"Luis Fonsi disfrutó concierto de Juan Diego Flórez y Sinfonía por el Perú"作者: Legado Lima 2019 (パブリックドメイン)
改めて紹介する必要も無いほど有名なテノール。100年に一人といわれるベルカント歌いの天才。近年ロッシーニオペラが興隆したのもこの人の存在があってこそ、と思う時もあります。
超高音、難しいアジリタが頻出するロッシーニのオペラを難なく(と聞こえる)歌いこなせる技術を持つばかりでなく、高い音楽性、喜劇に秀でた演劇的才能、および容姿にも恵まれていて非の打ちどころ無し。
彼は1973年ペルーのリマで生まれ子供の頃は母親の経営するバーで主にポップを歌っていました。長じてポップの作曲法(例えば編曲とか)を学びたいと思い、17才から三年間音楽学校に在学します(1)。しかし在学中に声楽を学び、Naional Chorasの団員でソロを歌い、結局オペラ歌手を目指すことになります(2)。
音楽学校へポップの作曲法を学びに行ったとばかり思っていた彼の友人は地元に帰ってきた彼がオペラを歌うのを聴いて仰天したそうです(2)。
彼の父親はギタリストおよびシンガーでしたが、音楽で食えないことを実感している母親は「歌手ではファミリーも持てない」と反対したそうです(2)。でも彼には野心がありました。アメリカの有名なCurtis Institute of Music (カーティス音楽院)に入学。ここでベルカントオペラに習熟してゆきます。
そして彼は「疾走する炎の様な歌唱法が自分に合っていることに気がついた。そしてこの学園で最初に『理髪師』を歌った」ということです(2)。「僕にとってコロラトューラはとても易しいと感じられた」、と彼は学生時代を思い起こします、「高音も何も全部できたからねえ」(3)
彼が世界的にブレークしたのは何と言ってもペーザロ、急な代役として「マチルデ・ディ・シャブラン」のコルラディーノ役を歌った時でしょう。本サイトのおたく記事「テノールはつらいよ」に書かれた内容を再掲しますと、
ロッシーニ作曲「マチルデ・ディ・シャブラン」に登場する人物、コルラディーノ役はアジリタとハイCなどの高音を連発する非常に難しい役で、歌いこなせるテノールがあまりいないためなかなか上演されなかったのです。
このオペラは1996年にぺーザロで復活上演されたのですが公演直前この役を歌うテノールがダウン。急遽代役として選ばれたのが若きJuan Diego Flórezです(当時23歳)。無名な彼はチョイ役を歌うためにペーザロに行ったのですがコルラディーノ役を見事に歌って大評判となり一躍有名になりました(その時の録音はこちら)。
「10年後にはこの歌劇場で歌ってみたい」とペーザロに行く前に旅行者としてスカラ座を見学しに行った彼ですが、その年のうちになんと自身がスカラ座の舞台に立って歌うことになりました(2)。
ペルーでの彼の人気はもの凄い。彼の結婚式に大統領が参列する、母国の切手に彼の顔が描かれる、そしてペルー共和国の最高栄誉である太陽勲章を授与されています(1)。
しかし彼はただこれらの栄誉を受けているだけではありません。彼は母国に財団を作っています。ペルーには危険な環境の中、家庭が家庭として機能していない状況に喘ぐ子供たちがたくさんいます。フローレスは音楽を通してこれら貧困児童を助けようと、財団を介してセンターを作りそこで彼らがオーケストラを演奏できる環境を整えています。
「そこに在籍する児童、青少年たちはオーケストラに参加することによって精神状態がよくなるばかりでなく家庭内でより尊敬されるようになります。その結果算数などもできるようになり創造性も上がるのです。」
「あるとても貧困な家庭に育った子供がいました。ダブルベースを弾く子で短期間で非常に上手くなった。で、将来何になりたい?と聴いたら彼は(音楽家でなく)技術者になりたい、と言いました(ちょっと苦笑)。いや、それでいいのですよ。音楽が社会を変えてゆくのです。」
と彼は語っています(2)。
近年の彼はロッシーニを離れてフランスオペラ「ウェルテル」やヴェルディの「椿姫」「リゴレット」などを歌い始めています。彼は自分の声(中声部のことかな?)が豊かになってきてこれらの歌を歌えるようになったから、と説明しています。
ちなみに私は彼が歌う「ウェルテル」のみならず彼の「ネッスン・ドルマ」等も録画で聴きましたけど・・・非常に複雑な思いがあります。もちろん彼はベルカントオペラ、特にロッシーニに関しては100年に一人の逸材であることは疑いない。しかし後期ロマン派のエモーショナルでドラマチックなオペラはどうかなあ?
ヴェルディも中期以降は登場人物の性格がより一層複雑化・多層化してきます。人間のもろさ、暗さ、醜さ、人生の暗さを表現しなければなりませんし、情念に飲み込まれるような劇的な歌い方もしなければなりません。粒の揃った綺麗な真珠玉を連ねる歌い方というよりも不揃いで複雑な輝きを放つ大粒真珠の歪な連なりを連想させる歌い方とでも申しましょうか。
いくら以前より豊かになったと言え、彼の声は他のリリコやスピントテノールと比べてやっぱり軽く明るく陰りがありません。また粒の揃った真珠は未だ健在でどうやっても歌が整ってしまうし、歌の輪郭がくっきりとしていてモワモワとした陰影もない。情念に飲み込まれるように歌い崩すのも難しいように思えます。 (以前にもどこかに書きましたが、歌い崩しもやりすぎると下品で興醒めしますから難しいですけど)。
それにロッシーニの喜劇にはぴったりハマる彼の演技もシアリアスな悲劇にはイマイチあっていないように感じられ、私には違和感があります。
というわけで、彼がベルカントオペラ以外のオペラを歌ってみたい気持ちも十分理解できますが、私としてはこれからも100年に一人の声でベルカントオペラ、特にロッシーニをたくさん歌い続けて欲しいと強く望んでいます。
参考文献・インタビュー
1. Juan Diego Flórez wiki This page was last edited on 22 November 2021, at 12:22 (UTC).
2. Classic Talk with Bing & Dennis: Juan Diego Flórez Part 1&2 (非常に内容の濃い面白いインタビューです)
3. MET: How to sing Rossini (2022.07.15 wrote) 番外地に戻る