注目のリリコ~スピント系テノール:ジョシュア・ゲレーロとジョナサン・テテルマン

先日ほぼ同時期にROHとMETシネマの「蝶々夫人」を観にゆきました。主役の蝶々夫人は両方ともAsmic Grigorian。期待通りというか期待をはるかに上回る壮絶な蝶々さんで「蝶々夫人」ってこんな素晴らしいオペラだったのかと認識を新たにしました。

 

しかしこれらのシネマを観に行った理由は1年ほど前から気になっていたピンカートン役、Joshua GuerreroとJonathan Tetelmanの歌を聴いてみたかったからです。

 

今回の2人は、番外地で既に紹介済みのBenjamin BernheimBrian JagdeFreddie De Tommasoと共に最近注目の人気リリコ~スピント系テノールです。しかし、両人ともオペラ歌手になるための一般的なコースをストレートに辿って現在の地位を得たわけではありません。

 

******   ******  ******

 

ジョシュア・ゲレーロ(Joshua Guerrero)

1983年、ラスベガスで生まれています。現在41歳。音楽に出会ったのは神学校に通っていた時。そこで偶然聴いたアリアの美しさに魅せられて声のトレーニングを始めたものの、聖職者の人生は自分に向いていないと悟り、ラスベガスに戻りベネチアン リゾート アンド カジノで歌うゴンドラ漕ぎ手になりました(2)。そこで二年間過ごし、さらに二年間マカオでゴンドラ漕ぎの訓練をしました(1)。

 

そしてラスベガスのストリップで過ごした後、「あなたには才能があると思うわ」と言ってくれたピアノ伴奏者の勧めもあり、27歳の彼は大学に行くことに躊躇しつつも、とうとうUCLAに入学します(2)。

 

2年後、オーディションに合格してロサンジェルスオペラ若手アーティストプログラムに加わり、2014年(31歳)にドミンゴが主催するオペラリアで第2位を獲得します(1)。

 

それ以降は、アルフレード「椿姫」、ルドルフォ「ボエーム」、ピンカートン「蝶々夫人」、マクダフ「マクベス」、デ・グリュー「マノン・レスコー」、ルイージ「外套」、その他をワシントンオペラ、ROH、グラインドボーン音楽祭、ウイーン歌劇場、バイエルン歌劇場、ザルツブルク音楽祭、フランクフルト歌劇場、チューリッヒ歌劇場などの一流歌劇場で歌いキャリアを順調に発展させています。

 

昨年暮れ、私はウイーン歌劇場で彼が演じるルイージ(外套)を聴きました。彼は張りのある強く滑らかな声を持つばかりでなく、テノールにしては上背があり芝居も上手です。先日ROHシネマで聴いた「蝶々夫人」のピンカートンもなかなか良かったです。

 

1. Joshua Guerrero Brings His Passion and Golden Tenor Voice to San Diego Opera’s One Amazing Night, San Diego Stogy 2019.12.1 by Ken Herman

2. Joshua Guerrero, LA Opera 2021.3.10

 

 

ジョナサン・テテルマン(Jonathan Tetelman)

彼は1988年チリで生まれ、現在36歳。生後6ヶ月でアメリカ人夫婦の養子となりニュージャージー州プリンストンで育ちました(1)。10歳の頃には正式なプロのトレーニングを受け、途中ロックバンドで歌っていた時期はあるけれど、結局マンハッタン音楽大学に入学しバリトンとしてトレーニングを受けています(2)。しかし自分はバリトンではなくテノールであると自覚し、大学を変えてテノールとして再出発しようとしますが、うまくゆきませんでした(2)。

 

そこで彼は商売替えをすることにし、ニューヨークで3~4年ほど(22歳から25歳くらいまで)週に6日、夜9時から朝5時までのDJの仕事を続けましたが、次第に興味を失い再度オペラ歌手を目指します(2)。運良く優れた教師を見つけ、テノールとして声を再構築し、加えてステージで歌えるスタミナを身につけるのに合計4年ほど訓練します(1)。

 

そして、2018年ベチャワの代役としてタングルウッドで「ボエーム」を歌い注目されます(1)。

 

彼はルドルフォ「ボエーム」、カヴァラドッシ「トスカ」、ピンカートン「蝶々夫人」、ルッジェーロ「つばめ」、ウェルテル「ウェルテル」、マントバ公「リゴレット」などをROH、リセウ歌劇場、オペラフランクフルト、METなどで歌っています。

 

彼はとりわけプッチーニ歌いとしての評価が高く、METのゲルブ氏は「ヨーロッパのほとんどのオペラハウスよりもはるかに大きいメトロポリタン歌劇場にマッチする美しく大きな声の持ち主であるとともにプッチーニ役にピッタリの声」(1)と評しています。

 

彼のピンカートンを聞くに、美声であることはもちろんですが、特に高音域が自由自在で余裕たっぷりな歌いぶりです。長身で芝居も上手いです。

 

1. Jonathan Tetelman. An American Tenor, a Puccini Specialist, Arrives at the Met, NY times 2024.3.18 by A.J.Goldmann 

2. Jonathan Tetelman interview Operaversum 2023.9.18 

 

 

オペラに入る前に回り道をした彼らですが、顧客のニーズを理解しそれに応える経験を豊富にしていらっしゃるのではないかと思います。その経験を糧にオペラを盛り上げてほしいと思っています。

 

私の好みかもしれませんが、ジェイド、トマーゾ、テテルマンとバリトン経由のテノールが目に付きます。今回は言及しませんでしたが、注目テノールの一人David Butt Philipもバリトン経由のテノールです。 そういえばドミンゴ様もバリトン経由のテノールでした。

(2024.7.9 wrote) 番外地に戻る