(でも高音が豊かに広がる、オペラの原型みたいな歌い方でした)、

指揮者のニコラ・ルイゾッティはパイプオルガンでバッハ「トッカータとフーガ」を演奏するなど、はっきり言ってごった煮風のガラコンサートでした。でもそのごった煮のところで観客が和んでいました。私も楽しかったです。  

(2021.10.3 wrote) 鑑賞記に戻る