オペラ解説:「三部作」 “Il trittico” ジャコモ・プッチーニ作曲

 

「外套」(“Il tabarro”)、「修道女アンジェリカ」(”Suor Angelica”)、「ジャンニ・スキッキ」(“Gianni Schicchi”) という独立した3つの一幕物オペラをまとめて「三部作」("Il trittico")と名付けられています。

 

プッチーニが完成させた最後のオペラです (彼は次作、トゥーランドットの作曲途中で死亡)。初演は第一次世界大戦終了直後の1918年12月、MET。

 

プッチーニは本来この3つのオペラを一度に上演する、と考えていました。しかし現在ではそれぞれの演目を「カバレリア・スルティカーナ」、「道化師」、「フィレンツェの悲劇」などの一幕物のオペラと組み合わせて上演されることが多いです。


「外套」

 

低い響きの充実したバリトン、強く暗い声を持ったソプラノ、張りのある強い声のテノールによって演じられると良い。暗く陰惨で救いのないオペラ。

 

*** *** *** *** 

 

舞台はセーヌ川に浮かぶはしけ、1910年。

 

船長のミケーレは既に初老の50才。25才の若い妻ジョルジェッタはいるが、二人の間に生まれた子供は死んでいる。二人ともやり場のない陰鬱で屈折した情念を抱えていて、ジョルジェッタは若い男ルイージと不倫している。

 

幕が上がるとそこは、はしけ。人夫のルイージ、ティンカ、タルパは荷揚げ仕事が終わり、タルパの妻を加えて一休みし、四方山話をしている。その後ティンカとタルパ夫婦は、はしけから去る。

 

二人きりになったジョルジェッタとルイージは熱い想いを交わし、彼女は彼に「亭主が寝たらマッチを擦って合図をするから来て頂戴」と言う。この場面が次の二重唱。

MET 1981 Renata Scotto/ジョルジェッタと Vasile Moldoveanu/ルイージ、

GIORGETTA

Dimmi: perché gli hai chiesto di sbarcarti a Rouen?

教えて、何でルーアンで降ろしてくれって頼んだの?

 

LUIGI

Perché non posso dividerti con lui.

あいつと君を共有するなんて耐えられないからだよ。

 

GIORGETTA

Hai ragione: è un tormento.

そうね:拷問だわよね。

 

Anch’io ne son presa, anch’io la sento ben più forte di te, questa catena!

あたしもあの人に囚われてるの、同じ気持ちよ。あんたよりもずっと強く感じてるわ。

 

Hai ragione: è un tormento,

そうね。拷問だわよね、

 

è un’angoscia, una pena;

拷問、苦痛。

 

ma quando tu mi prendi, è pur grande, 

だけど、あんたがあたしを愛してくれて、ものすごくうれしい、

 

è pur grande il compenso!

すごく報われる。

 

LUIGI

Par di rubar insieme qualche cosa alla vita.

僕らが僕らのために人生を少し盗んでるみたいだよ。

 

GIORGETTA

La voluttà è più intensa!

歓びはもっと強くなるわ。

 

LUIGI

È la gioia rapita fra spasimi e paure.

苦痛と恐れの中でつかんだ歓びだ。

 

GIORGETTA

In una stretta ansiosa.

不安のなかで抱き合う。

 

LUIGI

Fra grida soffocate, e baci senza fine.

むせび泣きと数知れないキス。

 

GIORGETTA

E parole sommesse.

密やかな言葉。

 

LUIGI

E baci senza fine.

数知れないキス。

 

GIORGETTA

Giuramenti e promesse...

誓いと約束...

 

LUIGI

...d’esser soli noi.

二人だけで。

 

GIORGETTA

Noi soli, via, via, lontani.

二人だけで、遠く、遠くに。

 

LUIGI

Noi tutti soli, lontani dal mondo.

二人だけで、世間から遠く離れて。

 

È lui?

あいつじゃないか?

 

GIORGETTA

No, non ancora. Dimmi che tornerai più tardi.

いえ、まだ帰らないわ。後で戻ってきて。

 

LUIGI

Sì, fra un’ora.

ああ、一時間後に。

 

GIORGETTA

Ascolta: come ieri lascerò la passerella.

聞いて頂戴。昨日みたいにタラップを置いておくわ。

 

Sono io che la tolgo. Hai le scarpe di corda?

あれをしまうのは私の役目なの。ゴム底靴を持ってる?

 

LUIGI

Sì. Fai lo stesso segnale?

持ってる。合図の仕方は同じだね?

