サロメ」演奏会方式/東京交響楽団 サントリーホール 2022.11.20公演

一点除いて素晴らしい演奏会でした。

 

期待していたサロメ役アスミック・グリゴリアンは予想通り素晴らしい。以前オペラ解説「サロメ」で書きましたように、

 

「サロメ役のソプラノに要求される声はドラマチックソプラノの声量と力強さが必要とされているにもかかわらず高音領域で歌う時間が長く、しかも最低音はコントラルトの音域」 ("Salome" from wiki, the free encyclopedia. This page was last edited on 22 October 2021, at 08:37 (UTC).) なのです。

 

さらに若い女性の設定ですのでワーグナーのドラマチックソプラノのような幅の広い声ではなくいくらか細め、しかもリリックで良く通る声が似合う。。。

 

という難しい役どころなのですが、彼女はまさにそんな声でドラマティックな高音も潰れず、美しい弱音フレーズもしっかりと聞こえ、しかも表現力豊か。ヘロデ王に対して ”Ich fordre den Kopf des Jochanaan” (私はヨカナーンの首が欲しい!)ときっぱり要求する箇所でソプラノが普通歌うことのない低音Aをドスの聞いた声で出し、ド迫力でした。

 

彼女は美人でスタイルもよく、背も高い。私は以前バイエルン歌劇場でマルリス・ペーターゼンのサロメを聞き上手いなあと思ったのですが、グレゴリアンもなんとも素晴らしいです。

 

ヨカナーン役のトマス・トマソンの美声は大音量のオーケストラを飛び越えてひときわ朗々と響いてきました。

 

今回はヘロデ王役ミカエル・ヴェイニウスがとても印象深かったです。しっかりとした声のテノールで王の心の動きを鮮やかに表現していました。しかも芝居がとてもうまく、サロメとの息詰まるような対決場面にすっかり魅了されてしまいました。今回の主役3人が普通のオペラ舞台で歌ったらいいのになあ。

 

ただし一点問題と感じたのはオーケストラの音量です。音量やや少なめだった前半でさえ日本人歌手の声は半分以上かき消されていました。(日本人歌手の多くは劇場で声が飛ばない、という欠点を抱えているためもあるが、、、)。また後半も音量大きすぎで主役たちの微妙な表現が聞き取れなかったところが多々あり、えらく残念でした。歌手の声がこのオペラの主役と考えるならば、指揮者はもっと音量を調節しなければならなかったと思います。

 

しかし「7つのヴェールの踊り」はオーケストラのエネルギーが爆発したようで、満足満足。

 

最後に往年の名バリトン サー・トーマス・アレンがカーテンコールに出てきました。大分のお歳になり背も丸くなっていましたがいまだ堂々としていらっしゃいました。彼の演出も良かったです。

(2022.11.21wrote)  鑑賞記に戻る

 


 

ボリス・ゴドノフ 新国立劇場 2022.11.15公演


 

今回は総合的に言って非常に不満足な公演でした。

 

でもまずは良かった点から。ピーメンを歌ったゴデルジ・ジャネリーゼが非常に良かったです。彼の朗々とした美しいバス声は心地よくなめらかで彼が歌っている間は時間が早く過ぎてゆくようでした。

 

また清水徹太郎は無知・無垢な聖愚者(白痴)を哀感に満ちた透明感のある美しい声で歌って印象深かったです。演出の関係で声だけの出演でしたが、フョードルと聖愚者を一体化させた黙役の意義を感じられなかったので、聖愚者を聖愚者として舞台に出したほうが良かったと思いました。

 

一方主役のボリス。ボリス皇帝には深々として重々しい声が必須だと思うのです。イェンティンスの声は美しいです。しかしボリスの声としては軽くて役に合っているとは思えず、皇帝としての重みも感じられませんでした。しかも全体的に平板な歌いぶりでした。その上更に皇帝どころかどこにでも居る地味なおじさん風衣装。歌と衣装のネガティブ相乗効果で存在感があまりなかったように思えました。

 

今回は公演全体を通して歌唱も、演出も、ついでにいうとオーケストラも平板。最後の場面の演出だけ刺激が強かったものの、舞台がなんとなくダラダラ続く感じでした。というのも、、、

 

外国勢を含め多くの歌手が「一生懸命楽譜を学習し頑張って歌いました」というレベルに思えたのです。なにせロシア語オペラでしたのでボリショイオペラに所属していたジャネリーゼは別として、来日歌手勢でも歌詞を覚えるのが大変で余裕がなかったのかもしれません。しかし演技も取ってつけたようでわざとらしく、加えて群衆の動きも学芸会並でがっかりでした。要するに役を自分のものとして歌いこなし演技していた方が少なかったと感じたのです。

 

