オペラ解説:「死の都」"Die Tote Stadt" ヴォルフガング・コルンゴルト作曲

 

作曲者のエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトは1897年オーストリアに産まれました。早熟の天才で「モーツアルトの再来」と呼ばれ(名前もヴォルフガングだし)なんと10代でオペラを作曲しプッチーニの絶賛をうけたそうです。

 

そして1920年、彼が23才の時に「死の都」を発表します。この作品は悲哀に満ちた過去との決別、命の再生を主題としたオペラで、第一次世界大戦で敗戦国となり経済的な困難や食糧難に苦しむ人々の心を捕らえ、大成功をおさめます。

 

輝かしい人気で将来は約束されたも同然だったコルンゴルトですが、時代は再び暗くなりナチスが台頭してきます。オーストリアやドイツではユダヤ人である彼の作品の演奏も禁止され、彼はアメリカに亡命します。

 

アメリカで生き抜くため彼は映画音楽を書き始め、なんと2つのアカデミー賞を獲得しています。ちなみに有名な映画「永遠の処女」や「楽聖ワーグナー」などに曲を付けているのは彼だそうで! 

 

第二次世界大戦終了後、コルンドルトはウイーンに帰り音楽活動を再開します。しかし後期ロマン派風の甘美な作風は既に時代遅れと見なされ、映画音楽(当時は劣等と考えられていた)を作っていたという経歴から彼は馬鹿にされ忘れられていきます。

 

ウイーンに見捨てられた彼は米国に戻り失意の中で1957年11月29日に亡くなります。しかし近年コルンゴルトの作品は再び見直され、世界の歌劇場のどこかで毎年の様に上演されるようになりました。

 

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「死の都」はジョルジュ・ローデンバックの小説「死都ブルージュ」を元に作曲されています。原作では最後主人公が妻に似た娘を殺します。

 

しかしこのオペラの中で殺人は彼の幻覚です。最後、彼は過去と決別し新しい生活を目指してブルージュを去ってゆく、という希望を感じさせる結末になっています。

 

このオペラで有名なのはマリエッタとパウルが歌う「私に残された幸せ」とバリトンのアリア「ピエロの唄」で、「私に残された幸せ」はよくソプラノ独唱で歌われます。二つの歌とも甘美でセンチメンタルな美しいメロディーに溢れています。

 

オーケストラも全体的に甘美でプッチーニや映画音楽を聴いている様なとても親しみやすい音楽です。

 

しかし主役のマリエッタとパウルが歌う音域が高い!特にソプラノは高音領域で強く張って歌う箇所が恐ろしく多いです。下手をすると喉を潰しそう。マリエッタとパウルとも強靱な声と高度な歌唱技術力及び体力が無ければ歌いきれない難役です。


第1幕

ブルージュ。マリーの写真が飾ってある陰鬱な部屋。パウルは妻、マリーの死を受け入れることが出来ず彼女の遺品を部屋に飾っている。訪ねてきた友人フランクが現実を受け入れるように忠告しても聞き入れない。

 

そこへ昨日出会った、亡き妻とそっくりな踊り子マリエッタが訪ねてきて彼を喜ばせようと歌い始めるのが「私に残された幸せ」で最後はふたりの2重唱になる。(Jonas KaufmannとJulia Kleiterの2重唱はこちら、歌としては下の動画より良い)

 

”Glück, das mir verblieb” 「私に残された幸せ」

Angela Denoke (マリエッタ), Torsten Kerl (パウル)

Strasbourg 2001

Marietta

Soll ich?  Nun, hören Sie.

歌う? じゃあ聞いてね。

 

Glück, das mir verblieb, 

私に残された幸せ、

 

rück zu mir, mein treues Lieb. 

戻ってきておくれ、私の愛する人。

 

Abend sinkt im Hag   

夕べは木立に沈む 

 

bist mir Licht und Tag. 

あなたは私の光そして昼。

 

Bange pochet Herz an Herz   

心臓が不安でどきどきする 

 

Hoffnung schwingt sich himmelwärts.

希望は空へ飛んでいってしまう。

 

Paul 

Wie wahr, ein traurig Lied. 

なんという真実、悲しい歌。

 

Marietta

Das Lied vom treuen Lieb, das sterben muss. 

死んでしまった恋人の歌。

 

Was haben Sie? 

あなたは?

 

Paul 

Ich kenne das Lied. 

僕はその歌を知っている

 

Ich hört es oft in jungen, in schöneren Tagen. 

よく聴いた、若い頃、愉しき日々に

 

Es hat noch eine Strophe-- 

の続きはもっとある---

 

weiß ich sie noch? 

僕はまだ覚えているかな?

 

Naht auch Sorge trüb, 

悲しみは深まる

 

rück zu mir, mein treues Lieb. 

戻ってきておくれ、僕の恋人

 

Paul Marietta

Neig dein blaß Gesicht 

あなたの青ざめた顔を引き寄せる

 

Sterben trennt uns nicht. 