 

GIORGETTA

Sì, il fiammifero acceso.

ええ、マッチを擦るわ。

 

Come tremava sul braccio mio teso la piccola fiammella.

私の手の中で小さな炎が揺らめくわ。

 

Mi pareva d’accendere una stella,

お星様を光らせるみたいに思える、

 

fiamma del nostro amore, stella senza tramonto.

私達の愛の炎、決して沈まないお星様。

 

LUIGI

Io voglio la tua bocca, voglio le tue carezze.

君の唇が欲しい、君の愛撫が欲しい。

 

GIORGETTA

Dunque anche tu lo senti folle il desiderio.

あなたも同じに感じているのね、狂いそうな程の熱い想いを。

 

LUIGI

Folle di gelosia!

狂いそうなほど嫉妬してる!

 

Vorrei tenerti stretta come una cosa mia.

君を僕の物にしておきたい。

 

Vorrei non più soffrir, non più soffrir che un altro ti toccasse, 

他の奴が君に触れるなんて我慢出来ない、

 

e, per sottrarre a tutti il corpo tuo divino

そして君の素晴らしい体を他の奴から隠したい、

 

io te lo giuro, lo guiro non tremo a vibrare il coltello 

僕は誓うよ、僕は誓う、僕はナイフを使うのを恐れない

 

e con gocce di sangue fabbricarti un gioiello.

そして、血のしずくで宝石を作るよ。

 


 

その直ぐ後、ミケーレが戻ってきてジョルジェッタに死んだ子供の話をしようとするが、彼女は取り合わず、疲れたと言って船室に行く。残されたミケーレは「淫売め!」「彼女の浮気相手は誰だろう?殺してやる?」と考える、、、のが、下にあるドスの効いた迫力満点のアリア。

MET 1981 Cornell MacNeil/ミケーレ

MICHELE

Nulla!...Silenzio!

何もない!静かだ!

 

È là. Non s’è spogliata, non dorme.

あいつ(ジョルジェッタ)はここにいる。着替えてないし、寝てもいない。

 

Aspetta.  Chi?   Che cosa aspetta?

ちょっと待てよ。誰を?何を待っている?

 

Chi?  Chi?   Forse il mio sonno.

誰を?誰をだ? 多分俺は眠っている。

 

Chi l’ha trasformata?

だれがあいつを変えちまったんだ?

 

Qual ombra maledetta è discesa fra noi?

いまいましい影が俺達の間に立ちこめている?

 

Chi l’ha insidiata?

だれがあいつをたらし込みやがった?

 

Il Talpa? - Troppo vecchio.

タルパか?—老いぼれだ。

 

Il Tinca forse? No, no, non pensa - beve.

ティンカだろうか? いやいや、あいつは飲むことしか考えねえ。

 

E dunque chi? Luigi?

じゃあ誰だ? ルイージか?

 

No, se proprio questa sera voleva abbandonarmi,

違う、今夜あいつはおれと別れたいと言って、

 

e m’ha fatto preghiera di sbarcarlo a Rouen.

ルーアンで降ろしてくれと頼んできた。

 

Ma chi dunque? Chi dunque? Chi sarà?

じゃあ誰なんだ?誰なんだ?誰なんだ?

 

Squarciare le tenebre!

暗闇を引き裂いて!

 

Vedere! E serrarlo così, fra le mie mani!

見つけ!そして俺の手でそいつを締め上げてやる!

 

E gridargli: Sei tu! Sei tu!

そして叫ぶんだ:お前だ!お前だ!と、

 

E gridargli: Sei tu! Sei tu!

そして叫ぶんだ:お前だ!お前だ!と、

 

Il tuo volto livido sorrideva alla mia pena!

青白い顔をしたお前が笑うのは俺には苦痛だった!

 

Sei tu! Sei tu! Su! su! su!

お前だ!お前だ!さあ!さあ!さあ!

 

Dividi con me questa catena.

俺との縁は切れないぜ。

 

Accumuna la tua con la mia sorte (penaと歌っている?)  

俺と運命 ( 苦痛?)を共にしろ。

(オーケストラスコアでの歌詞 )

 

Travvolgimi con te nella tua sorte.   

俺と一緒に堕ちるのがお前の運命。

(台本に書かれている歌詞)

 

Giù insiem nel gorgo più profondo.

一緒に深い渦の中に堕ちるのさ。

 

Dividi con me questa catena.

俺との縁は切れねえ。

 

Accomuna la tua con la mia sorte.