演出もイマイチですかねえ。皇帝・貴族・群衆の対比を視覚的にも鮮明にした上で主張したいテーマを絞り込みそれをはっきりと表現しないとこのオペラは活きないと思うのです。

 

しかし皇帝も貴族も群衆も皆似た感じの衣装で誰が誰を演じているのかよくわからず、大道具もウロウロ動き回り、あれもこれも詰め込み、漫然としていて舞台にメリハリがなく、演出者が最も主張したいことがなんだかわからなかったです。演出意図が絞りきれていないと感じました。

 

今回は主役を歌うはずだったエフゲニー・ニキティン、そして最高のシュイスキー公と思えるマクシム・パステル (この方ロシアでなくてウクライナ生まれではなかったか?)が来日できなかったのは残念でした。

 

最後に、今回の公演で一番印象深かったのは公演ではなく公演のためのオペラトークでした。佐藤優、亀山郁夫両氏による現代ロシアの現状やロシア文学に対する鋭く深いトークには感銘を受けました。このトークは現在でも視聴可能です。 

(2022.11.16 wrote) 鑑賞記に戻る

 


 

ナタリー・デセイリサイタル 東京オペラシティ 2022.11.9公演

Lakme  鐘の歌 1995 St Etienne


私は2017年4月に彼女の来日リサイタルを聞いていて、その時の印象の一部を番外地の「ナタリー・デセイ」に書いています。その内容は、

 

このリサイタルで最も印象に残ったのはアンコールです。しかも最後の2曲。まさに「息を飲む輝かしさ」で、彼女の歌声は圧倒的な響きをともない、特に弱音高音の響きは歌が終わっても劇場の広い空間を漂い、聴衆はこの響きを聞き逃すまいと緊張し静まりかえっていました。まったく至福の瞬間でめったに聴けないハイレベルな演奏だと思われました。

 

というものでした。

 

さてそれから5年後、「オペラ舞台からは引退し、もうオペラは歌わない」と言っていた彼女なのですが、今回は何故かオペラアリアがいっぱい入っていました。あれあれ、、、

 

さて今回のリサイタル、前半はモーツアルト。主として「フィガロの結婚」と「魔笛」からソプラノの有名なアリアでした。はじめはやや安定感に欠け、声にむらが出ていた感じでしたがだんだんと安定しました。

 

彼女の特徴は繊細で緻密なピアニシモ表現です。特に伯爵夫人のアリア「美しい思い出はどこへ」 “Dove sono i bei momenti di dolcezza e di piacer” のフレーズを繰り返した時の歌い方が凄い。極めつけのピアニッシモが延々と続き、表には出さないが心に秘めた深い絶望感を感じ取ることができました。そのあまりの上手さに私は緊張して聞き入っていました。

 

どちらかと言うと小さめな声の彼女ですが、彼女の声には驚異的とも思える共鳴がついていて、ピアニシモ (本当に小さな声です) がホール全体に響き渡るのが感じられ感動的。たまに出す"mf"や"f"が効果的でした。

 

後半はフランスの歌曲とフランスオペラのアリアで、抑えめに歌った前半よりも情感を表面に出して歌っていて良かったのですが、最後に歌った「ファウスト」からの「宝石の歌」はいまいちだったかなあ。歌のラインが乱れて声も少々潰れていた感があります。

 

しかしアンコールで歌ったエヴァ・デラクワ作曲のヴィラネル (Vilanelle, 牧歌)は素晴らしかったです。私が知らない曲でしたが、表情豊かにとても魅力的に歌っていました。しかしこの曲は歌うにしても内容を表現するにしてもひどく難しいと感じました。  

 

今回のリサイタルを聞くに、彼女も年取って来たなあ、という感慨が無きにしもあらずです。しかしそれは絶頂期の彼女自身と比べれば、という話で、彼女の音楽的・技術的レベルは未だ世界一流と言って良いと思いました。 (2022.11.10 wrote) 鑑賞記に戻る

 


リセット・オロペサ&ルカ・サルシ コンサート 東京文化会館2022.9.25公演

「椿姫」”Sempre Libe” 2020 テアトロレアル

番外地にOropesaの紹介記事があります。

「アンドレア・シェニエ」 ”Nemico della patria?” バイエルン歌劇場 2017


フローレスのコンサートに続くこのコンサートを楽しみにしていました。特にサルシには以前せっかく見に行ったバイエルン歌劇場での「アンドレア・シェニエ」でドタキャンをくらっていたので、今回はリベンジで聴きたかったのです。

 

公演最初はヴェルディの「シチリアの晩鐘」序曲。フランチェスコ・ランツィロッタの指揮の下、「これがイタリアオペラでっせ!」と言わんばかりのエモーショナル&劇的な演奏に圧倒され、一気にオペラの世界に引き込まれました。

 

次はサルシの「マクベス」「慈悲、敬愛、愛」。とにかく、この人の声は大きいんです。おまけに良く響く。文化会館の上階にいた私の耳元にビンビンと響いてきます。彼はヴェルディが得意でヴェルディ作品をたくさん歌っています。確か昨年(?)のスカラ座でもネトレプコと「マクベス」を歌ったのではなかったろうか?

