ミュンヘンオペラフェスティバル2018鑑賞記 「アラベラ」と「トスカ」

「トスカ」の鑑賞記はこちらから

 

ミュンヘンオペラフェスティバル2018鑑賞記 2. 「アラベラ」 2018.7.7.公演

台本に依れば舞台は1860年代のウイーン。ハプスブルク帝国は没落し、音楽、美術、文学などの文化が爛熟した「世紀末ウイーン」の時代です。今回の演出では時代が20世紀初頭に設定されていますが、違和感はありません。

 

アラベラは伯爵の娘ですが彼女の父はギャンブル狂いで家は破産状態。母は妖しげな占い師にとりつかれ、妹のズデンカは男装させられています。彼女の家は女の子二人を着飾らせる金が無いためです。

 

アラベラ自身も家のために金持ちの男と結婚せねばと考えており、金持ちを含め4人の取り巻きに囲まれていますが、いずれの男にも満足できません。一方ズデンカはアラベラの取り巻きの一人マッテオに恋していますが、マッテオはズデンカを男と思っていてアラベラに首ったけ・・・・・。

 

という設定で始まります。黒、赤、白を基調とした上品な舞台。Xというかχというか変形十字型をした大きな階段が中央にあり、この階段を回転させることで舞台が変わります。特に第2幕から3幕への転換は幕を閉めずにこの階段全体をぐるっと回転させたのですが、「おお〜!」と言う感じでかっこうよかったです(友人曰く、日本の劇場では不可能な演出)。

 

演出も舞台もセンスがあって美しく、細かな小技もあり、見ているだけで楽しめます。

 

第1幕、アラベラは金持ちと結婚しなければと思いつつも自分にふさわしい男性との恋を夢み、ズデンカは姉の幸せを祈りながらも自分は闇の中に去って行くだろうという暗い想いに捕らわれて二重唱を歌います。 (こちら)

 

美しい女声二重唱と言えば「フィガロの結婚」の「手紙の二重唱」や「ラクメ」の「花の二重唱」が思い浮かびますが、「アラベラ」の二重唱も負けず劣らず美しいです。ハルテロスはもちろん上手かったですが、ズデンカを歌うソプラノ、ハンナ-エリザベス・ミュラーも素晴らしく上手かったです。良く響く美しい高音で最後のハイCも麗しく決めました。当然足が踏み鳴らされるovationでした。

 

第2幕では、アラベラの想いにかなうハンガリーの田舎の大地主マンドリカが現れ二人は婚約します。一方失恋で自暴自棄になりそうなマッテオを心配するズデンカはこっそりアラベラの振りをしてマッテオと逢引きし彼のアラベラへの想いを遂げさせてやります。しかしマッテオと逢引きしたのがアラベラ本人だと勘違いしたマンドリカはカンカンに怒り舞台は混乱状態になります。

 

第3幕では誤解がとけます。マッテオは自分が愛する女性としてズデンカを受け入れ、アラベラは(いろいろの事はあれど)マンドリカを許します。最後、マンドリカはアラベラの持ってきたグラスを砕いて永遠の愛を誓います。アラベラは階段を駆け上りマンドリカが後を追いかけて幕になります。

 

アラベラとズデンカ以外、お父さん役のKurt Rydlは芝居達者で歌も上手いし、マンドリカ役のThomas J. Mayerも良い声のバリトンでした。

 

リヒャルト・シュトラウスの美しい旋律が満載のオペラで、時々挿入されるワルツも魅力的です。「バラの騎士」と同様、現代にも通じる人間の心の様々な有様を描く近代的なオペラと感じられました。

 

このオペラの初演は1933年です。同年ヒトラーは首相に選ばれて政権を握り、時代は第2次世界大戦へとなだれ込んで行きます。実際「アラベラ」初演時、当初予定されていた指揮者と演出者はナチスを嫌って亡命してしまいシュトラウスをがっかりさせます(wiki)。しかしそんな暗い時代に作曲されたとは思えぬ程、明るくしゃれたオペラです。

 

ところで、アラベラにぴったりとはまっているハルテロスですが、彼女はもうすぐアラベラを卒業すると言っています。「アラベラはあんまり年とってはいけない」からだそうです(Opera News 2018 July Vo. 82, No12)。 (2018.7.27. wrote)

 


 

ミュンヘンオペラフェスティバル2018鑑賞記 3 「トスカ」 2018.7.9.公演

 

昨年2018年ミュンヘンオペラフェスティバル行きを決めたとき、この「トスカ」の主役はアンナ・ネトレプコでした。ハルテロス/アラベラ、ネトレプコ/トスカ、カウフマン/パルジファルを3夜連続で聴けるなんて素晴らしい!とチケットをリクエストしたのですが・・・・、あららら、プーチンにネトレプコを取られてしまった。

 

ファンには悪いがワールドサッカーは迷惑だ!と散々ぶつくさ言ったあげく、でもやっぱり見にゆくことにしました。(ちなみに、ネトレプコはFIFA Closing Night Galaで「歌に生き愛に生き」をうたいました。

 

べつにゲオルギューがいやだと言うわけではありません。彼女のトスカは文句なく良いですから。しかし昨年絶好調のゲオルギュー/トスカを日本でみてしまったからなあ、と再びぶつぶつ。でもホセ・カレヤ(カバラドッシ)も聴けるし、トーマス・ハンプソン(スカルピア)は芝居上手だし。大体この3人が来日して「トスカ」の舞台を演じたら(それは、あり得ない)チケットの値段も人気も大変なものでしょう。

 

で、カレヤです。良く通る強くて張りのある大きな声。まさに正統派テノールです。「妙なる調和」もそつなく歌っていたのですがいまいちレガート感に欠ける、ということを幕間に隣のお兄さんに言うと、彼氏曰く「僕は彼を何回も聴いているが、普段もっと素晴らしいよ。今日は明らかに調子が悪いね。ほら一幕目の始めで水を飲む場面があったでしょ。本当に水を飲んでいたものね」と一気にしゃべってきました。

 

まあ、よく知っていること。それに水を飲む場面を私は見逃していました。この劇場に来る皆さんはオペラと歌手を良く知っていらっしゃる、とまたまた感心しました。

 

ゲオルギューはまさにトスカその人です。それほどの声量ではないが劇場の上方まで声が良く届きます。「歌に生き、愛に生き」は繊細な表現が素晴らしく、情緒に溢れていました。

 

「トスカ」はスカルピアの歌と演技が冴えないと面白くないオペラです。ハンプソンの歌は、特に「テ・デウム」などは圧倒的な迫力に欠けますが(実際のところ圧倒的な迫力でテ・デウムを歌えるバリトンは現在世界にいるかいないか)端正な声と上手い演技を併せ持っています。まだまだ現役として一流歌劇場の舞台で活躍することでしょう。

 

ところで、この公演の2日ほど前、買い物に出る途中で劇場前を通りかかったら足早に歩いてくるハンプソンに遭遇しました。あれっと思い、「Mr.ハンプソン?」と声をかけましたら、「ああ、でも僕今日のリハーサルにものすごく遅れちゃっているからごめんね」と言って、投げキッスをよこしました。まあ、なんとキザな!!しかし投げキスをする姿が自然でばっちり決まっていたのです。

 

今年63歳であらせられると思うのですが、年とっても美形、スタイル良く、所作かっこよく、彼は永遠のスターですね。

(2018.7.24. wrote)