テノールの新星:Benjamin Bernheim (バンジャマン・べアンハイム/ベルナイム) と Brian Jagde (ブライアン・ジェイド)

 

歌手は主にソプラノ、メゾ、テノール、バリトン、バスに分類されます。世界的に見て女性に最も多い声はソプラノです。男性で多いのはバリトンです。

 

(ちなみに日本人の場合、女性の9割以上はソプラノ、しかも細く軽い声が殆ど。バリトンもハイバリトンが多く、真正バスはまずいないと言われています。)

 

よって母集団の大きなソプラノとバリトンの場合生存競争は厳しく、世界のトップレベル歌劇場で主役級を歌い続けられる歌手のおおかたは喉良く、歌唱力抜群、 (少なくとも若い時は) 容姿良く、演技力も平均以上です。

 

しかも優秀なソプラノやバリトンはいつの時代にも出現してくるのでこれらのパートが人材不足になるという話を聞きません。メゾとバスに関しては情報がありません。多分需要と供給が釣り合っているのでしょう。

 

一方テノール、特に優秀なテノール、はいつの時代でも慢性的に不足しています。オペラの主役としても、女性歌手の相手役としても需要は多いのですが、もともとテノールとしての喉を持った人が少ない上に、テノールの高音発声技術を習得し使いこなすのが、これまた大変難しいからなのです。

 

ただし軽く明るい声の、例えばロッシーニなどを歌うテノールは近年充実しています。現在最も人材不足なのが、ヴェルディ、プッチーニやヴェリズモ系のオペラ、そしてワーグナー作品などに必要なテノール、すなわち強く輝かしい高音を響かせ、且つ中低音も充実した歌手です。

 

そこでどの歌劇場も、現在そして将来的にこの様なヘビーで人気の演目を歌える可能性のあるテノール歌手を捜し求めています。

 

そのような状況で最近めきめきと人気が出てきたテノール二人をご紹介します。まずはフランス人のBenjamin Bernheim (フランス語読みでバンジャマン・ベルナイム、ドイツ語読みでベンニャミン・ベアンハイム) 。ただし、彼の家族はフランスでもドイツ語(アルザス・ドイツ語)を使うアルザス地方の出身ですので、苗字の方はベアンハイムと発音する方が元々の読み方かもしれないです。euronews:英語版では「バンジャマン・ベアンハイム」と発音していたように聞こえました。 追加部分を太字にしてあります(2020.12.24)

 

そして もう一人はアメリカ人のBrian Jagde。アメリカではjadeと発音するそうです。 日本語読みだとジェイドかな??発音記号で書いて欲しい。彼の苗字はドイツ語系で元々の読み方は‘Yahk-teh’ だそうです (San Francisco classical voice, 2016.10.25)。どちらも読むのが難しい。追加部分を太字にしてあります(2022.2.6)

 


まずは Benjamin Bernheim から

パリで1985年に生まれています。現在34才。2008-09にチューリッヒの若手養成プログラム、オペラスタジオで学び、2010-2015はチューリッヒオペラアンサンブルのメンバーになっていました。(このアンサンブルからベチャワ、カウフマン、カマレナなどの人気テノールが巣立っています。)

 

カッシオ(オテロ)、ルドルフォ(ボエーム)、アルトゥロ(ランメルムールのルチア)、レンスキー(エフゲニー・オネーギン)、アルフレード(椿姫)、ファウスト(ファウスト)、タミーノ(魔笛)、ネモリーノ(愛の妙薬)などリリカルな役を歌っています。

 

既にベルリンドイツオペラ、ゼンパーオペラ、ROH、パリオペラ座、スカラ座、ウイーン歌劇場でも歌っています。ドイツグラモフォンとも長期契約を結び現在人気急上昇中です。

 

ウイーン歌劇場創立150周年ガラでシュテンメ、アラーニャ、シュロット等有名歌手達に混じり彼が「ウェルテル」の ”Pourqui me reveiller” を歌ったのを覚えている方もいらっしゃるでしょう。

 

特にガラ最後に出演者全員で歌った「乾杯の歌」では彼のレガートな歌い方が美しく、こんなに滑らかに歌えるテノールは滅多にいない、と思いました。発声技術のみならず感情表現もすばらしい。

 

