ドン・カルロ 5幕版 ザルツブルグ音楽祭 2013

 

 「ドン・カルロ」 ザルツブルグ音楽祭2013は演出も豪華絢爛、出演者も滅多にないほど豪華で穴のない布陣でした。この上演はチケットをゲットするのがとても大変だったそうです。

 

主人公ドン・カルロはタイトルロールでありながら有名なアリアの一つもなく、「一人寂しく眠ろう」「第4幕ロドリーゴのアリア」「呪われし美貌」「世のむなしさを知る神」などの魅力的なアリアを持つ他の歌手と比べて存在感が薄い感じは否めません。

 

しかし、カウフマンは許されぬ恋に苦悩するあまり周りの見えないお坊ちゃまドン・カルロのイメージの上に、更に未成熟感と自らの想いが通せない若者の焦燥感を意識的に加えています。精神的に崖っぷちにいるドン・カルロの危なっかしさが歌唱からも演技からもはっきりと読み取れ、このオペラの中のドン・カルロの存在感を増しているように思います。

 

まず第1幕。王子の身で有りながら未来の花嫁を見ようとこっそりと渡仏し、エリザベッタ/ハルテロスに会い一目で恋に落ちます。軽薄だが憎めないお坊ちゃまでハルテロスとの愛の2重唱も若々しく明るさ一杯で情熱的。ところがエリザベッタが彼の父王(フィリポ2世/サルミネン)の妻になることがわかり絶望にたたきのめされます。

 

カウフマンとハルテロスのカップルだと,まあとにかく二人とも歌唱も演技もうまいので、天国から地獄に突き落とされる若い2人の不幸が観ている者の心に突き刺さります。

 

第2幕。ドン・カルロは自分の愛を自制することが出来ません。立場もわきまえず誠に危なっかしい。フランスの為に政略結婚を選んだエリザベッタはドン・カルロよりよほど大人で彼の愛の告白を拒絶し、友人ロドリーゴ/ハンプソンはそんなドン・カルロにフランドル救済の道を示します。

 

ドン・カルロ/カウフマンは報われない愛への焦燥感、許されざる愛の苦悩をこれでもか、と言うほど大胆に見せて聞かせてくれます。

第2幕 友情の二重唱 ロドリーゴ/ハンプソンとドン・カルロ/カウフマン


第3幕。ドン・カルロはフランドル救済のために父王に談判します。ドン・カルロ/カウフマンは自分の行動が王子である故に許されると思っている感じで若者の傲慢感がただよう演技です。しかも自分の思いが通らないと父王に刃で刃向かうという、ドン・カルロの精神的未熟さが露呈します。

 

第4幕。友人ロドリーゴは反逆罪で死刑を宣告されたドン・カルロの命を自分の死と引き替えに助けます。ドン・カルロはロドリーゴを死に追いやった父に「もうあなたの息子ではない、王冠は他の者に継がせろ」っと、くってかかるのですが、そのときのカウフマンの輝かしい高音!

 

第5幕。ドン・カルロはフランドルへ旅立とうとして修道院で密かにエリザベッタと会っています。ドン・カルロはここに至って自分の立場を理解し、自己コントロールの出来る人間に成長します。エリザベッタを始めて「母よ」と呼びエリザベッタは「息子よ」と答え、二人は永遠に別れる決心をします。

 

二人がお互いの愛を自覚しながらも、天国でしか二人の幸せはない、と別れを選択する苦渋に満ちた深い心の内をカウフマンとハルテロスはずっと弱音で歌います。弱音で歌われたこの2重唱の心に染みたこと。

 

最後は二人の逢瀬が見つかりドン・カルロが父王に殺されそうになったところで、墓の中からカルロの祖父カルロ5世の亡霊が現れドン・カルロをいずこともしれぬ場所に連れ去って幕が下ります。

 

ところでカウフマンが何故これほどの人気が有るか、と考えるのです。彼の場合歌と演技が一体化しており、私が演技として書いてきた部分も歌唱で表現されています。歌がまことに台詞になっているのです。

 

如何に美しい声で歌われようと、歌を楽譜に書かれた音符の連なりではなく台詞として表現出来る歌手は一流といえどもさほどいません。カウフマンは演技もすごく上手なので相乗効果で観衆に深い感動を与えるのでしょうね。

 

 「ドン・カルロ」は、元々フランス語で書かれたオペラですが、フランス語バージョンはあまり上演されませんでした。ところが2017年度パリオペラ座のシーズンオープニング、カウフマン主役でのフランス語バージョン「ドン・カルロス」が上演されるらしいです(ヨナス・カウフマンの公演予定を参照、まだカウフマンの公式サイトには掲載されていません)。

 

カウフマンがどの様なカルロス (フランス語版ではドン・カルロではなくドン・カルロスになる) を創り出してくれるか、今から楽しみです。

 

フランス語バージョン「ドン・カルロス」は1996年パリ・シャトレ座の公演が有名です。フランス人ロベルト・アラーニャが主演のこの公演は「魅惑のオペラ13 ドン カルロス ヴェルディ」として小学館から販売されています。日本語字幕付き、解説本付きですので「ドン・カルロ」を理解するのにとても役立ちます。 (2016.11. wrote)