iltrovatoreが見る欧米オペラ事情3ー2

日本に世界一流のオペラ歌手を育む環境はあるか?ー日本オペラの問題点

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脇園彩(メゾソプラノ)

 

東京芸大大学院卒業後すぐイタリアに留学。1988年生まれ。まだ30代になったばかりだが既にミラノスカラ座、ペーザロでの出演経験あり。更にアレーナ・ヴェローナ、パレルモ・マッシモ、トリエステ等、世界の中堅クラス歌劇場で主役級を歌っているソロオペラ歌手。メーリやルカ・サルシなどの一流歌手が所属するエージェンシーに所属している。日本では極々稀な逸材。


 

1. 世界から見る日本オペラ界の現状ー日本の中から見る、ではなくて

 

脇園さんの様な方はいらっしゃいますが、韓国・中国人などアジア系の進出著しい世界オペラ界にあって、日本人歌手は全くと言っていい程存在感のない状態が昔からずっーーと続いています。

 

日本人歌手の実力は40年前より遙かに、遙かに上がりました (と、iltrovatoreは実感しています)。 しかし世界のレベルも上がりました。歌手も世界中から出てきて競争はむしろ激しくなっています。反対にオペラはマイナー娯楽となりました。

 

一方シネマ、テレビやインターネット配信等により、世界の高水準オペラを日本でも簡単に視聴できるようになりました。オペラを観賞しに海外に出かける愛好家も増えており、海外一流歌劇場のオペラを見慣れた日本人聴衆のオペラ鑑賞眼も肥えてきています。

 

しかし、単なるオペラ愛好家のiltrovatoreの眼から見ても、日本オペラ界は多くの問題を抱えているように思えます。

 

問題点1:オペラ歌手を育成する教育側の全体的力不足

 

日本はドイツの2倍もの (世界最多?) 音楽家養成大学があるのです。毎年1000人くらいの歌手の卵が卒業するとか。(ブログ情報なので確かではありません。 どなたかご存じの方は教えてください)

 

それなのに世界のトップレベル歌劇場に常時出演するフリーランサーオペラ歌手が超・超・超少ないのは何故? ・・・iltrovatore的には現在一名、藤村さんのみ。

 

ドイツでも東欧・アジアの歌手に押されドイツ人歌手のチャンスが減っているのですが、ベチャワやファスベンダーらがドイツの音楽教育を嘆き、その欠点として舞台経験のある先生が非常に少ないことや成功しなかった歌手達が先生になるケースが多すぎことを指摘していますOper - das knallharte Geschäft, 3sat,2019.6.29)。

 

欧米では、主役や準主役級の役を毎年何十回も長年舞台で歌ってきたという歌手が沢山います。それでも上に書いた様な状況です。しかし日本はさらに状況が悪く、一般的な先生達のオペラ舞台経験値は欧米と比べて相当低いと想像できます。日本もドイツと同じ状況(もちろんドイツよりずっと悪い)があるのかもしれません。

 

それなら日本よりオペラが普及していない中国・韓国の歌手が何故世界に進出しているのか? これは日本オペラ界が真剣に考えなければならない重大問題ではないでしょうか。

 

問題点2:歌手の歌う力不足

 

これは問題点1の結果かも知れません。

 

発声。日本人歌手は大きな劇場で聴くと聞き取りにくく小さくしか聞こえない声(響きが十分に付いていない声)の人が多い様に思います。響きの付かない声は欧米では問題外だそうで。

 

次に発音。NHKのニューイヤーコンサートでさえ外国語台詞にフリガナを振ったような発音で歌う歌手を見かけます。 この様な歌手は日本国内でしか通用しません。

 

歌唱力・表現力。これは才能に拠るところ大なのですが、新国立劇場で主役を歌う外国勢 (彼らとて世界標準ではトップクラスでないことが多い) を凌駕する程歌唱力のある日本人歌手っているのでしょうか。

  

問題点3:歌手の演技力不足

 

これも問題点1の結果かも知れません。

 

昔と違い現在のオペラは歌手にハイレベルな演技力を要求するようになりました。しかしわずかな例外を除いて日本人歌手の演技力は外国勢に全く追いつけないこと多し・・・・。

 

この様な状況の中、日本の大学を出てミュンヘン音楽・演劇大学(カウフマンの出身大学) 大学院に入学、その後欧米の主要歌劇場でフリーランサーとして長年主役級を歌っている藤村実穂子さんは実に例外的な存在なのです。

 

BBC Proms 2013「トリスタンとイゾルデ」

ブランゲーネの見張りの歌

藤村実穂子(メゾソプラノ)

