オペラ解説:「トリスタンとイゾルデ」 "Tristan und Isolde" ワーグナー作曲

"John Duncan (1866-1945), 'Tristan and Isolde'" by sofi01

 

中世ヨーロッパで語り継がれた「トリスタンとイゾルデ」。トリスタンはピクト系(スコットランド北部に居住)、イゾルデ(イズー)はアイルランドの名前に由来し、コーンウォールやブルターニュ等の土地が舞台であることからもからもケルト由来の伝説だろうと考えられている(「トリスタンを読む」新倉俊一、帝京国際文化 第16号p63)。

 

この伝説にはトリスタンと関わる2人の女性、金髪の(または美しい)イゾルデと白き手のイゾルデが登場するが、ワーグナーは結局金髪のイゾルデのみに焦点を絞った物語に創り上げている。ただし第3幕で白き手のイゾルデの逸話、船の帆(元々は白い帆、黒い帆)を連想させる会話がさりげなく挿入されている。

 

追加:「トリスタンとイゾルデ」の元話 2021.8.14

トリスタンと(美しい)イゾルデは間違えて愛の秘薬を飲んでしまい、それゆえに許されざる愛に苦しむ。トリスタンは苦しみのあまり故郷を離れ放浪し偶然のことから「白き手のイゾルデ」と結婚するが彼女を愛することはできない。トリスタンは病に犯されついに「美しいイゾルデ」に助けを求める。

 

もし美しいイゾルデがトリスタンの元に来るならば彼女の乗る船の帆は白、来ないならば黒とされていた。トリスタンは今か今かと彼女を待っている。しかし嫉妬に駆られた白き手のイゾルデは白い帆の船が来たのに黒い帆だとトリスタンに告げ、トリスタンは失望のあまり死んでしまう。到着した美しいイゾルデは死んだ彼を見、悲しみのあまり心臓が破れて死んでしまう。

 

*** *** *** ***

 

ワーグナーは共和主義的思想を持っており、1948年ドイツ三月革命に参加したが運動に失敗。指名手配されたためスイスへ逃れ妻のミンナとともにチューリッヒに住む。その時期彼は数人の女性とも関係があったのだがパトロンであるヴェーゼンドンクの妻、マティルデと恋愛関係になる。(「リヒャルト・ワーグナー」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 2020年11月20日 (金) 21:17‎ )

 

その時期に書かれたのが「ヴェーゼンドンク歌曲集」で「」と「温室にて」には「トリスタンへの習作」と副題が付けられ、それぞれ「愛の二重唱」(第2幕)、第3幕への前奏曲の旋律に転用された。この不倫は結局終わりを告げる。しかしその後新たに人妻コジマと不倫関係になり生まれた子供はイゾルデと名付けられている。(「リヒャルト・ワーグナー」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 2020年11月20日 (金) 21:17‎ )

 

「トリスタンとイゾルデ」はその最初の出だしから終わりに至るまで官能的な愛への憧れとその痛み、そして最終的な解決としての死への想いに満ち溢れ観客を陶酔の渦に陥れる。不安定で曖昧な「トリスタン和音」はそれ以前の調性音楽からの決別であり、後の作曲家達に多大な影響を与えた。

 

*** *** *** ***

 

この楽劇は主としてトリスタンとイゾルデの心理劇なので舞台上の動きは少ない。主役たちは歌唱によりこの長大で濃厚なストーリーを表現する。トリスタンとイゾルデ両人とも飛び抜けた歌唱能力が必要であり、とりわけトリスタン役は相当のスタミナが必須である。

 

トリスタン:

コーンウォール王マルケの甥。いずれは王国を継ぐ者と考えられているが本人にその意識は薄い。トリスタンは「悲しみ」と言う意味を持つ名前。彼の母は死の床で彼を産んだのである。彼は絶えず死を意識している、と言うより死を望んでいる風でもある ーー 例えば、アイルランドでイゾルデの持つ剣により殺されかけたが抗わず、船の中では自分を殺せとイゾルデに剣を差し出し、死の薬と知りながら飲み(実はほれ薬だったが)、王の側近メロートに殺されそうになっても戦わない。

 

イゾルデ:

許婚モロルトをトリスタンに殺されており、彼女にとって彼は仇敵である。癒しの術を持っており最初はトリスタンとは知らず瀕死の彼を介抱し彼に愛情を抱く。彼も彼女を密かに愛している。しかしトリスタンがアイルランドに渡ってきたのは彼女をアイルランドの敵国コーンウォールの王マルケの妻とするためだった。彼女はそのことに屈辱感と怒りを抱く。彼女は復讐として母がくれた「死の薬」をトリスタンと一緒に飲もうとするが忠実な侍女、ブランゲーネが彼女に手渡したのは「愛の薬」であった。

 

マルケ王:

良識のある良き王。甥のトリスタンを愛しており彼を後継にしようと考えていたためずっと独り身で暮らしていたが、トリスタンの勧めによりイゾルデと政略結婚をする。トリスタンとイゾルデが愛し合っていることが発覚しトリスタンに裏切られた思いで非常に落胆する。しかし最終的には彼らを許すため瀕死のトリスタンの元へ向かう。 


第1幕 時は中世。アイルランドからコーンウォールを目指す船の甲板

 

前奏曲

有名な「トリスタン和音」が最初に提示される。「憧れの動機」「眼差しの動機」「魔酒の動機」「法悦の動機」などを積み重ね、トリスタンとイゾルデの、現世では決して成就することのない愛への憧れや愛の高揚感が示される。しかし二人の想いは遂げられることなく深く暗い淵に沈んでゆく。

ズビン・メータ指揮、バイエルン歌劇場オーケストラ


 

イゾルデはアイルランドからコーンウォールへと向かう船の中にいる。イゾルデはイラついている。それは水兵たちが自分を馬鹿にしたように思える歌を歌っているためでもあるが、実は彼女が密かに愛するトリスタンが自分に無関心なように見えるためである。

 

以前彼女は瀕死の彼を救ってやった。トリスタンが彼女の許婚を殺した仇敵と知りながらも彼を愛してしまった故に、彼女は回復した彼を黙って送り出したのである。それなのに彼は政略結婚の餌食として彼女をマルケ王と結婚させようとしている。屈辱感と絶望そして怒りに燃えるイゾルデはトリスタンを呼び出す。

バイエルン歌劇場1998、Waltraud Meier, Marjana Lipovsek

ISOLDE

(彼女の視線はトリスタンを捉え、凝視する)

 

Mir erkoren,

私のために選ばれ、

 

mir verloren,

私を失い、

 

hehr und heil,

崇高にして癒し

 

kühn und feig!

勇敢にして臆病!

 

Todgeweihtes Haupt!

死にゆく運命の首!

 

Todgeweihtes Herz!

死にゆく運命の心!

 

Was hältst du von dem Knechte?

あのしもべをどう思う?

 

BRANGÄNE

Wen meinst du?

どなたのことをおっしゃっているのですか?

 

ISOLDE

Dort den Helden,

あそこにいる勇者、

 

der meinem Blick den seinen birgt,

私の視線から彼の視線をそらしている、

 

in Scham und Scheue

恥ずかしさと内気の故に

 

abwärts schaut.

彼の目は下を向いている。

 

Sag, wie dünkt er dich?

言ってご覧、どう思う?

 

BRANGÄNE

Frägst du nach Tristan, teure Frau,

トリスタン様のことですか、お嬢様、

 

dem Wunder aller Reiche,

全ての国にとって驚異、

 

dem hochgepriesnen Mann,

誉高きお方、

 

dem Helden ohne Gleiche,

英雄にして並び立つ者のない、

 

des Ruhmes Hort und Bann?

名声の保持者であり守り手のあの方ですか?

 

ISOLDE

(あざけるように)

Der zagend vor dem Streiche

彼はおどおど逃げ回っているわ

 

sich flüchtet, wo er kann,

そうできるときはね、

 

weil eine Braut er als Leiche

彼はしかばねとなった花嫁を手に入れたから

 

für seinen Herrn gewann!

彼のご主人様のために!

 

Dünkt es dich dunkel, mein Gedicht?

私の話は暗すぎると思う?

 

Frag ihn denn selbst, den freien Mann,

あなたが彼に聞いてごらんなさい、あの自由な男に、

 

ob mir zu nahn er wagt?