2019年9月、彼はパリオペラ座で「椿姫」のアルフレードを歌い、Operawireで以下の様に紹介されています。

 

彼はすばらしく純粋でリリックな声を持っている。中低音域では暗くバリトンのような響きを持つ。彼の高音はまろやかでよく響く。最も印象的なのはソフトにmezza voce (声量を落とした柔らかい声)やピアニシモで歌える能力だ。・・・演技能力もある。

 

なるほど。久々に声、歌唱技術、表現能力、容姿、演技力、全てを持ち合わせるテノールの様で、現在iltrovatoreが最も期待する若手テノールです。

 

今シーズン(2019/20) はバイエルン歌劇場で「リゴレット」のマントバ公や「ボエーム」のロドルフォ、パリオペラ座で「マノン」のデ・グリューや「ボエーム」のロドルフォ、ウイーン歌劇場で「椿姫」のアルフレードを歌う予定です。

 

ウイーン歌劇場の「椿姫」は2020年6月のライブストリーミング演目になっています。日本でも彼のアルフレードを観ることが出来るでしょう。(共演はAida Garifullina, Simon Keenlyside, Domingo指揮)

(2019.11.15 wrote)


Brian Jagde  

このテノールに興味を持ったのは、2019年2月ボストンで行われた2人の人気バリトン、トマス・ハンプソンとルカ・ピサローニによる “No tenors allowed” 「テノールお断り」という公演での珍事を聞き知ったからです。 (この話の主題とは全く関係無いけれどHampsonとPisaroniは義理の親子だそうです)

 

"二人がミュージカル「アニーよ銃を取れ」の人気曲 “Anything you can do” の ”Anything you can sing, I can sing higher” 「あんたが歌えるものは何でも、僕はもっと高い音で歌えるさ」 と競い歌っていたところで、会場から一人の男が立ち上がり “None of you can”「どっちも歌えないさ」と、バリトンにはまず出せない高音B♭で叫んだのです。"

 

会場は笑いの渦でしたが、いかにもテノール馬鹿の典型のようなこの男性がBrian Jagdeだったのです。その時の動画はこちら

 

彼はニューヨーク生まれ。現在39才。 変わった経歴を持っています。カレッジでコンピューターサイエンスを学び始めますが、結局オペラ歌手を目指し音楽大学に入り直します。

 

最初はバリトンとして修行を始めました。しかし声楽教師から言われた自分の声種に疑問を持ち10年バリトンとして歌った後、教師を変えて最終的にテノールに転向します (San Francisco classical voice, 2016.10.25)。そして2012年にオペラリア、Brigit Nilsson Prize に入賞。2014年にLoren L. Zachary  Competition で優勝します。

 

ちなみに、彼の若い頃の経歴はカウフマンと似ています。カウフマンの場合、大学で数学を専攻したものの、数学がイヤになって音楽大学に入り直し、プロ歌手になった後、優秀な声楽教師を探し出して自分の発声法の間違えを直して貰ったのですから。

 

彼はピンカートン、カヴァラドッシ、ドン・ホセ、デ・グリュー(マノン・レスコー)、バッカス、アルフレード、マッテオ (アラベラ)、ウェルテル、 カラフ、ルイージ(外套)、トゥリッド、マウリーツィオ(アドリアナ・ルクブルール)、ルドルフォ(ボエーム)等、リリックからスピント系テノール役を歌っています。

 

ROH、 MET、 ウイーン、バイエルン等に出演しており、2019年にはハルテロスとパリオペラ座「運命の力」で共演。非常によい評価を得ています。

 

2019年9月には、オランダ国立オペラでアニタ・ラチヴェリシヴィリと「カバレリア・ルスティカーナ」を歌いました。2020年には「トスカ」のカヴァラドッシ役を、ウイーン歌劇場でヨンチェバとシュロット(3月)、MET でネトレプコとフォレ(4月)、ROHでネトレプコとターフェル(7月)という蒼々たるトップ歌手達との共演で歌う予定です。スターへの階段まっしぐらといった感じです。

 

強く張りのある良い声をした、現在では希少品種のスピント系テノールです。いくつかのYoutube動画を聴く限り、歌はまだ荒削りで未完成な部分もありますが、将来性があるように思えます。 

 

(2019.11.20. wrote)   番外地に戻る