「パルジファル」第3幕、Joukowskyによる舞台
Stage design for Act III of Wagner's Parsifal
Paul von Joukowsky (1845–1912), stage designer
User scan of Sadie, Stanley, ed. (1992). The New Grove Dictionary of Opera, 4: 119. London: Macmillan. ISBN 9781561592289.
Parsifal 1882 Act3 Joukowsky NGO4p119.jpg
ワーグナー最後の作品「パルジファル」は難物です。「キリスト教教義」x「ワーグナー」の世界が展開し、イタリア・フランス物等を好む日本人オペラ愛好家にとってはかなり抵抗があります。
このオペラ(と書くとワグネリアンには怒られるかもしれないが)はヴェリズモオペラの様に息もつかせずドラマティックな物語が展開するのとは真逆。舞台での動きが少ないのに4時間を越える長さ。内容を知らないと圧倒的につまらなく途中で寝てしまう可能性大。
しかも字幕で筋を追っていてさえ、ある程度の知識がないと舞台で何をやっているのか理解できず再び睡魔が襲う・・・のは必定です。iltrovatoreはキリスト信者でもなくワグネリアンでもありませんので、苦手意識はよくわかります。
そこでパルジファル苦手の方を念頭に、宗教的な背景事項が「パルジファル」でどの様に取り入れているかを比較しながら解説してみようと思います。 (殆どの絵はクリックすると拡大します)
作品の背景にある事項
舞台神聖祝典劇「パルジファル」は中世ヨーロッパのパルジファル伝説を元に作曲されている。この作品は始めバイロイトでしか上演を許されずバイロイトの独占物だったが、作者の著作権が切れた1913年から正式に世界の歌劇場で上演できるようになった。
1. 聖杯伝説:
中世ヨーロッパの騎士道文学でキリスト教がバックにある。色々な伝説が混ざっていて一つの話にするのは難しいが、基本骨格を簡単にまとめると、
「聖杯城の王が病気になる。聖杯の騎士が聖杯に正しく問うことで病は治るのだが失敗する。」その結果
「騎士は聖杯探求の使命を与えられ、試練を乗り越え聖杯を発見し、王は癒やされ国土は祝福される」、が基本。
「パルジファル」のストーリーは聖杯伝説を彷彿とさせている。:
聖杯を守護する聖杯の城、モンサルヴァート城。そこに連れてこられた無垢な愚か者パルジファルは聖槍による傷で苦しむ王を見てもただ突っ立ったままなので城を追い出される。しかし彼は魔法使いクリングゾルの城に行って聖槍を取り戻し、苦難を経て悟りを得、ついに王を癒やし新たな聖杯城の王になる。
奇妙な乙女によって聖杯探求に召喚された騎士たち
の「聖杯」タペストリー
Royal Albert Memorial Museum
"Holy Grail Tapestry: Knights of the Round Table Summoned to the Quest by the Strange Damsel (1898-99)" by chrisjohnbeckett
2. 聖餐:
イエス・キリストの最後の晩餐に由来するキリスト教の儀式。
キリストは捕らわれる前夜弟子達と一緒に食事をした。その時キリストはパンを取り「これは私の体である」、そして葡萄酒をとり「これは私の血である」といって弟子達に分け与えた。そして自分の記念としてこの食事を祝い続けるよう命じた。
「パルジファル」のストーリーでは:
第1幕で傷ついたアンフォルタスが聖杯の儀式(聖杯を掲げてパンと葡萄酒を祝福する)を執り行う。
3. 聖金曜日(英語 Good Friday、ドイツ語 Karfreitag):
要するにキリストが磔にかけられ亡くなった日。十字架にかけられたキリストが三日目によみがえったことを祝う日(復活祭)前の金曜日。キリストの受難と死を記念する。大体3月20日から4月23日の間にある。
ワーグナーの「パルジファル」のストーリーでは:
第3幕は聖金曜日の出来事。この日パルジファルは聖槍を携えて王のもとへ戻り、傷ついた王を癒やし、またクンドリも救済する。
「キリストの埋葬」
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ作、
バチカン宮美術館