私に敢えて近づくことができますか?と

 

Der Ehren Gruss

尊敬の念に満ちた挨拶

 

und zücht'ge Acht

そして上品な気配りを

 

vergisst der Herrin

女主人様に致すことを忘れている

 

der zage Held,

あの内気な勇者は、

 

dass ihr Blick ihn nur nicht erreiche,

私の視線は彼に届いていない、

 

den Helden ohne Gleiche!

比類なき英雄が!

 

Oh, er Weiss wohl, warum!

ああ、何故だか彼は知っているのよ

 

Zu dem Stolzen geh,

あのほこり高い男のところへ行って、

 

meld ihm der Herrin Wort:

女主人の言葉を伝えなさい:

 

Meinem Dienst bereit,

私の世話をするように、

 

schleunig soll er mir nahn.

すぐに私のところに来るように、と。

 

BRANGÄNE

Soll ich ihn bitten,

あのかたに言えばよろしいのですか、

 

dich zu grüssen?

あなたに挨拶せよと?

 

ISOLDE

Befehlen liess

命令です。

 

dem Eigenholde

あの自惚れ男に教えてやりなさい

 

Furcht der Herrin

お前の女主人を畏れよと

 

ich, Isolde!

私、イゾルデを!


 

イゾルデは「トリスタンを殺して許婚モロルトの復讐を果たす」 とトリスタンに告げる。トリスタンはそれに抗わず「それならば自分を殺せ」 と剣をイゾルデに差し出す。イゾルデは「剣の代わりに償いの酒をともに飲みましょう」 と言い、ブランゲーネにあらかじめ申し付けておいた死の薬を持ってこさせる。

 

トリスタンはイゾルデへの愛を感じながらも、むしろ心を封印するためにためらわずその酒を飲む。イゾルデは「その半分は私のもの、裏切り者!あなたのために飲むのよ!」と叫び残りの薬を飲む。

 

二人はすぐ強烈な愛に打ち震えお互いの名前を呼び合い抱擁し、マルケ王や彼らを迎える群衆のことなど眼中になくなる。死の薬の代わりに愛の薬を差し出したブランゲーネは自らの為したことに恐怖する。

 バイロイト1981 René Kollo, Johanna Meier

TRISTAN

Den Balsam nützt' ich, den sie bot: 

私はかつてその薬を使った:彼女が私に与えたその(癒しの)薬を、

 

den Becher nehm ich nun,

私はこの杯を飲もう、

 

dass ganz ich heut genese.

それで私は全快するだろう。

 

Und achte auch des Sühneeids,

和解の誓いの証拠にもなる、

 

den ich zum Dank dir sage!

私はあなたに感謝する!

 

Tristans Ehre, höchste Treu'!

トリスタンの誉は、完璧な忠誠!

 

Tristans Elend, kühnster Trotz!

トリスタンの悲惨は、激烈な反抗!

 

Trug des Herzens!

心を欺くのだ!

 

Traum der Ahnung!

望みを夢見る心を!

 

Ew'ger Trauer einz'ger Trost:

限りなき嘆きへのただ一つの慰めは

 

Vergessens güt'ger Trank,

忘却の飲み物、

 

dich trink' ich sonder Wank!

断固この飲み物を飲むぞ!

 

ISOLDE

Betrug auch hier? Mein die Hälfte!

また騙すつもり? 半分は私のものよ!

 

Verräter! Ich trink' sie dir!

裏切り者!私はお前のために飲むのよ!

 

ISOLDE

Tristan!  トリスタン!

 

TRISTAN

Isolde!  イゾルデ!

 

ISOLDE

Treuloser Holder!

愛する不実なお方!

 

TRISTAN

Seligste Frau!

至福の女性!

 

男達

Heil! König Marke Heil!

マルケ王、万歳、万歳!

 

BRANGÄNE

Wehe! Weh! 

ああ!何という災い!

 

Unabwendbar ew'ge Not

避けることのできない永遠の苦しみが続く

 

für kurzen Tod!

すぐに死ぬ代わりに!

 

Tör'ger Treue

愚かな忠誠心

 

trugvolles Werk

(お嬢様を)欺いたために

 

blüht nun jammernd empor!

悲惨な結果になってしまった!

 

TRISTAN

Was träumte mir von Tristans Ehre?