俺と運命を共にしろ。

 

La pace è nella morte! 

安らぎは死の中にあるのさ!

 


ミケーレは考えながらパイプに火を付ける。するとジョルジェッタの合図と間違えたルイージがはしけに戻って来てミケーレに捕まる。ミケーレはルイージの首を絞めながら彼がジョルジェッタの愛人であることを白状させ、最後はとうとう絞め殺す。

 

不安になったジョルジェッタが甲板に上がってきて、ミケーレに「不安で眠れない。側に行っていい?」というと、彼は死体を包んだ外套を広げ彼女に無理矢理見せ付けて舞台は終わる。


「修道女アンジェリカ」

 

意外なことに、オペラでは多くの場合男性役より女性役の方が少ないと言われている。実際今年度のウイーン歌劇場出演ソロ歌手の数を数えたが、やはり男性歌手の数の方が女性歌手の数より2割ほど多かった。ワーグナーの「ワルキューレ」やプーランクの「カルメル派修道女の対話」の様に女性歌手が大多数というオペラもごく少数だが、「修道女アンジェリカ」のように完璧に女性しか出てこないオペラは他に例がない。

 

修道院の中で展開されるオペラなので「外套」とは打って変わった宗教的な静けさが支配する空間の中で話が展開される。完璧に主役アンジェリカの一人芝居に近い。孤独感、微かな希望、絶望、祈り、など彼女の心の動きを表現することが大切なオペラ。主役アンジェリカの歌唱力と演技力が試される。

 

*** *** *** *** 

 

舞台はイタリアの修道院。17世紀後半

 

未婚のまま子供を産んだ貴族の娘アンジェリカは子供と引き離され修道院に追いやられている。そこに突然彼女の叔母の侯爵夫人が現れる。叔母はアンジェリカの妹の結婚のため、彼女に財産を放棄するよう迫る。また彼女の子供が2年前に死んだと告げる。

 

アンジェリカは財産を放棄するが、絶望した彼女は自ら毒薬を調合し飲んでしまう。自殺者は呪われ天国に行けないので彼女は必死に聖母に赦しを願う。その願いが通じて、彼女は光の中に現れる息子の姿を見ながら息を引き取る。

Asmic Grigorian 2010 

オペラ最後の場面、歌も演技も劇的。



「ジャンニ・スキッキ」

 

暗く鬱積した孤独感や絶望感が主役の上の2作とはうってかわり、生身の庶民のしたたかな、しかし憎めない人間模様を明るくコミカルに描き出すオペラ。主役のジャンニ・スキッキは喜劇俳優の如き洒脱なバリトンが必要。ブオーゾの親族を演じる脇役の歌手達も芝居達者だとこのオペラは活き活きとして面白くなる。原作はダンテの「神曲」地獄変に基づく。この三部作の中で一番人気があり、割と良く上演される。

 

主な出演者はジャンニ・スキッキ(抜け目なく賢い)、スキッキの娘ラウレッタ、ラウレッタの愛人リヌッチョ(ドナーティ氏の親戚でラウレッタと結婚するためにドナーティの遺産が欲しい)。

 

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舞台はフィレンツェにある裕福なブオーゾ・ドナーティ邸宅の寝室、1299年9月1日

 

裕福なドナーティ氏が死に親族は遺産相続を期待するが、彼の財産は修道院へ寄付されることがわかりリヌッチョとラウレッタの結婚は絶望的となる。リヌッチョはジャンニ・スキッキに助けを求める。

 

スキッキはブオーゾに変装し、ブオーゾが死んだのを知らない公証人にブオーゾ氏の財産の多くをスキッキ自身に相続させる遺言を口述させる。親族は怒るがスキッキに脅かされ何も言えない。スキッキは「私は悪事を犯しました。しかし皆様が楽しまれたのならば情状酌量を御願いします。」と挨拶し、幕が下りる。

「私の愛するお父さん」"O mio babbino caro"

MET 2018 Kristina Mkhitaryan the final dress rehearsal

 

リヌッチョと結婚したいラウレッタが父をなだめすかし何とか上手くやって貰おう、と歌うのが有名なアリア「私の愛するお父さん」である。

 

この歌は演奏会のアンコールとして、とても叙情的にゆったりと歌われることが多い。しかしオペラではラウレッタに甘い父親スキッキの弱みにつけ込み、何とかして自分達のために一肌脱いで貰おう、と歌う歌であり、父親をチラ見し反応を探りながら歌うことが多い。


(2020.02.16 wrote)  オペラ解説に戻る