 

次はオロペサ。このソプラノは「ランメルムールのルチア」を始めとするベルカントオペラが得意で、最近は世界のトップ歌劇場で「ルチア」「清教徒」などをガンガン歌っています。本人がおっしゃるように「コロラトゥーラを抒情的なレガートラインの上で、アジリタをもって歌えること」が強み。本当にうまくて聞き惚れてしまいます。しかも聞き飽きません。加えて芝居も上手いし、美人だし、文句ないですね。

 

ベルカントオペラが得意と言っても彼女の声はロッシーニよりむしろベッリーニ、ドニゼッティ、そしてヴェルディ初期の作品がぴったり来るように思います。ヴェルディ「椿姫」第2幕のパパジェルモンとの掛け合いも「清教徒」エルヴィラの狂乱の場も緊張感にあふれ劇的で、観客の心をぐっと掴む能力に長けているように思われます。今回前半は少し不安定だったように聞こえましたが後半は安定した歌いぶりでした。

 

サルシの後半は「国をうらぎるもの」(アンドレア・シェニエ)と「悪魔め、鬼め」(リゴレット)と、有名アリアが続きます。両方ともキャラクターの千々に乱れる心の内面がはっきりと感じ取れて、素晴らしかったです。

 

アンコールは、オロペサの「私のお父さん」、サルシは「声は似ていたかね」(両方ともプッチーニの「ジャンニ・スキッキ」)。そして「リゴレット」第2幕終盤のリゴレットとジルダの二重唱でしたが、これは迫力があって観客も大いに盛り上がりました。

 

観客の拍手に答え、サルシが「(アンコール)最後の一回よ!」と言って二人でドニゼッティ「愛の妙薬」より「ドゥカマーラとアディーナの二重唱」を歌いました。この二重唱が楽しかったのですよ!とりわけサルシは軽妙で楽しげ。大男のサルシによる少々滑稽な演技が面白かったです。

 

サルシはアンコールで「拍手が足りないよ」とばかりに観客の方に耳を向け、対する観客は大いに湧いて再び大きな拍手で答える場面もあり、彼はショーマンとしても一流ですね。あっという間に私と私の友人たちは彼のファンになってしまいました。  (2022.9.26 wrote) 鑑賞記に戻る

 


フアン・ディエゴ・フローレス テノール コンサート 東京文化会館 2022 9.19公演

イスの王「愛しい人よ、むなしくも」 2011


フローレスが来日するとは望外の喜びで非常に楽しみにしていました。会場の入り口には「大入り」のビラが貼ってありました。最近珍しい完売でしょうか。

 

最初の演目はロッシーニ。難易度の高い「セミラーミデ」の「甘美な希望がこの魂を魅惑して」を軽々と歌います。彼は非常に難しいカデンツオもなめらかに完璧にこなします。更にそのなめらかなフレーズの上に感情を乗せるのが上手い。ただしあまり有名なアリアではないので観客の反応はいまいちだったような気がします。

 

彼の十八番のロッシーニは最初だけで、次にドニゼッティ(愛の妙薬の「人しれぬ涙」)、ヴェルディ(リゴレットの「あれかこれか」)など。その後はフランスオペラが続きました。

 

フランスオペラの最初は「愛しい人よ、むなしくも」(イスの王様)(上の動画)。フランスオペラらしい軽妙で明るさに満ちた愛のアリアで、終わりの方に出てくるラ音の1オクターブの跳躍(彼はとても自然に簡単に歌うように聞こえるが超難しい)も最初から最後までピアニシモでなめらかに柔らかく優しく歌われ、とても印象的で思わず「上手い!」とつぶやいてしまいました。

 

その後は「春風よなぜに我を目覚めさせるか」(ウェルテル)、「太陽よ、昇れ」(ロミオとジュリエット)、「冷たい手を」(ボエーム)と続きました。あとの方の2つはなかなか良かったと思いました、、、という微妙な言い方になります。というのも、

 

確かに歌う技術は超一流、美しく張りがありよく通る声で、彼がロッシーニを歌ったら100年に1人のテノールであることに疑いありません。しかし、以前私が番外地の「ファン・ディエゴ・フローレス」に書いたように、

 

いくら以前より豊かになったと言え、彼の声は他のリリコやスピントテノールと比べてやっぱり軽く明るく陰りがありません。また粒の揃った真珠は未だ健在でどうやっても歌が整ってしまうし、歌の輪郭がくっきりとしていてモワモワとした陰影もない。情念に飲み込まれるように歌い崩すのも難しいように思えます。