両手を天に向かって挙げているのが聖母マリアの妹、そこから左方向へマグダラのマリア、聖母マリア、使徒ヨハネ(キリストの弟子で洗礼者ヨハネとは別人)(or アリマタヤのヨセフ)、手前はニコデモが描かれている。
ヨハネの右手の指はキリストの槍の傷跡に触れている。この絵の詳しい説明はこちらまたはこちら
"The Entombment of Christ Rubens vs Caravaggio" by nerosunero/Adapted
4. キリスト教の聖遺物
聖杯:楽劇「ローエングリン」にもでてくるグラールのこと。これはキリストが磔にかかる前、最後の晩餐で使われたとも、 磔にかかったキリストの血を受けたとも言われる。 また聖杯は美味な食事をもたらすという伝説もある。
ワーグナーの「パルジファル」のストーリーでは:第1幕と3幕に登場。聖杯の儀式で使われた。
聖槍:又の名はロンギヌスの槍。磔になったキリストの死を確認するためキリストの脇腹を刺したとされる槍。日本のアニメ、エヴァンゲリオンにも出てくるので若い人でも案外知っている。
ワーグナーの「パルジファル」のストーリーでは:
神より授かった槍、クリングゾルによって奪われ、その槍によってアンフォルタスは癒えぬ傷を負わされる。
5. 「パルジファル」から連想される人物
マグダラのマリア:罪深い女だがイエスの足に涙を落とし、自らの髪で足をぬぐい香油を塗ったとされる。イエスに出会い懺悔する。キリスト教では重要な聖人。聖母マリアとは別人。(注:現在では罪深き女とマグダラのマリアが同一人物ではないという考えが主流の様です)(参考:「罪の女」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 2018年4月17日 (火) 07:30)。
ワーグナーの「パルジファル」のストーリーでは:
第3幕でクンドリが マグダラのマリアの様にパルジファルの足を洗い香油を付ける場面がある。
「マグダラのマリアの改宗」
パオロ・ヴェロネーゼ作、
ロンドンナショナルギャラリー
後光のあるのがキリスト、手前の水色の衣服を着けキリストを見つめているのがマグダラのマリア
"IMG_9737M Paolo Veronese. 1528-1588. Venise. La conversion de Marie Madeleine. The Conversion of Mary Magdalene. vers 1548. Londres. National Gallery." by jean louis mazieres
洗礼者ヨハネ:イエスの先駆者でキリストに洗礼を施した預言者。オペラ「サロメ」ではヨハナーンという名でサロメの誘惑を拒絶し首を切られる人物。キリストの弟子である使徒ヨハネとは別人。
ワーグナーの「パルジファル」のストーリーでは:
第3幕でグルネマンツがパルジファルの頭に水をかける(洗礼を施す)動作でヨハネとキリストのイメージが重なる。
「キリストの洗礼」
アンドレア・デル・ヴェロッキオ&レオナルド・ダ・ヴィンチ等作、
ウフィツィ美術館
中央がキリスト、右が洗礼者ヨハネ
"File:The Baptism of Christ (Verrocchio & Leonardo).jpg" by Andrea Verrocchio Livioandronico2013
6. おまけ
パルジファル伝説によると、聖杯城の王となったパルジファルには双子の子供がいて、長男が跡継ぎローエングリン。次男の名前はカルディス。
「パルジファル」に関する絵画などで聖杯の上に鳩が書かれているのをよく見かける。この鳩はキリスト教義の三位、父と子と聖霊(Holly Spirit) )のなかの聖霊が目に見える形をとったもの。(「キリストの洗礼」の絵にも描かれている)
「前奏曲」
とてもゆっくりと演奏される。ワーグナーの作品にはある特定の人物、剣や槍などの物、また信仰・痛みなどの概念を象徴する「ライトモチーフ」(短い主題や動機)が用いられている。この前奏曲にもいくつかのモチーフが様々に形を変えて現れる。
最初は聖餐(最後の晩餐)の動機で、A:聖餐、B:痛み、C:聖槍のモチーフが静かに流れてくる。
その次は聖杯(グラール)と信仰の動機。
聖杯(グラール)の動機
信仰の動機
iltrovatoreはとりあえずこれら3つのライトモチーフを理解しておれば本番を聴いても何とかなると思っている。
ここで「パルジファル」第1幕への前奏曲をどうぞ
