MET鑑賞記:シラノ・ド・ベルジュラック 2017.5.2.

 

あまり上演されないフランスオペラとはいえ、シラノの物語自体はとても有名で舞台ではよく上演されています。わかりやすく詳しいあら筋はこちらのサイトに紹介されていますのでご覧下さい。

 

私が観たのはプレミエの日。幕が開くと舞台に対して拍手がでました。17世紀半ばのパリという設定に忠実で過剰な演出もなく音楽を邪魔しない良い舞台です。音楽は不協和音が頻出しますがメロディックで美しくしゃれておりすぐになじめます。

 

作曲者のフランコ・アルファーノと言う方はプッチーニ最後のオペラ「トゥーランドット」の補筆者として有名だそうで、楽器の使い方やオーケストラの節回しに「トゥーランドット」をおもいださせるものが沢山ありました。

 

このオペラは主役のシラノが出ずっぱりで歌います。オーケストラも結構大きく鳴らすのでテノールにとってかなりの難役と思われます。今回のアラーニャは第一声から張りのある彼本来の良い声がでており第1幕のチャンバラシーンと有名なバラードも上手くこなしていました。 

シラノは詩人で剣豪。しかし大きな鼻がコンプレックスで美人の恋人ロクサーヌに想いを告白することができません。彼女が彼に会いに来て「好きな人がいる」と言われると自分の事かと思い、彼女の話が途切れる度に期待に胸を膨らませ「アァ〜」となんどもため息をつくのですが、そのため息の付き方が一回毎に表現を変えていて面白い。

 

最後に彼女の恋人がシラノではなくてクリスティアンだとわかってがっくりするのも上手。芝居も実にうまい。

 

ロクサーヌの家のバルコニーの場。シラノはクリスティアンに付き添ってバルコニーの下まで行くのですが、クリスティアンが歌う恋歌のへたくそさにいらいらします。「ああ、こりゃだめだ」、「なんて下手なんだ」、「それじゃだめだろ」、

「もうぅぅぅ、代わりに俺がやる!」の心理変化を面白くみせて笑えました。

 

アラーニャのこの手の芝居のうまさは天下一品。ロクサーヌを愛しているにも関わらずクリスティアンとして愛を告白するシラノの哀れさにぐっと引き込まれ目頭が熱くなりました。

 

ロクサーヌは本来パトリシア・ラセットが予定されていたのですが病気でジェニファー・ローリーという若いソプラノさんに代わりました。この方良かったです。若くて美人でかわいい。よく通る声で歌も上手。芝居もこなれていてロクサーヌにぴったりでした。

 

最後の幕。15年後、ロクサーヌは死んだクリスティアンを忘れられず修道院に入っています。舞台は中央に門、手前にベンチ。両脇は修道院の庭が見えますが紗のカーテンで前後が隔てられいるため、奥にいる修道女達と手前にいる歌手達とは距離が感じられ、手前にいるロクサーヌやシラノに集中できる良い舞台でした。

 

初めからオーケストラがとてもエモーショナルな音楽を奏でます。シラノの昔の恋敵は、シラノが全てを失い財政的にも困窮している現状をさりげなく歌います。

 

ロクサーヌが一人になったところにシラノが現れます。シラノは致命的な傷を負っています。そしてロクサーヌにクリスティアンが彼女にあてた最後のラブレター (実はシラノが書いた手紙) を読ませてくれと頼みます。

 

それを読む声を聴いたロクサーヌは昔自分の家のバルコニーで聴いた声が実はシラノであったこと、自分が愛していたのはクリスティアンではなく実はシラノだったのだと気付きます。しかし時遅くシラノは彼女の腕の中で息を引き取ります。

 

この場面はアラーニャもローリーも役になりきって歌っており、聴いているこちらの胸が一杯になるほどでした。私の友人は完全に感情移入して泣いていました。 

第4幕最後のシーン,ロクサーヌが瀕死のシラノに「私はあなたを愛しています」というところ


最後のカーテンコールのブラボーはすごかったです。ロクサーヌ役のローリーさんは涙ぐんでいました。よほどうれしく感極まったのでしょう (カーテンコール2:25位です)。そう、本当に上手でした。代役にきまってから一生懸命練習したのでしょうね。

 

ちなみにクリスティアン役のアタラ・アヤンもいい味をだしていました。歌も芝居もなかなか上手かったですよ。指揮はこの人に任せておけば安心のマルコ・アルミリアート。彼の笑顔はいつもとてもチャーミングです。(2017.05.09 wrote)