 

また声量はさほどでもなく細めの声なので、特にオーケストラがガンガン鳴らすエモーショナルな場面での高音フォルテシモは少々痩せて聞こえます。こんなに素晴らしいロッシーニテノールなのですから自分にフィットするとも思えないドラマチックに高音を張り上げるオペラアリアなどわざわざ歌わないでもいいのに、、、などと愚痴りたくなります。

 

しかし!アンコールでは「連帯の娘」トニオの“Ah ! mes amis”を歌ってくれたのですよ。彼の輝かしいハイC9連発はやっぱり圧倒的で「ブラボー」と叫べないのがもどかしい。いやいや、これを聴くだけで台風の中会場に来た甲斐があったと思えました。

 

その後は「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」でした。私は会場に入ってすぐに舞台の上にドラとチェレスタが置いてあるのに気が付いていたのです。やっぱり歌った。歌いたいのですね。でも彼の声量・声質的にこのアリアは少々問題ありとは思いました。そして指揮者がフローレスの声の性質を十分に理解しサポートしていたのがよくわかりました。指揮者ミケーレ・スポッティ、グッドジョブです。

 

ちなみに「誰も寝てはならぬ」は特別なアリアですね。会場全体が特別な雰囲気に包まれ聴衆は高揚します。今回も盛大な拍手でした。 (2022.9.20 wrote) 鑑賞記に戻る


ソンニャ・ヨンチェヴァ コンサート 東京文化会館 2022.7.2公演


4日前に聴いたガランチャのリサイタルに続きヨンチェヴァのコンサートです。今回はヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」「運命の力」、プッチーニの「マノン・レスコー」「妖精ヴィッリ」「トスカ」「蝶々夫人」そしてベッリーニの「ノルマ」と馴染み深いオペラのアリアばっかり。

 

また途中に挟まれるオペラの序曲や間奏曲なども良いです。「マノン・レスコー」第3幕への間奏曲は特にしっとりと情感に溢れ胸を締め付けられる美しさです。

 

暗めの彼女の声は「イル・トロヴァトーレ」のレオノーラよりも「運命の力」のレオノーラを歌うほうがあっている感じがします。マノン・レスコーや蝶々夫人もいいですねえ。スピントな声でしっかりと歌われていました。一方「ノルマ」の「カスタ・ディーバ」のカデンツアは極めてなめらかで美しい。

 

彼女のピアニシモは耳のそばで歌われているようにはっきりと、そしてフォルテシモは輝かしくガンガン聞こえてきます。オーケストラの大音量を越えて声が会場に響き渡っていました。

 

ヨンチェヴァやガランチャが歌っている時気がついたのは、彼女らが声を小綺麗にまとめようとしないことです。両人とも生声は決して美しくはない、むしろ少々ザラザラした、というかハスキーに聞こえます。しかしその声に共鳴が付いたとき、声は大きなアークを描いて会場に響き渡ると感じられました。

 

アンコールの最初は「ハバネラ」で一般的にはメゾが歌うアリアです。そういえば彼女は強い女が好きでミカエラよりカルメンを歌いたいと言っていましたね (番外地、「ソンニャ・ヨンチェヴァ」)。 

 

次は「ジャンニ・スキッキ」よりラウレッタのアリア「私のお父さん」。面白いことに、ガランチャもこの2つのアリアをアンコールで歌ったのです。どちらがいい悪いではなく、ガランチャの歌う「私のお父さん」もヨンチェヴァの歌う「ハバネラ」もどちらも上手かったなあ。

 

アンコールの最後はコンサート第1部で歌った「マノン・レスコー」の「この柔らかなレースの中で」を繰り返しました。 会場の皆さんは彼女の歌にとても満足されていたようですが、ブラボーの掛け声がないのが寂しい。(2022.7.3 wrote) 鑑賞記に戻る


エリーナ・ガランチャ リサイタル  すみだトリフォニーホール2022.6.28公演


何回も延長され、やっとこさ実現したリサイタルです。期待に違わず素晴らしかったです。

 

私は彼女の歌をMETの「薔薇の騎士」と「サムソンとデリラ」、パリオペラ座「ドン・カルロス」、その他で聴いています。彼女のオクタヴィアンは水も滴るいい青年で若々しく情熱的、エボリは圧倒的な迫力、デリラは妖艶であるとともに愛してはいけない男を愛してしまったという複雑な心を持つ大人の女。いずれのキャラクターも魅惑的で人々を魅了していました、宝塚スターのようなオーラを持つ現代最高のメゾの一人と自信をもって言うことができます。

 