ベルリンフィルハーモニック ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
第1幕:中世、ゴートのモンサルヴァート城およびその近く。
年老いた騎士グルネマンツは傷ついた王アンフォルタスが湖に治療(水浴)に来るのを待っている。またクンドリは世界を駆け回り王の苦しみを和らげる薬を捜し出し持って来ている。クンドリは謎の女。昔キリストをあざ笑った罪により永遠に死ぬことができず時空をさまよっている。ある時は人を助け又ある時は騎士達を誘って堕落の道に誘い込む。
グルネマンツは先王ティトレルが聖遺物を神より授かった次第、何故アンフォルタス王が傷ついたかを小姓達に話して聞かせる。長大なグルネマンツの語りの始めの部分が以下の動画。
「グルネマンツの語り」MET2013 René Pape
GURNEMANZ
ihm neigten sich, in heilig ernster Nacht, dereinst des Heilands selige Boten:
かの神聖なる夜、主の使いが彼 (ティトレル王) に下ったのだ:
daraus er trank beim letzten Liebesmahle,
主が最後の愛の晩餐で使われた
das Weihgefäss, die heilig edle Schale,
聖なる盃、貴重な聖杯、
darein am Kreuz sein göttlich Blut auch floss,
十字架より流れ出る主の血を受けた (聖杯) 、
dazu den Lanzenspeer, der dies vergoss, –
そして主の血を流したる長槍、—
der Zeugengüter höchstes Wundergut,
この限りなく貴重な証拠の品を、
das gaben sie in unsres Königs Hut.
主の使いは我らの王に託されたのだ。
Dem Heiltum baute er das Heiligtum.
これらの聖遺物のために,王はこの聖所を建てられた。
Die seinem Dienst ihr zugesindet auf Pfaden,
ここで仕える者どもが通る道を、
die kein Sünder findet, –
罪ある人々が見つけることはできない、−
ihr wisst, dass nur dem Reinen
それはわかっておろう、純粋なる者のみが
vergönnt ist sich zu einen den Brüdern,
我ら兄弟の一人となり、
die zu höchsten Rettungswerken
高貴なる救済の勤めを成し遂げるため
des Grales Wunderkräfte stärken. –
偉大なる聖杯から力を与えられるのだ。−
語りの内容:元王ティトレルの後を継いだアンフォルタスは悪の道に堕ちたクリングゾルを討つべく聖槍を持って出かける。しかし美女(実はクリングゾルに命令されたクンドリ)に誘惑され聖槍を奪われるばかりでなくその聖槍によって傷付いてしまう。それ以降王は決して癒えることのない傷の痛みに苦しめられている。神託によると彼の苦しみを救えるのは「共に苦しみ悟りを得る純粋無垢な愚者のみ」
その時近くで白鳥を射落とした青年が引っ立てられてきた。その者の無知さを見て取ったグルネマンツは彼を城につれてゆき、苦痛にさいなまれるアンフォルタスが聖杯を開帳してパン(キリストの体)とワイン(キリストの血)に祝福を与える聖杯の儀式を見せる。しかし青年はただ見守るのみ。落胆したグルネマンツは彼を追い出す。
第1幕で青年(パルジファル)の台詞はあまりない。彼の無垢、無知を表す演技が重要。
第2幕:魔法使いクリングゾルの城。
クリングゾルはクンドリを目覚めさせ城に入った青年を誘惑するよういやがるクンドリに命令する。クリングゾルの魔法であたりは花園になり花の乙女達が青年を誘惑する。
「花の乙女達の誘惑」マリンスキー劇場 1997, Plácido Domingo、花の乙女の一人は若きAnna Netrebko。
するとクンドリが出てきて青年に「パルジファル!」と呼びかけ、自分自身の名前さえ知らない彼に彼の父母のことを教え(下の動画部分)、彼を誘惑する。
「クンドリの誘惑」ベルリン国立歌劇場 1992 Waltraud Meier, Poul Elming
KUNDRY
Hier weile, Parsifal!
