運命の力 バイエルン州立歌劇場 2014

 

「運命の力」 はヴェルディのオペラのなかでも特に暗〜い陰惨なオペラでして・・・。偶然に暴発した一発の銃弾が原因で、主人公のドン・アルヴァロ、彼の恋人レオノーラとその兄弟ドン・カルロの人生が複雑に絡み合い、悲劇的な結末を迎えるまでの彼らの過酷な運命を描いています。

 

抗いがたい運命の非常な力を象徴するようにオーケストラが「運命の力」のモチーフを演奏していきます。この有名な序曲が始まるとすぐに幕が開きカラトラーヴァ公爵家の食事風景。厳格で宗教心(スペインですのでカトリック)に厚い保守的な一家をよく表している演出です。

 

レオノーラは不安でそわそわしているし、父親はそんなレオノーラをいぶかっています。この場面ですでに不安感と緊張感が高まります。ハルテロスはここの演技がうまい。

 

さて、ドン・アルヴァロと言う人物についてです。彼はインカ王家の血を引いていますが、両親は処刑され自らは牢屋で生まれています。スペインでは植民地インカの王族の血筋などむしろいやがられるでしょう。特にレオノーラの家系は良さそうですからね。彼が自分の高貴さを世間から認められないという強い不満感を持っていることは、劇中の台詞からも察することができます。

 

カウフマンの描くドン・アルヴァロ像です。第一幕目で、元々の台本にあるアルヴァロ像を意識し、満たされることのない強い欲求不満感を充分に表していると思います。 

 

彼の暗く重い声もこの役に合っている。第一幕の彼は粗野で乱暴。少なくとも彼女の不安感を理解しているようには見えません。自分中心でレオノーラと駆け落ちしようとしている。ただ、駆け落ちを阻止しようとするレオノーラの父親に対して彼女を弁護し「自分に責任がある」と言うわけですので、男らしい所は有ります。

 

このオペラを観るとき「あんた(レオノーラ)がさっさとアルヴァロと一緒に逃げないから、こんな悲劇が起こるのよ!」 と思うのですが、今回の演出ですとレオノーラは不安で仕方が無い状況であることがよくわかり、駆け落ちを決断できずぐずぐずするのも納得できます。結局アルヴァロが投げ捨てた銃の暴発によりレオノーラの父は死に、彼らは逃げ出します。

第1幕 レオノーラ/ハルテロスとドン・アルバロ/カウフマンの二重唱 


第2幕、逃げ出した二人は途中で生き別れになります。レオノーラはアルヴァロに捨てられたと思い修道院の山裾にある洞窟で密かに隠遁生活を送り、ドン・カルロは父の復讐に燃えてアルヴァロを探し回ります。

 

第3幕でアルヴァロはレオノーラが死んだと思いこんでいます。自分の不幸を嘆き「La vita è inferno all’infelice  人生は不幸な者にとって地獄だ」 と歌います。このアリアは長いし、くそ難しいが、カウフマンはこのアリアを押さえ気味に歌い、生まれついての悲惨な運命に対する絶望感やレオノーラへの永遠に報われることのない想いを、むしろ際立たせていると思います。

第3幕 ドン・アルバロ/カウフマンのアリア「人生は不幸な者にとって地獄だ」


運命の力によって、アルヴァロとドン・カルロは戦争の中でお互い偽名で親友になります。しかし真実が明らかになりアルヴァロの哀願もむなしく二人は決闘しますが、中途半端に中断。一連のカウフマン/アルヴァロとテジエ/ドン・カルロの歌唱と演技は迫真。引き込まれこっちまで暗くなります。

 

アルヴァロは、もう自分の居る場所は修道院しかない、とこれまた偶然にレオノーラが隠遁生活を送る修道院に修道僧として入り込みます。しかしレオノーラとアルヴァロはお互い同じ修道院内にいることを知りません。

 

第4幕、執念のドン・カルロはとうとう修道院にまでアルヴァロを追ってきます。アルヴァロ/カウフマンはいかにも牧師さん風に両手を後ろにまわしてゆったり歩いて出てきました。このチョビットの演技で彼が宗教の道に入っていることを視覚的に示しています。

 

その後、アルヴァロがカルロと和解しようとの試みも復讐心に燃えたカルロには通用しません。カルロから臆病者とののしられ、混血児、と彼の出生をおとしめられるとアルヴァロはとうとう爆発してしまうところが悲しい。

 

アルヴァロは素早く剣をとり机に走り上がってドン・カルロに剣を突きつけます。この演技で人をうならせるカウフマンでした。しかもその後の歌が全然乱れない。息が切れても不思議はないのですけれど。

 

一方レオノーラは洞窟の中、神にアルヴァロへの愛を訴え心の安らぎを求めてこのオペラのハイライトとも言うべきアリア 「Pace, pace, pace mio Dio! 神よ平和を」 を歌います。出だしの 「Pace 」 はまず極めて小さく歌い出され後半劇的に輝かしく響き聴く者の心に訴えかけます。この人は本当に歌うまいわ。

 

ドン・カルロはアルヴァロに瀕死の重傷を負わされレオノーラの洞窟までやってきます。レオノーラは復讐心に燃えたドン・カルロに殺され、ドン・カルロも死んでしまいます。

 

最後の場面。「罪有る私一人が罰を逃れるのか!」と一人生き残ったアルヴァロは十字架を投げ捨ていずこともしれず去って行きます。あの演出はよかったと思います。修道士が「(神を)呪ってはならぬ」といいますけれど、絶望に駆られたアルヴァロが神を捨てるのは納得できます。

 

全体にカウフマンの歌と演技が光る公演でした。しかし共演者のハルテロス、テジエとも素晴らしい歌と演技でハルテロス、テジエでそれぞれ鑑賞記が書ける位よかったです。演出も効果的であったと思えました。

 

ヴェルディの作品の中でも「運命の力」のドン・アルヴァロと「オテロ」のオテロはテノールにとって特に難役とされています。ドン・アルヴァロを演じきることが出来たカウフマンのヴェルディオペラ最終ターゲットは2017年夏パッパーノ指揮ROHの「オテロ」です。

 

この公演はDVDになって販売されています。(2016.12. wrote)