今回第1部はブラームスの歌曲の落ち着いた知的な雰囲気で始まりました。その後3つのフランスオペラ アリアが続きましたが、その中でも「サムソンとデリラ」の「あなたの声で心は開く」はやっぱり良かった。

 

彼女の発する高音はソプラノが頭頂部からピーンと響かせる高音とは異なり、体の奥の方から喉に向かって突き上げてくるように思えます。その高音はまるで彼女の後頭部に声を増幅する装置があるが如く増幅され1800人ほどを収容できるホールに輝かしく響き渡ります。その響きが半端ないです。1800人のホールなんて彼女にとって小さい小さい。

 

第2部はロシア物、チャイコフスキーのオペラアリアとラフマニノフの歌曲。最後は彼女の十八番サルスエラ(スペインの伝統的なオペラ)でした。彼女は子供のときからサルスエラが好きで、現在でも本場スペインのサルスエラ劇場で歌い観客を沸かせています。

 

このサルスエラがとっても良かったのですよ!生のサルスエラなるものを聴いたのは初めてですが、独特の節回しが絶妙で、最後の曲芸的な歌い方に思わず興奮してしまいました。聴衆も大喜び。

 

で、アンコールはスペインサルスエラ絡みで「カルメン」の「セギディーリャ」だと予測したのですが、彼女は「題名は言わないけど、皆さんわかるわよ」と言って「ハバネラ」を歌いました。ちょっと付け加える演技もうまくて惹きつけられますねえ、さすがオペラ歌手。

 

観客は大喜びで、アンコールも「ジャンニ・スキッキ」から「私のお父さん」(メゾはまず歌わないアリアだけれど)、「カヴァレリア・ルスティカーナ」から「お母さんも知るとおり」、ラフマニノフの歌曲があり、更に「これが最後」と言って一曲歌ったがさらなる催促に「ほんとにこれが最後!」と言って短い曲を歌いました。題名知らず、ご存知の方は教えて下さい。

 

久しぶりに一流歌手の響き渡る声を満喫できて満足満足の夕べでした。(2022.6.29 wrote) 鑑賞記に戻る


「ナクソス島のアリアドネ」 METライブビューイング2021/22シーズン

さほど好みでもなく、今まで観た回数も少ないオペラでしたがとても楽しめました。まずは演出。METらしくクラシカルな舞台で、アリアドネが代表するオペラ・セリアの世界とツェルビネッタが代表するオペラ・ブッファの世界が衣装ではっきりと区別されて視覚的にも大変わかりやすかったです。

 

ヨーロッパ系のぶっ飛んだ演出(衣装含む)だとこのような対比がわかりにくく、すでに内容を理解している聴衆は理解できるけれど初心者は理解不能で取り残されるようなオペラも多いので、METの初心者に優しい演出は歓迎です。

 

今回の公演は特に女性陣が出色の出来。まずは作曲家役のイザベル・レナードです。喜びと絶望の間で大きく揺れ動く感情の波を歌と演技で十分に表現していました。またツェルビネッタ役のブレンダ・レイの技術も素晴らしく、聴いていて嬉しい。軽々と動き回りながら難度の高いコロラトゥーラを余裕をもって歌いきっていました。

 

しかし真打ちがリーゼ・ダヴィッドセンだったのは万人が認めるところでしょう。現在35歳の若手ですが、すでに世界のトッププリマドンナと認識されているのも無理からぬ所。映画館で聴いてさえ彼女の声は特別と感じられます。

 

なんと言っても素晴らしいのはどんなに高い音になっても痩せることなく輝きを増して響き渡る豊かで深みのある声。表情豊かに歌うその声には酔いしれます。またアリアドネのアリアでは低音Gまで出してると思いますが、その低音もはっきりと聞き取れるという声域の広さが驚異的です。

 

このような大音量のソプラノと共演するテノールは大変だと思いますが、バッカス役のブランドン・ジョヴァノヴィッチは声量的にも雰囲気的にもがんばっていて上手かったです。

 

上に「とても楽しめた」と書きましたがこれはひとえに女性陣の声に陶酔できたためで、女性陣の声が良くないと面白くないオペラかもしれません。(とはいえ、METのレベルは文句なく高く、書くのを省略しましたが男性陣も良かったです。)

 

ちなみに、METは2022/23シーズンで「薔薇の騎士」を再演するそうで、マーシャリンにダヴィッドセン、オクタビアンがレナード、ゾフィーがエリン・モーリー、オックスがグロイスベッックだそうです。う〜ん、これは人気演目になりそうです。(2022.4.27 wrote) 鑑賞記へ戻る

 


トゥーランドット」東京春祭 東京文化会館2022.4.17公演

歌手達も良し、合唱も盛大、オーケストラもキレが良く、久しぶりに "ふぉるてっしも〜" 満載のオペラを満喫しました。このオペラを聴いているとストレスも吹っ飛びます。内容深淵で暗く救いのない「ピーター・グライムス」のようなオペラもありますが、やっぱり「トゥーランドット」は面白いし、文句なく楽しい。特に今回のように全てがうまく運んでいる公演は最高です!