ここにいて、パルジファル!
Dich grüsset Wonne und Heil zumal. –
無上の喜びと楽しみがあなたを待っている!−
Ihr kindischen Buhlen, weichet von ihm;
お嬢さん達、彼から離れなさい;
früh welkende Blumen,
直ぐにしおれてしまう花々よ、
nicht euch ward er zum Spiele bestellt.
彼はあなた方と遊べと言われているわけじゃないの。
Geht heim, pfleget der Wunden;
家に帰って、怪我を負った男達の看病をしなさい;
einsam erharrt euch mancher Held. –
男達は淋しいでしょうから。—
乙女達
Dich zu lassen, dich zu meiden,
離れなきゃいけない、会えないの?
O wehe! O wehe der Pein!
悲しいわ!悲しいわ!
Von Allen möchten gern wir scheiden,
私達はどんな男達と別れてもいいの、
mit dir allein zu sein!
あなたと一緒にいられたら!
Leb wohl! Leb wohl!
さよなら!さよなら!
Du Holder! Du Stolzer!
かわいい坊や、うぬぼれやさん!
Du – Tor!
あなたは ー お馬鹿さん!
PARSIFAL
Dies Alles – hab ich nun geträumt?
これはみんなー夢なのかな?
PARSIFAL
Riefest du mich Namenlosen?
名前のない僕を呼んだ?
KUNDRY
Dich nannt ich, tör'ger Reiner:
あなたの名前を言ったの、馬鹿で無垢な人、
»Fal-parsi« –
「ファル ー パルジ」と.
Dich reinen Toren: »Parsifal«.
あなたは無邪気で無垢な「パルジファル」よ。
So rief, als in arab'schem Land er verschied,
アラビアで死んだ時、
dein Vater Gamuret dem Sohne zu,
あなたのお父さんが我が子をそう呼んだの、
den er, im Mutterschoss verschlossen,
あなたはまだお母さんのお腹の中にいたわ、
mit diesem Namen sterbend grüsste;
彼は死の間際、この名を読んであなたに別れの挨拶を送ったの;
ihn dir zu künden, harrt ich deiner hier:
あなたにこのことを伝えるためにここで待っていたのよ:
was zog dich her, wenn nicht der Kunde Wunsch?
このことを知りたいために来たので無ければ、何でここへ来たの、
PARSIFAL
Nie sah ich, nie träumte mir, was jetzt
見たこともないし、夢にさえ見たことがない、
ich schau, und was mit Bangen mich erfüllt.
僕が今みているものは、だけど僕を不安で一杯にさせる。
Entblühtest du auch diesem Blumenhaine?
あなたもこの花園から咲いて出たの?
KUNDRY
Nein, Parsifal, du tör'ger Reiner!
いいえ、パルジファル、馬鹿で無垢な人!
Fern – fern – ist meine Heimat.
私の故郷は、遙か彼方。
Dass du mich fändest, verweilte ich nur hier;
あなたが私を見つけてくれないかと思ってここにいたの:
von weither kam ich, wo ich viel ersah.
私は遠くから来た、そこで色々なことを見たわ。
Ich sah das Kind an seiner Mutter Brust,
小さな子がお母さんの胸に抱かれているのを見たわ、
sein erstes Lallen lacht mir noch im Ohr; das Leid im Herzen;
その子の最初の笑い声はまだ耳に残っている、
das Leid im Herzen,
(彼女の) 心は痛むけれど、
wie lachte da auch Herzeleide,
心は悲しみにみちていたけれど、笑っていたの、
als ihren Schmerzen
苦しみよりも更に
zujauchzte ihrer Augen Weide!
