「ギュンター・グロイスベック」 (Günther Groissböck)


1976年オーストリア生まれのバス歌手です。お医者さんのお父さんと教師のお母さんの間に生まれ、8歳にして自分から進んでピアノを弾くようになったそうです( Wikipedia, the free encyclopedia)。

 

FB等で聞く彼のピアノ演奏は素晴らしく上手いです。コロナの間に何人かのオペラ歌手さん達がピアノの弾き語りをするのを聞く機会がありましたが、その中でもダントツに上手いと思いました。もっとも彼がガンガン弾くとピアノのほうが壊れそうです。

 

彼はウイーン音楽舞台大学(the University of Music and Performing Arts Vienna )で声楽を学び、2002年から2003年にかけエリエッテ&ヘルベルト・フォン・カラヤン研究所の奨学生としてウイーン国立歌劇場のアンサンブル(専属歌手)になりました。

 

その後2003年から2007年までチューリッヒ歌劇場のアンサンブルメンバー(専属歌手)となり、当時同僚だったカウフマンと「皇帝ティトの慈悲」「リゴレット」「フィエラブラス」で共演しています。

 

以来バイエルン州立歌劇場、ウイーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、MET、パリオペラ座、ザルツブルグ音楽祭、バイロイト音楽祭をはじめとする数多くの有名歌劇場に出演しています。

 

彼は「ラインの黄金」ファーフナー、ファゾルト、「ワルキューレ」フンディング、「ローエングリン」ハインリヒ国王、「タンホイザー」ヘルマン、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」ポーグナー役など、著名なワーグナー作品によく登場しています。

 

それら以外にも「ルサルカ」ヴォドニック、「オネーギン」グレーミン、「ボリス・ゴドノフ」タイトルロールなど東欧・ロシアのオペラも歌っています。ただし出演回数で一番多いのは「魔笛」ザラストロで大体130回だそうです(Interview mit Günther Groissböck, Bayreuther Festspiele 2021.Klassik begeistert, 2021.8.18) 

 

iltrovatoreが彼に注目したのは2014年ザルツブルク音楽祭「薔薇の騎士」で彼が演じたオックス男爵を観た時です。

 

グロイスベックが描き出すのはどう観ても30-40代くらいの壮年男性。存在感抜群。欠点だらけでどうしようもないダメ男だが、時代に付いて行けず、滑稽で、哀れで、完全には憎めない、不思議に魅力的な若々しいオックスだったのです。「オックスは初老でケチでスケベのつまらん男」という私が抱いていた先入観は喜しくも打ち砕かれました。

 

2014年ザルツブルク音楽祭「薔薇の騎士」第2幕の終わり、「オックスのワルツ」として有名な音楽に乗せて、女中マリアンヌとの甘い一時を夢想する。


グロイスベックにはキャラクターに新たな一面を付け加えそれを観客が納得できるように歌と演技で表現する能力があります。この能力は何年か前にバイエルン歌劇場で上演された「売られた花嫁」でも活かされており、彼が演じる結婚仲介人ケーザルはコミカルで胡散臭さ満載、やはり存在感抜群でした。

 

一方、彼は定期的に歌曲リサイタルも開催しているようで、ブラームスの「四つの厳粛な歌」、ロベルト・シューマンの「リーダークライス」などを歌っています(wiki)。

 

欠点ではないけれど私が気になるのは、老け役の多いバスにもかかわらず彼の体から若々しいエネルギーがほとばしるのがはっきりと見えてしまうこと。若い彼と老け役のギャップにいくらか違和感を覚えることがあります。彼はこれからも様々な主役級のバス役をたくさん歌うのでしょうが、熟年を過ぎ年老いてゆく男性の暗く重い心情など内省的な表現がもっと加われば素晴らしいのになあ、と思います。 (2022.10.21 wrote)  番外地に戻る