 

オーケストラは出だしからピッチが速く、ガンガン飛ばしまっせ、という感じでエネルギッシュ。合唱も迫力があって雰囲気を盛り上げました。ついでに言えば照明もオペラの内容に沿って演出されていました。

 

特に印象に残ったのはカラフを歌ったStefano La Colla。私は彼のカラフを2019年バイエルン歌劇場で聴いています。その時はニーナ・シュテンメがトゥーランドット役でしたが、彼女と対等に渡り合っていて、「彼は力強いスピントな大声。これだけ強い声を出せるテノールは滅多にいないでしょう。注目のテノールです。」と鑑賞記に書きました。

 

その印象はまったく変わらず、今回トゥーランドットとの二重唱でのハイCも強く輝かしく、注目の「ネッスン・ドルマ」も表情豊かに堂々と歌い上げていました。ブラボーです。

 

トゥーランドット役のRicarda Merbethは私のイメージするトゥーランドット、すなわち短剣で鋭く切り裂くような歌い方をする威圧的なトゥーランドットとは違います。ちょっと声がもわっとする感じに思えました。

 

リュー役のSelene Zanetti。高音ピアニシモは上手にきちんと出ていましたが、私としては歌全体にもう少しゆとりあるレガートさが欲しかったです。声はあまり大きくなく、どちらかというとほかの歌手の声の中に埋もれ気味でした。

 

ティムール役のIn-Sung Sim。あれまあ日本にもこんなに良い声のバスがいるでは、と思ってチラシをみたら、、、、韓国人でした(やっぱりね、と溜め息)。

 

日本人のピン・パン・ポンは演技を入れながら歌っていて、なかなか良い。バリトンのピン:萩原さんの歌は上手でした。ポン・パン役のテノール児玉、糸賀さんはもう一歩だが許容できるレベル。皇帝役:市川さん。声は良いがカラフに話しかける場面等でも全くカラフを見ないで、初めから終わりまで前方直視直立不動。演奏会方式だけれど、当節視線を動かすくらいの演技は付けてもいいのではないか。 (2022.4.17 wrote) 鑑賞記に戻る

 


「リゴレット」 MET ライブビューイング 2021/22シーズン

バートレット・シャーによる新演出。台本では16世紀とされている時代設定を1920年代のワイマール共和国時代に読み替えしています。ファシズムが世界を席巻する前の腐敗した時代を舞台にしているそうです。でも見ていてほとんど違和感なし。

 

舞台セットはこの時代のアールデコに特徴的な直線的表現を用い、公爵の屋敷の電灯なども細長く作ってあるのだそうです。第1幕の公爵の館やリゴレットの家、第3幕の旅館など回転舞台をうまく使って要領良く舞台転換させています。

 

リゴレットは公爵にへつらい貴族らに毒舌を垂れる卑しい人間でありながら娘に対する情愛に溢れる父親でもあるという、善悪2面性のある人間です。リゴレット役、クイン・ケーシーはリゴレットの醜悪な面をあまり目立たせず、父親としての側面を打ち出していたように思います。

 

ジルダのローザ・フェオラの歌は良かったです!無理ムラがなく滑らかな声で高音も易々と出ているように聞こえました。カデンツォも上手。公爵との2重唱も、「Caro nome」も、劇的なリゴレットとの二重唱も欠点が見当たらず非常にレベルの高い歌唱だったと思います。彼女は声よし、演技よし、姿よし、と三拍子揃っています。現在35歳。イタリア生まれで、Norina, Zerlina, Lauretta,などリリックなソプラノ役を歌っているようです。

 

マントヴァ公爵はビョートル・ベチャワ。METでは既に三つの異なったプロダクションでマントヴァ公を歌っているそうです。歌唱も演技も上手いのですがあまりにもお馴染みすぎて新たな感動はなし。ただ彼の声は以前より太くなったように感じられます。(ただし声が深くなったようには思えませんでした)。とまれ、女心の歌のハイHも輝かしくバッチリでした。

 

特に記憶に残ったのはスパラフチーレ役のイタリア人バス、アンドレア・マストローニ。バスの深々とした低音が美声で歌われてなんとも魅力的でした。第1幕スパラフチーレがリゴレットに殺人を持ちかける場面の最後、自分の名前「スパラフチーレ」と歌う時の最低音を思いっきり長く、美しく、しっかり響かせていました。いやあ、良きかな。普通この場面で拍手が出ることはないと思うのですが、観客席から拍手がでていました。思わず帰宅後にこの最低音を調べたら低音Fでした。バスにしても相当低く響かせるのが難しい音でしょう。 (2022.3.23 wrote) 鑑賞記に戻る