夢見たトリスタンの誉など何だったのだろう?

 

ISOLDE

Was träumte mir von Isoldes Schmach?

夢見たイゾルデの恥辱など何だったのだろう?

 

TRISTAN

Du mir verloren?

あなたを失った?

 

ISOLDE

Du mich verstossen?

私を拒絶なさった?

 

TRISTAN & ISOLDE

TRISTAN

Trügenden Zaubers tückische List!

ずる賢い偽りの魔術!

ISOLDE

Törigen Zürnens eitles Dräun!

愚かな怒りが脅してもむだよ!

 

TRISTAN

Isolde! イゾルデ!

ISOLDE

Tristan! トリスタン!

 

TRISTAN

Süsseste Maid! 美しい乙女!

 

ISOLDE

Trautester Mann! 愛しい人!

 

二人

Wie sich die Herzen wogend erheben!

私達の心は高揚し!

 

Wie alle Sinne wonnig erbeben!

全ての神経が無上の喜びに脈打つ!

 

Sehnender Minne schwellendes Blühen,

切望する愛が花開き、

 

schmachtender Liebe seliges Glühen!

愛への切ない想いが育ってゆく!

 

Jach in der Brust jauchzende Lust 

私の胸は喜びではちきれそう!

 

TRISTAN & ISOLDE

TRISTAN

Isolde! Isolde! Isolde! Isolde mir gewonnen! Isolde!

イゾルデ!あなたは私のもの!イゾルデ!

ISOLDE

Tristan! Tristan! Welten-entronnen, du mir gewonnen, Tristan!

トリスタン!この世から離れ、あなたは私のもの! トリスタン!

 

二人

Du mir einzig bewusst, höchste Liebeslust!

あなただけが私の全て、至上の愛の喜び!

 

BRANGÄNE

Schnell, den Mantel, den Königsschmuck!

急いでください、このマントを、王の飾りを!

 

Unsel'ge! Auf! Hört, wo wir sind!

不幸なお方達! 来てください!お聞きください、私たちがどこにいるかお分かりになりますか!

 

男たち

Heil! Heil! Heil! König Marke Heil! Heil Heil dem König!

万歳!マルケ王万歳、王に栄えあれ!

 

KURWENAL

Heil Tristan, glücklicher Held!

トリスタン様万歳、幸運なる勇者!

 

Mit reichem Hofgesinde

立派な従者を引き連れて

 

dort auf Nachen

ボートに乗っておられる、

 

naht Herr Marke.

マルケ様がいらっしゃいます。

 

Hei, wie die Fahrt ihn freut,

ああ、我々の航路を喜んでおられます、

 

dass er die Braut sich freit!

花嫁をお迎えになるのですから!

 

TRISTAN

Wer naht?

誰が来るって?

 

KURWENAL

Der König!

王様ですよ!

 

TRISTAN

Welcher König? 

どの王?

 

男たち

Heil! König Marke Heil! König Marke Heil!

万歳、マルケ王万歳!

 

ISOLDE

Was ist, Brangäne?

何事、ブランゲーネ?

 

Welcher Ruf?

あの人たちは何を叫んでいるの?

 

BRANGÄNE

Isolde! Herrin!

我がイゾルデ様!

 

Fassung nur heut!

今日はお気をお静めください!

 

ISOLDE

Wo bin ich? Leb' ich?

私はどこにいるの?私は生きているのかしら?

 

Ha! Welcher Trank?

ああ、この飲み物はなんだったの?

 

BRANGÄNE

Der Liebestrank. 愛の飲み物でした。

 

ISOLDE

Tristan! トリスタン!

 

TRISTAN

Isolde! イゾルデ!

 

ISOLDE

Muss ich leben? 私は生きなければならないの?

 

BRANGÄNE

Helft der Herrin! 姫様をお助けください!

 

TRISTAN

O Wonne voller Tücke!

なんと悪意のある喜び!

 

O truggeweihtes Glücke!

おお、偽りの幸せ!

 

男たち

Kornwall Heil!

コーンウォールに栄えあれ!


