「ブリン・ターフェル」 (Sir Bryn Terfel)


1965年英国のウェールズ生まれのバス・バリトン。お名前はブルィン・テルヴェル [ˈbrɨn ˈtɛrvɛl]と発音するそうです。

 

彼の有名な逸話といえばなんと言っても1989年BBCカーディフ国際声楽コンクールに於けるディミトリー・ホヴォロストフスキーとのバリトン対決でしょう。カーディフはウェールズの首府なのでウェールズ出身のターフェルが注目されたのも無理からぬ所。

 

しかしこの対決はホヴォロストフスキーが優勝してtop prizeを獲得し、ブリンはLieder prizeを受賞しました。この事に関し、ブリンは「もう一年先(の出場)のほうが良かっただろう。あの時はまだテクニックが欠けていた。ホヴォロストフスキーが素晴らしく、彼はステージをさらっていった」(1)と述べています。

 

一方ホヴォロストフスキーも「高慢にも僕は勝利を確信していた、彼の声を聞くまではね。しかしブリンの美しい声とフレージングを聞いて不安になった。・・・  ・・・ぼくはブリンを称賛している」(2)と言っています。

 

美声のみならず眉目秀麗のホヴォロストフスキーは一躍時代の寵児となりますが、ブリンはさほどでもなく「カーディフ以後役を得るために50回もオーディションを受け契約を2つ取ることができた」(1)と語っています。

 

若い頃の彼はモーツアルトオペラのグリエルモ、フィガロ、ドン・ジョヴァンニなどを歌っていましたが次第にワーグナーのオペラ、オランダ人、ハンス・ザックス、ヴォータンなどのより重い役に移っています。ただしヴェルディのオペラは自分の声に合わないと感じているようで、舞台ではファルスタッフ」以外歌ったことがなく、「他の歌手のほうが僕よりも上手く歌うだろう」(3)と歌う気もないようです。(ただしコンサートではファルスタッフ以外のヴェルディ作品も歌っています。)

 

私の記憶に残るのは録画でしか観ていないマクヴィカー演出「ファウスト」メフィストフェーレ役の彼です。第5幕、ワルプルギスの夜。メフィストフェーレ役の彼が突然変身してティアラをつけ黒いドレスをまとった迫力満点の女装で現れたのにはドン引きしましたが、この演出で彼に勝る迫力の女装メフィストフェーレを未だ観ておりません。(ある歌手はおばさん風になり、またある歌手は美形すぎて女装がフィットしてしまい、いずれにしても迫力感がイマイチとなる)

 

とはいえ、現在彼の十八番といえばやはりスカルピア男爵でしょうか。狡猾残虐な支配者ではあるが貴族としての気品も持ち合わせるこのキャラクターを声的にも演技的にも表現し得る現在最高のバス・バリトン歌手と申せましょう。

 

その他特筆すべき彼の得意分野はミュージカル。なにせ演技もえらく上手くて、彼のSweeney Toddは観ているだけで怖いです(こちら)。また「屋根の上のバイオリン弾き」のテヴィエも彼にピッタリで、ブリキの牛乳缶をもって舞台に現れたとたんに観衆の心をぐっと掴んでしまいます。

 


ところで彼は音楽家の育成にも力を入れていて、若い音楽家を援助する財団を立ち上げ、ウエールズでファイノル・フェスティヴァル(Faenol Festival)を主催しています。また最近危機に陥ったイングリッシュナショナルオペラ(ENO)を助ける活動も積極的に進めています。

 

インタビューなどを見聞きするに、彼は穏やかで謙虚、思慮深く、自分を冷静に判断する方だなあと感じます。

 

なお、彼は2003年にオペラへの貢献に対して大英帝国勲章のコマンダー(CBE)、17年には音楽への貢献に対してナイトの爵位を授与されています。(その他にもたくさん受賞していますが省略)

 

(1) Classic Talk with Bing & Dennis: :Bryn Terfel Part 1  

(2) Dmitri Hvrostovsky and Bryn Terfel:Battle of the Baritones, CLASSIC fM 

(3) Classic Talk with Bing & Dennis: :Bryn Terfel Part 2 

 

(2022.12.02 wrote) 番外地に戻る