 


「トスカ」 ROHシネマ2021/22

以前から見飽きるぐらい観ている「トスカ」。今回はパスする予定でした。しかしカヴァラドッシ役ブライアン・イーメルが降板しフレディ・ディ・トマーゾに代るということで、俄然興味が沸きました。というのもトマーゾは現在一流歌劇場が注目する若手テノール(28 or 29歳)なのに、私は彼をあまり良く知らなかったからです。

 

そのトマーゾです。最初の「妙なる調和」から文句ない歌いぶりで、高音が余裕たっぷりに響き渡るという感じです。指揮者はこのアリアの終わりに拍手を入れさせないつもりらしかったですが、観客は拍手をせずにはいられないという感じでした。

 

第2幕の"Vittoria! Vittoria!"は自由を信奉する闘志としてのエネルギーに満ちており迫力十分。高音ハイA♯も堂々として文句なし。その直後のテノールにとって歌いにくい低音域 "L'alba vindice appar "(復讐が始まるぞ)もしっかりと歌われていました。この低音部を上手く歌えずモゴモゴとごまかすテノールも多いので、私的には非常に満足です。

 

最後の「星は光りぬ」はもう少し表情をつけてもいいかとは思いましたが、問題なく素晴らしい。第1幕の "La vita mi costasse, vi salvero" (僕の命にかけて君を助ける)と第3幕の二重唱 "Armonie di canti diffonderem" (歌のハーモニーを広げるのだ)に出てくるハイHは両方とも高らかに英雄的に歌われていました。彼のカヴァラドッシはまさに正義のヒーローといった感じです。

 

さらに、彼の演技は相当上手いです。ちなみにこのオペラ上演時28歳だった彼はBritish-Italianで、英国人テノールが(多分ROHで)この役を歌うのは60年ぶりだそうです。

 

トスカ役のエレナ・スティヒナも、充実した強い声を持ち危なげのない技術と表現力を兼ね備えた美人ソプラノ。最後のカーテンコールで(観客のオベーションに)涙ぐんでいました。これから一流歌劇場で十分活躍できるソプラノだと思えます、、、、が、彼女はロシア人でしょうか、、、、、

 

スカルピア役のアレクセイ・マルコフ。見目麗しく優しげな雰囲気をもつ歌手で「スカルピアなんてモンスター役を歌えるのだろうか?」と疑っていたiltrovatoreですが、いやはやどうして。確かにターフェルのような威圧感や怖さはあまり感じられませんでしたが、歌も演技も上手く彼なりのスカルピアを演じているなあ、と感心させられました。

 

今回は3人の主役歌手たちの歌も演技もハイレベルだったし脇役のアンジェロッティや堂守もうまかった。とっても華奢な体つきをしたオクサナ・リーニフの指揮も緻密でエモーショナルでしかもキレが良かったです。結論から言うと近年見た中では出色の素晴らしい「トスカ」でした。平日の昼間とはいえ鑑賞者が20人弱というのがもったいないほど。

 

最後に一言、トマーゾへ言いたい。「今が限界。お願いだからこれ以上太らないで!」 (2022.3.15 wrote) 鑑賞記へ戻る

 


「エウリディーチェ」 METライブビューイング2021/22

 

もともとギリシア神話に出てくる「吟遊詩人オルフェオの物語」。この物語を元に古くはモンテヴェルディが「オルフェオ」を、オペラの改革者グルックは「オルフェオとエウリディーチェ」を、そしてオッフェンバックは「オルフェオとエウリディーチェ」のパロディとして「地獄のオルフェ」を作曲しています。

 

マシュー・オーコインが作曲した今回の新作オペラ「エウリディーチェ」は上記のオペラとは違ってエウリディーチェの想いを中心に話が進みます。エウリディーチェは「オルフェオの心の中心にあるのは彼女ではなく音楽かもしれない」という疑念を抱いています。冥府に行って今は亡き父に再会した彼女は父の愛に触れ、音楽が第一のオルフェオと現世に戻るか、はたまた自分を愛する父と共に冥府に留まるのかの選択をするのです。

 

非常に有名な物語なのでオペラのあらすじは大方予想できますが、話の切り口は斬新で最後のどんでん返しには驚かされました。ストーリー自体が実に楽しめますし、メアリー・ジマーマンの演出がとても良かった。ついでにいえば、私は3人の石像と冥界の王ハデスのコスチューム&メイクがいたく気に入りました。

 

主役のエリン・モーリーの歌と技術はさすが素晴らしい。基本現代オペラなので難しいフレーズや超高音満載なのですが、難なく歌いこなしているように聞こえました。実際は相当大変だっただろうと思います。