(その子は) 彼女の目を喜ばせていたのよ!
Gebettet sanft auf weichen Moosen,
柔らかい苔のベッドに、
den hold geschläfert sie mit Kosen,
その子を眠らせていたわ、
dem, bang in Sorgen,
心配そうに、
den Schlummer bewacht der Mutter Sehnen,
お母さんは子供が眠るのを見守っていた、
den weckt' am Morgen
そして朝彼を目覚めさせたのは
der heisse Tau der Muttertränen.
お母さんの熱い涙の粒だった。
Nur Weinen war sie, Schmerzgebahren
お母さんは心の痛みに泣いてばかりだった、
um deines Vaters Lieb und Tod:
あなたのお父さんの愛と死を思って:
彼女は彼に口づけを与えたが、その時パルジファルは一挙に智を得、アンフォルタスの苦悩を理解しクンドリを退ける。
「アンフォルタス!その傷!」MET2013 Jonas Kaufmann
Parsifal
Amfortas! ...
アンフォルタス!...
Die Wunde! – Die Wunde! –
その傷!-その傷!
Sie brennt mir hier zur Seite! –
僕のここで燃えている!−
Oh –! Klage! Klage!
ああ、悲しみ!苦しみ!
Furchtbare Klage!
恐ろしいほどの悲痛が!
Aus tiefstem Herzen schreit sie mir auf.
僕の心の奥底から叫んでいる。
Oh –! Oh –!
ああ!ああ!
Elender! Jammervollster!
悲惨だ!何という苦痛!
Die Wunde sah ich bluten, –
傷口から血が流れ出すのが見える、
nun blutet sie in mir –!
今度は僕の体に流れ込んでいる!
Hier – hier! ...
ここにーここに!
Nein! Nein! Nicht die Wunde ist es.
いや!違う!傷口からじゃない。
Fliesse ihr Blut in Strömen dahin!
血がここから流れ出ている!
Hier! Hier im Herzen der Brand!
ここだ!僕の心が燃えている!
Das Sehnen, das furchtbare Sehnen,
憧れが、恐ろしいほどの憧れが、
das alle Sinne mir fasst und zwingt!
僕の全神経を捕らえ強いている!
Oh! – Qual der Liebe!
ああ!—愛の苦悩だ!
Wie Alles schauert, bebt und zuckt –
全てが震えているー
in sündigem Verlangen!
罪深い欲望に!
この場面は「そんなことあり得ない、あほか!」と思われる方もいらっしゃるだろうが、その思いは無視すること。オペラには良くあることで、信じる者は幸いなり。
クリングゾルは誘惑を拒絶したパルジファルに聖槍を投げつけるが、その槍はパルジファルの頭上で止まる。パルジファルがその槍を取り十字を切るとクリングゾルの城は崩れ落ちてゆく。
第3幕:モンサルヴァート城およびその近く。 聖金曜日
それからどのくらいの歳月が過ぎ去ったことだろう。モンサルヴァートの先王ティトレルは亡くなり、騎士団は崩壊の危機に立たされている。隠者となったグルネマンツがクンドリを起こしていると泉に近づく者がいる。パルジファルがあまたの苦難を乗り越えて悟りを得、聖槍を携えてこの地に戻ってきたのだ。
クンドリはパルジファルの足を洗いグルネマンツはパルジファルの頭に水を振りかけて祝福する。パルジファルはクンドリに洗礼をほどこす。パルジファルとグルネマンツは穏やかに野の花の美しさを讃え、救い主への感謝を語る。(聖金曜日の魔法)
「聖金曜日の魔法」ベルリン国立歌劇場 1992 Poul Elming, Waltraud Meier, John Tomlinson
PARSIFAL
er mich grüsse!
彼は私を(王として)迎えて下さるでしょう。
GURNEMANZ
So ward es uns verhiessen;
これは我々に約束されたこと;
so segne ich dein Haupt,
よって私はあなたの頭を祝福する、
als König dich zu grüssen.
