ナブッコ  MET ライブビューイング 2016-2017

 

共演者:プラシド・ドミンゴ(Br):  コンサートで共演、リュドミラ・モナスティルスカ (S):  カバレリア・ルスティカーナで共演

 

いやいや久しぶりに大音響のオペラを堪能いたしました。ドミンゴとて大柄な方なのですが、その他主演4人(アビガイッレ/モナスティルスカ、フィネーナ/ジェイミー・バートン、イズマエーレ/ラッセル・トーマス、ザッカーリア/ディミトリ・ベロセルスキー)全員なかなか立派な恰幅のよいお姿でした。なにせその中でモナスティルスカがすっきり見えるくらいですから。さらに、皆さん大声。

 

このオペラは弱音で心の葛藤を描き出す、細かい動きで心理描写、なんぞというものは有りません。とにかく劇場に声を響き渡らせるタイプのオペラです。なんと言ってもアビガイッレが印象的でした。モナスティルスカはこの役をやらせたら文句なしに素晴らしいの一言。

 

彼女が始めてMETに出演した際、声はいいが演技がなんとも大根で・・・次に見たカバレリア・ルスティカーナもイマイチ・・・の印象でしたが、しか〜し、

 

アビガイッレ/モナスティルスカはまさに勇猛、残酷、野心家の悪者。芝居も歌唱も上手で見ていて小気味よい。 「おぬしが大声を出すなら、わらわは更に大声が出せるわい」 という感じで圧倒的な声量。しかもこれが張りのあるスピントな美声で見事な高音が劇場に響き渡るのです。

 

ドミンゴはすでに伝説の名歌手でしかも現役の名バリトン歌手です。歌も芝居も手慣れたもの。芝居のうまさは出演者の中でピカイチではないでしょうか。第1、2幕での残酷で高慢な王、第3幕で力を奪われ囚われの身となった王、それぞれの歌唱も味わい深い。バリトンとしての声も衰えず今年76歳になるとは信じられないほどのうまさです。

 

2幕と3幕の間にあったレヴァイン、ドミンゴ、ゲルブ総裁の座談会で、「この様に長い間歌える秘訣は何でしょう」という問いに、ドミンゴは「私は声を倹約してきた。私はピアノの前で歌をイメージする。完全にイメージができあがって始めて声に出して歌うから」 というようなことを言っておられました。

 

またレヴァインが 「完全な上演などない。芸術家に完全はない」、に続きドミンゴは 「私は完璧に歌う歌のイメージを持っているが完璧に歌えたことは一度も無い」 と含蓄のある言葉を放っておられました。

 

ドミンゴ(様)に対し私には一抹複雑な思いがあります。昔の彼は若かった私のあこがれの的。私にとって彼は並み居るテノールの中で飛び抜けた神様のような存在でした。現在の彼は世界で第一級のバリトンではありますが、バリトンは実に上手い人が沢山いてドミンゴはその中の一人というのが私の位置づけです(ファンの方申し訳ありません)。

 

昔神様だったテノールが神様でなくなった状態を私が受け入れることができるか?これが私の心の葛藤となっております。同様な葛藤をウェルテルやロミオを歌うフローレスにも持っております(これもファンの方申し訳ありません)。

 

このオペラのもう一つの主役は合唱です。初めから終わりまで合唱が重要な役割を果たしています。その声は劇場を満たし、声のシャワーに心は満足。特に「行け我が思いよ、黄金の翼に乗って」。この合唱の最後の部分、オーケストラが演奏を止めます。しかしその後も合唱の、弱音だが柔らかく美しく響く最後の和音は劇場内をただよい、何とも言えない余韻を醸し出していました。

 

舞台は衣装も装置も正統的。時代背景もほぼそのまま状態。MET的豪華さ。台詞と舞台上の状況がぴったりと合っており、ストーリー展開も矛盾なく安心して見ることができました。 (2017.02.08 wrote)