 

このオペラで特徴的なのは、オルフェオの音楽的分身であるカウンターテノールの存在です。主役バリトンの声に重なるカウンターテノールの声が何故か空虚に聞こえるのが面白い。オルフェオ(の音楽)はエウリディーチェにとって実はこの程度の価値しかない、ということを暗示しているように思われました。

 

最後に特筆すべきは冥界の王ハデス役バリー・バンクスです。決して心地よい歌声ではなく、金属的で禍々しい歌いぶりで高音を連発します。幕間のインタビューでの彼の話ですと、ハデス役のテッシトゥーラ(音域)は異常に高く、最低がBだとか。彼はもともとドニゼッティとかベッリーニを歌うベルカントテノールだそうですが、それにしても狡猾で邪悪な冥王というキャラクターの性格をはっきりと表現しながらもこのような難役を歌い切る歌唱力に感服しました。

 

この作品は英語で歌われています。歌詞は割と単純・簡単な文章で、しかも舞台の背後に英語の字幕が出るのでわかりやすいです。ただしエウリディーチェはオルディスまたはユリディス、オルフェオはオルフェウス、と発音しているように聞こえましたので注意していないと名前が聞き取りづらいかもしれないです。(2020.2.23 wrote) 鑑賞記に戻る

 


 「こうもり」ウイーン歌劇場ストリーミング 2021.12.31公演

 

昨日はウイーン歌劇場の「こうもり」ストリーミングを見ました。

昔ながらのオットー・シェンクの美しく華やかな演出。変化の早い現実世界が一方にあるけれど、古き美しき演出があいも変わらず毎年上演されるというのもまた良きかな。

 

本年はAndreas Schagerがアイゼンシュタインを歌っています。歌は朗々として軽く演技も上手くてダンスも軽やか。彼氏、今はヘルデンテノールになっていますが昔はオペレッタ歌手だったのですと。

 

あと気になったのは2人。オルロフスキーを歌ったメゾのChristina Bockは少々頭がいかれている超金持ちプリンスの感じを上手く出して演技していました。ウイーン来日公演ではオクタヴィアン役として予定されているそうです(ってウイーン歌劇場はそもそも来日するのでしょうか)。

 

もう一人は日本人、Amako Hiroshi!といっても父親が日本人で母親が英国人。イギリスを本拠としている若手。現在はウィーン国立オペラ座オペラ・スタジオのメンバー。おそらく29歳。アルフレードを歌っています。典型的テノール体型がなんですが、日本人的癖のない伸びやかなテノールです。芝居も上手。日本だったらすでにトップ歌手になっているでしょうね。(2022.1.2 wrote) 鑑賞記に戻る

 


「ニュルンベルクのマイスタージンガー」新国立劇場 2021.11.24公演

休憩含め6時間。途中でお尻が痛くなりました。さすがワーグナーの最長オペラ。

 

もっとも印象に残ったのはエイドリアン・エレートのベックメッサー。歌もうまいが芝居もうまい。ケンカのあと体中が痛く足を引きずる様子もうまいし、最後ヴァルターが「栄冠の歌」を歌っているときの様子・・・初めは胡散臭そうに歌詞が書かれた紙を見比べ、ああそういうふうに作ったのかと愕然とし、最後は歌のうまさに脱力してガックリと歌詞の紙を取り落とす・・・がはっきりと理解できて面白かったです。

 

ザックスを歌ったトーマス・ヨハネス・マイヤーも主役は当然の良い歌唱と演技で、彼とエレートが掛け合いで歌っていた場面は時間が早く過ぎ去る感じでした。

 

カウフマンが昔インタビューでヴァルターを「非常に高い声が必要とされる。」「栄冠の歌に使われる音の高さは(テノールの)パッサージョのあたりにあるので最大限の注意を払いリラックスしたまま自然に歌う」と言っていました(Forumopera, 2016.7.23)。今回の「栄冠の歌」を聞くに、声が硬くなりやすいし特に高音が突っ張りやすい。やっぱり難しい役なのだなあ、と思いました。

 

日本人ではマイスター役の一人、舞台向かって左の席一番手前に座っていたバリトン(?)の声が非常に良かったです。名前がわからない、ご存知の方は教えてください。女性二人はまたも新国立「チェネレントラ」(鑑賞記)と同じ感想。良い声をしておられるのだが、体から声が飛びにくいというか声を押し出している感がありました。

 

ところで喜劇の場合は演技が重要。その点で言うと外人勢を除いた特に合唱などの演技は総じて学芸会レベルでわざとらしくぎこちない。ダンス風に踊るところなど素人芸並みで悲しい。 (2021.11.25 wrote) 鑑賞記に戻る