王としてあなたを迎えましょう。
Du Reiner!
あなたは無垢なる者!
Mitleidvoll Duldender,
哀れみにみちた受難者、
heiltatvoll Wissender!
悟りを得た癒やし手!
Wie des Erlösten Leiden du gelitten,
あなたは贖罪の苦しみに耐えた故、
die letzte Last entnimm nun seinem Haupt! –
彼の人の頭上より最後の重荷を取り去って下さい!
PARSIFAL
Mein erstes Amt verricht ich so:
では私の最初の仕事をいたしましょう:
die Taufe nimm,
この洗礼を受けて下さい、
und glaub an den Erlöser!
贖い主(キリスト)を信じて!
PARSIFAL
Wie dünkt mich doch die Aue heut so schön!
この野原は今日何と美しいのだろう!
Wohl traf ich Wunderblumen an,
昔不思議の花に出会い
die bis zum Haupte süchtig mich umrankten,
頭までからまれた、
doch sah ich nie so mild und zart
しかしこの様に優しく柔らかい
die Halme, Blüten und Blumen,
草や花々は見たことがない、
noch duftet' All' so kindisch hold,
全てが子供の様な甘さで香り、
und sprach so lieblich traut zu mir.
私に優しく語りかける。
GURNEMANZ
Das ist Charfreitags Zauber, Herr.
これは聖金曜日の魔法です。
PARSIFAL
O wehe, des höchsten Schmerzentags!
おお、この上ない苦痛の日。
Da sollte, wähn ich, was da blüht,
ここで咲いている花々全てが、
was atmet, lebt und wieder lebt,
息づき、生き、そして再び生を得る者達が、
nur trauern – ach! – und weinen?
ひたすら嘆き、泣く日なのですね?
GURNEMANZ
Du siehst, das ist nicht so.
そうでないのはおわかりでしょう。
Des Sünders Reuetränen sind es,
自責の念に駆られる罪人の涙が、
die heut mit heil'gem Tau
今日聖なるしずくとなり
beträufet Flur und Au:
この地と野原を潤し:
der liess sie so gedeihen.
草木は繁茂するのです。
Nun freut sich alle Kreatur
全て (神) の創造物は
auf des Erlösers holder Spur,
救い主の愛の証しを喜び、
will ihr Gebet ihm weihen.
主に祈りを捧げる。
Ihn selbst am Kreuze kann sie nicht erschauen;
十字架上の主を見ることはもうできない:
da blickt sie zum erlösten Menschen auf:
救済された人間を見上げる:
der fühlt sich frei von Sündenlast und Grauen,
彼らは罪の重荷と恐怖の念から解放されたと感じている、
durch Gottes Liebesopfer rein und heil.
神の愛の犠牲によって清められたのだ。
Das merkt nun Halm und Blume auf den Auen,
さて野に咲く花や草は知っている、
dass heut des Menschen Fuss sie nicht zertritt,
今日は人間が彼らの足で踏みつけないと、
doch wohl – wie Gott mit himmlischer Geduld
確かに、神々しいまでの忍耐を持って神が
sich sein erbarmt und für ihn litt –
人間を哀れみ、彼らのために苦しみを忍んだのだ。
der Mensch auch heut in frommer Huld
だから今日人は心からの思いやりを持ち
sie schont mit sanftem Schritt.
そっと歩くのだ。
Das dankt dann alle Kreatur,
それ故全て神の創造物は感謝の念を持つ、
was all da blüht und bald erstirbt,
今を盛りに咲くもの、枯れゆくもの、全てが、
da die entsündigte Natur
自然は罪の赦しを得
heut ihren Unschuldstag erwirbt ...
今日純白な日を送ることができる・・・。
PARSIFAL
Ich sah sie welken, die einst mir lachten;
昔私を馬鹿にした花々がしおれたのを見た。
ob heut sie nach Erlösung schmachten?