 

第2幕 コーンウォールにあるマルケ王の城

 

前奏曲に続きマルケ王が狩に出発するホルンの音が聞こえる。待ちわびるイゾルデの元にトリスタンがやってくる。二人は愛に陶酔し、昼を憎み夜の国を称える濃厚な愛の二重唱を歌う。以下の動画は "O sink hernieder, Nacht der Liebe, gib vergessenn, dass ich lebe"「おお、沈みゆけ、愛の夜よ、私が生きていることを忘れさせておくれ」から。途中ブランゲーネが非常に美しい「見張りの歌」で彼らに警告するが彼らは聴く耳を持たない。 

バイロイト1995、Siegfried Jerusalem, Waltraud Meier

二人

O sink hernieder,

おお、沈みゆけ、

 

Nacht der Liebe,

愛の夜よ、

 

gib Vergessen, 

忘れさせておくれ、

 

dass ich lebe;

私が生きていることを;

 

nimm mich auf in deinen Schoss,

あなたの胸に私を抱いておくれ、

 

löse von der Welt mich los!

この世界から私を解放しておくれ!

 

TRISTAN

Verloschen nun die letzte Leuchte;

今、最後の明かりが消えた;

 

ISOLDE

was wir dachten, was uns deuchte;

我らが考え、我らが想像したこと;

 

TRISTAN

all Gedenken

考え全て

 

ISOLDE

all Gemahnen 

覚えていること全てが(消えた)

 

二人

heil'ger Dämm'rung hehres Ahnen

神聖な黄昏の胸騒ぎは燦然と

 

löscht des Wähnens Graus

恐怖のイメージを消し去る

 

welterlösend aus.

我らをこの世から自由にする。

 

ISOLDE

Barg im Busen uns sich die Sonne,

太陽は我らの胸の内に隠れ、

 

leuchten lachend Sterne der Wonne.

至福の星々は笑いながら輝く、

 

TRISTAN

Von deinem Zauber sanft umsponnen,

あなたの魔力に柔らかく包まれ、

 

vor deinen Augen süss zerronnen;

あなたの目の前で甘く溶けゆく;

 

ISOLDE

Herz an Herz dir, 

あなたの心に私の心を(重ね)

 

Mund an Mund;

口には口を(重ねる);

 

TRISTAN

eines Atems ein'ger Bund;

吐息ひとつに結ばれる;

 

二人

bricht mein Blick sich wonnerblindet,

我が視線は至福の喜びに幻惑され惑う、

 

erbleicht die Welt mit ihrem Blenden:

世界は目が眩むような輝きに色を失う:

 

ISOLDE

die uns der Tag trügend erhellt,

日の光が狡猾に惑わそうとも、

 

TRISTAN

zu täuschendem Wahn entgegengestellt,

惑わしには断固として立ち向かう、

 

二人

selbst dann bin ich die Welt:

そうすれば私自身が世界となる:

 

Wonne-hehrstes Weben,

崇高な至福の喜びの中に漂う

 

Liebe-heiligstes Leben,

愛ある生が最も神聖なのだ、

 

Nie-wieder-Erwachens

二度と気付くことのない

 

wahnlos

迷いのない

 

hold bewusster Wunsch.

甘い願い

 

BRANGÄNES 

Einsam wachend in der Nacht,

一人夜に見張りをしています、

 

wem der Traum der Liebe lacht,

愛の夢が微笑みかけていらっしゃる方々、

 

hab der Einen Ruf in acht,

私の声に注意してください、

 

die den Schläfern Schlimmes ahnt,

眠っている方々には悪いことが起こりそうなのですよ、

 

bange zum Erwachen mahnt.

心配して、起きてくださいと、忠告しているのですよ。

 

Habet acht! Habet acht!

注意して!注意して!

 

Bald entweicht die Nacht.

もうすぐ夜が明けますよ。


 

しかし狩に出かけるのはトリスタンに嫉妬するメロートの策略で、彼ら二人は王に見つかってしまう。 トリスタンの裏切りを嘆く王は彼に理由を尋ねるがトリスタンは「王よ、私は答えることができません。あなたはお分かりにはならない。」と弁明しない。そしてイゾルデに「これからトリスタンの行く夜の国へ一緒に来てくれますか?」と誘い、イゾルデは「あなたの行くところに私もついていきます。」と答える。

 

メロートはトリスタンに挑みかかるがトリスタンはわざと剣を取り落としメロートの剣によって重傷を負う。

 