死が僕らを分かつことはない。

 

Mußt du einmal von mir gehn, 

ある日あなたが僕の元を去らねばならぬとしても、

 

glaub, es gibt ein Auferstehn.

僕は信じる。あなたはいつか蘇る。

 

 

 

 

 


 

しかしマリエッタは自分が死んだマリーの身代わりになっていると気づき部屋から去ってゆく。パウルの前にマリーの幻影が現れふたりの愛を忘れないようにと言い(マリーとマリエッタは一人二役)、パウルは混乱する。

 

第2幕

混乱したパウルの幻想の中で物語が進んで行く。水路のあるブリュージュの街。フランクはマリエッタのアパートのカギを持っているがパウルは強引にそのカギを奪う。マリエッタが舞台仲間達とボートに乗って賑やかに現れ、仲間のフリッツ(ピエロ)が「私の憧れ、私の夢」を歌う。

 

“Mein Sehnen, mein Wähnen”「私の憧れ私の夢」(ピエロの踊りの歌)

Da ihr befehlet, Königin, 

仰せのままに、女王様、

 

Fügt sich auch Pierrots treuer Sinn.

忠実なピエロ奴にございます。

 

Mein Sehnen, mein Wähnen, 

私の憧れ、私の夢  

 

es träumt sich zurück, 

私を昔へ引き戻す、

 

Im Tanze gewann ich,  

踊りの中に見つけ、 

 

Verlor ich mein Glück, 

そして失った私の幸せ、

 

Im Tanze am Rhein,

ラインの川辺での踊り、

 

Bei Mondenschein, 

月明かりのもとで、

 

Gestand mirs aus Blauaug  Ein inniger Blick, 

青い眼が深いまなざしで私に告げる、

 

Gestand mirs ihr bittend Wort: 

懇願する言葉は:

 

O bleib, o geh mir nicht fort, 

ここに居て、行かないで、

 

Bewahre der Heimat  Still blühendes Glück, 

ふるさとの幸せを何時も心に掛けて,

 

Mein Sehnen, mein Wähnen,

私の憧れ、私の夢 

 

Es träumt sich zurück. 

私を昔へ引き戻す、

 

Zauber der Ferne 

はるかなる故郷の魔力は

 

Warf in die Seele den Brand. 

私の心を焼き尽くす

 

Zauber des Tanzes 

踊りの魔力は

 

Lockte, ward Komödiant. 

私を魅惑し、私はピエロになった。

 

Folgt ihr der Wundersüßen, 

この甘い歓びを追い続け、

 

Lernt unter Tränen küssen. 

涙にぬれたキスを知った。

 

Rauch und Not, Wahn und Glück, 

熱狂と窮乏、愚行と幸福、

 

Ach, das ist Gaukler`s Geschick... 

ああ、それがピエロなのさ・・・

 

Mein Sehnen, mein Wähnen, 

私の憧れ、私の夢  

 

Es träumt sich zurück, Zurück, zurück...

私を昔へ引き戻す、引き戻す・・・

 

 

 

 

 


 

彼らはマイアベーアーが作曲した「悪魔のロベール」の「呪われた尼僧のバレエ」シーンを練習するが、怒ったパウルはマリエッタを止めさせ、自分が愛するのは死んだ妻でマリエッタではない、と彼女に告げる。しかしマリエッタはパウルを誘惑し彼は誘惑に負ける。

 

第3幕

この幕もパウルの幻想が続く。マリエッタと一夜を過ごしたパウルは罪の意識におののく。マリエッタは死人に惑わされるのを止めるよう強引に迫り、パウルが取り出したマリーの遺髪をもてあそび馬鹿にする。怒り狂ったパウルはマリーの髪の毛でマリエッタを絞め殺す。

 

(ここで音楽が変わって穏やかになる。)

 

彼がはっと気づくと死んだはずのマリエッタがいない。家政婦のブリギッタが部屋に入ってきて「先ほどのご婦人が引き返してきました」と言い、すぐに(ぴんぴんして元気な)マリエッタが来て部屋に置き忘れた傘とバラを持って帰る。

 

パウルは今までの出来事が自らの幻想だったことに気づき、とうとう妻の死を認め現実を受け入れる。

 

「一緒にこの死の都から離れよう」という友人のフランクに同意し「私に残された幸せ」の旋律に載せてマリーとの惜別を優しく歌い、静かに部屋を去る。思わず涙ぐんでしまうラスト。

 

2019 バイエルン歌劇場 ヨナス・カウフマン


 

 

全曲:The Finnish National Operaによる公演。全曲

 

Kasper Holtenn (演出), Mikko Franck (指揮), Florian Vogt (パウル), Camilla Nylund (マリエッタ) 

第1,2幕。字幕無し

第3幕。英語字幕が付いているが何故か途中から突然日本語字幕に入れ替わる。彼が正気に戻ってからの場面 (36分くらいから) に心を打たれる。幕切れの歌と第1幕の「私に残された幸せ」(43:30くらいから)の歌詞を比べながら聴いてください。(この部分日本語字幕付)


(2019.10.05.wrote) オペラ解説に戻る