今日は彼らも贖罪を求めているのだろうか?
Auch deine Träne ward zum Segenstaue:
あなたの涙もまた祝福の露となる:
du weinest, – sieh! es lacht die Aue!
あなたは泣いている、しかし見てごらん!野原はほほえんでいる。
一方苦痛に耐えかねたアンフォルタスが絶望のあまり騎士達に殺してくれと嘆願しているところにパルジファル達がやってくる。パルジファルは聖槍でアンフォルタスの傷を癒やす。厨子から取り出された聖杯は光り輝き、全員が “Erlösung dem Erlöser!” 「救済者が救済された!」と合唱したところで幕が下りる。
第3幕最後、MET 1992 Siegfried Jerusalem, Bernd Weikl
騎士達
Enthüllet den Gral! -
聖杯の覆いをはずして下さい!
Walte des Amtes!
儀式を行なって下さい!
Dich mahnet dein Vater: -
あなたの父親があなたに呼びかけています:
Du musst, du musst!
あなたがやらねばならない、やらねばならない!
AMFORTAS
Nein! - Nicht mehr! - Ha!
イヤだ! 決してやるものか! ハッ!
Schon fühl' ich den Tod mich umnachten,
俺は既に死の闇に取り囲まれているのを感じる、
und noch einmal sollt' ich ins Leben zurück?
それなのにもう一度生きろだと?
Wahnsinnige!
狂っている!
Wer will mich zwingen zu leben,
誰が俺に生きろと強制できる?
könnt ihr doch Tod mir nur geben?
俺を死なせてくれないか?
Hier bin ich, - die offne Wunde hier!
俺はここにいるーこれが癒えぬ傷口だ!
Das mich vergiftet, hier fliesst mein Blut:
俺の血が流れ出ている、俺を毒にまみれさせる血だ:
heraus die Waffen! Taucht eure Schwerte
武器を取れ! 剣を突き刺せ
tief - tief, bis ans Heft!
深くー柄まで深く!
Auf! Ihr Helden:
勇者達よ!
tötet den Sünder mit seiner Qual, -
苦悶する罪人を殺してくれ、
von selbst dann leuchtet euch wohl der Gral!...
そうすれば今一度聖杯はお前らの頭上に輝くだろう!
PARSIFAL
Nur eine Waffe taugt: -
役立つ武器はただ一つ:
die Wunde schliesst
傷口をふさぐのは
der Speer nur, der sie schlug.
あなたを刺したこの槍のみ。
PARSIFAL
Sei heil - entsündigt und entsühnt!
つつがなくー赦され、そして償われましょう!
Denn ich verwalte nun dein Amt.
何故ならば、今から私があなたの勤めを果たすからです。
Gesegnet sei dein Leiden,
あなたの苦しみは清められました、
das Mitleids höchste Kraft
哀れみの情が持つ強大な力
und reinsten Wissens Macht
そして純粋な知恵の力が
dem zagen Toren gab.
この臆病な愚か者に与えられたのです!
Den heil'gen Speer -
私は聖なる槍を
ich bring' ihn euch zurück! -
あなた方の所へ持ち帰りました!
Oh! Welchen Wunders höchstes Glück!
この奇跡は感極まる至福の喜び!
Der deine Wunde durfte schliessen,
あなたの傷を癒やすこの槍、
ihm seh' ich heil'ges Blut entfliessen
そこから聖なる血が流れ出ているのが見えます
in Sehnsucht nach dem verwandten Quelle,
なじみある泉を求めて、
der dort fliesst in des Grales Welle. -
聖杯の中へと流れ込む。
Nicht soll der mehr verschlossen sein:
聖杯を隠してはなりません:
Enthüllet den Gral! - Öffnet den Schrein!
聖杯のカバーを取りなさい、厨子を開きなさい!
全員
Höchsten Heiles Wunder!
この上なき救いの奇跡!
Erlösung dem Erlöser!
救済者が救済された!
(2018.6.12. wrote)(改訂、追加 2020.2.21)