第3幕 カレオールにあるトリスタンの城

瀕死のトリスタンの心象風景を表す、重く暗い憧れと孤独の音楽。


 

忠臣クルヴェナールは重傷を負ったトリスタンをトリスタンの先祖の地カレオールの城に連れ帰る。しかし傷は深くクルヴェナールはイゾルデに使いを出して傷の治療を願う。それを聞いたトリスタンは狂喜し船のくるのを見張るよう命令する。トリスタンは喜びにみちイゾルデを想う心を歌う。

 

やっとイゾルデはやってくる。瀕死のトリスタンは彼女の腕の中に倒れ込むがそのまま息絶える。イゾルデは失神する。

 

第2の船が来てクルヴェナールはそこにマルケ王とメロートを見つける。彼は怒りのあまりメロートを殺すが自らも殺されてしまう。王はブランゲーネから真実を聞き、トリスタンとイゾルデを結婚させようとトリスタンの元にやってきたのだ。しかし全ては終わってしまった。

 

失神していたイゾルデは意識を取り戻す。心は次第にトリスタンとの愛に満たされ眩くような陶酔感の中で「愛の死」を歌い、トリスタンの遺体の上に崩れ落ちて死ぬ。

 

不安定で曖昧なトリスタン和音は最終場面に至りついに安定したロ長調の主和音となって終わり、死によって成就された愛を示唆して幕が降りる。

バイロイト1995  Waltraud Meier

ISOLDE

Mild und leise wie er lächelt,

優しく穏やかに笑っている、

 

wie das Auge hold er öffnet -

彼の目は何と優しく見開かれていることか-

 

seht ihr's Freunde?

ご覧になっている、友よ?

 

Seht ihr's nicht?

見えませんか?

 

Immer lichter wie er leuchtet,

より輝かしく、彼は輝いている、

 

stern-umstrahlet

身を高き所に置き

 

hoch sich hebt?

星々の中で輝いているのが?

 

Seht ihr's nicht?

あなたがたは見えませんか?

 

Wie das Herz ihm mutig schwillt,

彼の心は勇気に満ち、

 

voll und hehr im Busen ihm quillt?

彼の胸の内には気高さが脈打っているのを?

 

Wie den Lippen, wonnig mild,

彼の唇から、柔らかく優しく、

 

süsser Atem sanft entweht -

甘い吐息が穏やかに流れ出る ―

 

Freunde! Seht!

友よ!御覧なさい!

 

Fühlt und seht ihr's nicht?

感じられませんか、見えませんか?

 

Hör ich nur diese Weise,

私一人がこのメロディーを聞いている、

 

die so wunder- voll und leise,

素晴らしく- 穏やか、

 

Wonne klagend,

喜びに満ちた哀歌に、

 

alles sagend,

全てが語られているのです、

 

mild versöhnend aus ihm tönend,

彼の内から穏やかな和解の調べが、

 

in mich dringet,

私をさし貫いて

 

auf sich schwinget,

高みに登ってゆく、

 

hold erhallend um mich klinget?

祝福されたこだまとなって私の周りに鳴り響いているの?

 

Heller schallend, mich umwallend,

調べは益々はっきりとして、私の周りを漂う、

 

sind es Wellen sanfter Lüfte?

これは優しい空気の波かしら?

 

Sind es Wogen wonniger Düfte?

芳しい香りの大波かしら?

 

Wie sie schwellen, mich umrauschen,

この波が膨れ上がり、私の周りでどよめいたら、

 

soll ich atmen, soll ich lauschen?

吸い込むのかしら、聞くのかしら?

 

Soll ich schlürfen, untertauchen?

飲むのかしら、下に沈み込むのかしら

 

Süss in Düften mich verhauchen?

この甘い香りの中で私の人生を終えるのかしら?

 

In dem wogenden Schwall,

この押し寄せてくるうねりの中に、

 

in dem tönenden Schall,

響き渡る音楽の調べの中に、

 

in des Welt-Atems wehendem All –

世の吐息の溢れる中にー

 

ertrinken,

溺れ、

 

versinken –

沈みー

 

unbewusst –

意識を失うー

 

höchste Lust!

至上の喜び!


 

(2021.01.25 wrote)  オペラ解説に戻る