「アドリアナ・ルクブルール」ウイーン歌劇場2021.10.29公演 streaming

Elina Garancaの 「苦い喜び、甘い責め苦」(Acerba voluttà, dolce tortura)


 

エリーナ・ガランチャ、ブイヨン公妃初ロールです。これは見逃せないと思っていましたが、ウイーン歌劇場が3日間のストリーミングをしてくれることになり非常にうれしかったです。

 

ヴェリズモオペラ作曲家フランチェスコ・チレアが作曲したオペラ。オペラとしてはさほど高い評価を受けていませんが流れる様な美しいメロディーと内容の劇的さが素晴らしい。

 

オペラの内容は一口で言えば一人の男性、マウリツイオをめぐる二人の女性の三角関係の物語なのですが、毎度このオペラを見るたびに作品中のマウリツイオの描き方が曖昧だと感じてしまいます。国を守るため政治的に影響力のある公妃を色仕掛けで利用する(少なくともそう感じられる会話が第2幕に出ている)一方でアドリアナを誠実に愛するという矛盾した行動が同時進行で進められるために彼の性格がはっきり捕らえられず、鑑賞している私としてはなんとなくもやもやするのです。

 

そのせいかもしれませんがマウリツイオをどうやって演じるのかは結構難しい様に見えます。私は今回と同じDavid McVicar演出の「アドリアナ・ルクブルール」をROH(ゲオルギュー・カウフマン・ボロディナ)、MET(ネトレプコ、ベチャワ・ラチヴェリシュヴィリ)のDVDなどでみていますが、個人的には「政治的な思惑でブイヨン公妃をたらしこんだけれどアドリアナを真に愛してしまい後悔している」と感じられるベチャワの歌と演技が好きで、カウフマンのマウリツイオはイマイチ曖昧と感じてしまいます(もちろんカウフマンの歌と演技はとても上手いのですけれどね)。

 

で今回はどうかというと、マウリツイオ役Brian Jagde(ジェイドと読みます) の表現は曖昧に感じられました。

 

しかしジェイドの声はなかなか良いです。バリトンを(確か)10年やってからテノールに転向したそうですが(番外地:テノールの新星)、スピント系のテノールって少ない上に彼は背も高いし(もうちょい痩せてくれればベスト)顔もまあまあなのでテノールとしては貴重品。これからもヘビーな演目を頑張ってくださいという想いがあります。弱音表現がもっと上手になれば更に良いです。

 

で、ガランチャです。やっぱりスンバラシかったです。第2幕の冒頭「苦い喜び、甘い責め苦」(Acerba voluttà, dolce tortura)の出始めから迫力満点。低音もよく聞こえ、ドスの効いた歌い方。タカビーで我慢ができない公妃様のイライラ感満載。その後のレガートも非常に美しい。ストリーミングで聞いているだけでも劇場中に声が鳴り響いているのが感じられました。存在感抜群で圧倒的でした。

 

彼女の演技もうまかった。第3幕、自尊心の強い自己中な公妃の態度や侮辱されたときの口惜しさを上手く表現していました。

 

このオペラは何と言ってもアドリアナとブイヨン公妃の「女対女対決」の場面が圧倒的に面白い。両者ががっぷり組み合うとものすごく迫力がある素晴らしい舞台が生まれます。第2幕と第3幕、特に第3幕です。

 

今回はどうかというと、ブイヨン公妃の迫力勝ちに見え、アドリアナ役のErmonela Jahoの影が薄く思えました。

 

ヤホは特に高音での弱音表現が非常に上手いソプラノです。しかもオペラ歌手のスタンダードから言ったらギスギスに痩せていると言って良い位なので、例えば「椿姫」の第3幕(肺病病みのヴィオレッタが死ぬ場面)やプッチーニの「修道女アンジェリカ」(子供の死に絶望して自殺する場面)など、打ちひしがれた悲劇のヒロインの悲嘆、苦しみ、絶望を歌うとまさに鬼気迫るものがあり圧倒的な迫力があります。

 

しかし今回のアドリアナは人気絶頂の女優なのです。確かに平民ではありますが女優としてのプライドは高く自信もあり高貴な公妃と人前で対等にやりあう大胆不敵な精神を持っています。ですから私としては第1幕から3幕までのアドリアナはもう少しスピント的な音質が欲しかったです。まあ声の質は変えられませんから無いものねだりですけど。

 

だからというわけではありませんが、第4幕、彼女が絶望に打ちひしがれ毒殺されるまでの歌と演技は見応え聞き応えがありました。声も第1幕よりはずっと出ていた様に聞こえました。最後アドリアナは「私はあなたとの愛に生きたいのに、死んでゆく」と言ってましたが、このシチュエーションは「椿姫」の第3幕とそっくりですね。

(2021.10.30 wrote) 鑑賞記に戻る