ミュンヘン音楽・演劇大学大学院在院中にワーグナー・コンクールで事実上の優勝。オーストリア、グラーツ歌劇場の専属歌手を経て現在フリーランスのソロ歌手。

バイロイト音楽祭で日本人として初めてフリッカ役を歌う。ミラノ・スカラ座、ROH、ウイーン歌劇場、バイエルン州立歌劇場等々、世界のトップ歌劇場に出演。

2020年にはMET「さまよえるオランダ人」のMary役としてブリン・ターフェル、アンニャ・カンペ等と共に出演予定。この公演はMET HDとして世界中に配信される。

彼女は主にヨーロッパを活躍の場としており、ウイーン歌劇場など欧米の一流歌劇場で一定の評価を得ている。日本人ではほとんど唯一の希少なオペラ歌手である。

 

参考:「藤村美穂子」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 2018年2月21日 (水) 06:56‎ 


 

2. 優秀な日本人歌手が育たないことに関して日本のオペラ関係者はこんな事が問題だと昔から言っています・・・とそれに対する反論

 

①日本語が特殊、骨格がオペラに不向き、日本人は差別されている、

 

・・・韓国・中国人歌手は言語・体格・アジア人差別の壁を乗り越えています。

 

②日本人観客は外人崇拝が強く日本で日本人歌手が育たない、

 

・・・今時観客が外人崇拝などしていますか?

 

③優秀な日本人歌手が海外に出て行ってしまう、

 

・・・日本人歌手が海外に出て何が悪い?インターナショナルに活躍する日本人歌手を日本の公演で雇えばいいだけです。

 

日本でオペラ専業ソロ歌手をやろうと思っても生活できません。なぜなら日本にオペラの需要はあまり無いからです。プロオペラ歌手として生きたいと願う優秀な歌手は当然海外へ向かいますし、オペラ歌手としての力を伸ばすには欧米で歌う方が圧倒的に有利です。

 

海外で歌うことを選択せず日本に残る(戻る)多くの日本人歌手の密かな希望は、オペラなどを歌うことよりも大学の先生などの安定した教育職に就くことと漏れ聞きます。

 

④新国立劇場等は日本の劇場なのに日本人歌手を雇ってくれない

 

・・・世界のトップ歌劇場はどこも国籍に関係無く主役級歌手を選んでいます。でなければレベルを保つ事は出来ません。

 

確かに日本人歌手(特に若手)を育てることは重要です。ただし日本のトップ歌劇場である新国立劇場が日本人だからという理由だけで歌手のレベルを下げれば、高い金を払ってオペラを観る観客に不満がたまり劇場から逃げてしまいます。 歌い手あって観客無しの状態になるでしょう。

 

日本のトップ歌劇場として、新国立劇場の最も重要な使命は日本オペラのレベルを上げることと考えています。

 

どの業界も競争は熾烈です。優遇しなければ育たない能力などたかが知れています。優秀な人材は高い目標に向かって研鑽を積み己の力で役を勝ち取るでしょう・・・藤村さんや脇園さんのように。

 

新国立劇場は真に才能のある歌手を見いだし、その才能を伸ばして欲しいと思います。

 

iltrovatoreから見るとオペラ関係者が言う上記の問題点は全てピント外れに思えます。

 

3. 日本で若手歌手を育てるシステムはある

 

ただし、新国立劇場やびわ湖ホールは若手を育てようとしています。例えば新国立劇場にはオペラ研修所があり若手オペラ歌手を養成しています。期間3年、毎年5名。

 

この研修所出身者で一番有名になったのは中村恵理さんでしょうか。

 

またびわ湖ホールには専属のアンサンブルがあり若手が雇われています。一年雇い、最大5年間。歌う経験を沢山させてくれるようです。

 

追加 2021.11.8:そのほかサントリーホールには「サントリーホール・オペラ・アカデミー」という名称の、プロフェッショナルを目指す若き声楽家およびピアニストを対象とした育成機関があります。優秀な指導者のもとで勉強できるばかりでなくホール主催の公演に出演できるなどのメリットがある様です。なかなか優秀な若手が巣立っている様に思えます。

 

しかし残念ながら、これらの研修所から世界のトップクラス歌劇場に常時出演できるフリーランスソロ歌手はまだ出ていません。

 

その他藤原、二期会など民間団体のオペラ歌手養成所もありますが,iltrovatore的には??(非常に問題がある。詳しくは書かない)と感じられるところがあり省略。

 

4. とすれば世界に通用する若手を育てるには、

 

世界のトップレベルで活躍できるレベルの日本人歌手を生み出す為には、現在の日本の指導者層が「世界一流の歌手を自分達の手で育てよう」などと思わない方がいいのかもしれません。

 

オペラは元々欧州で築き上げられた複合芸術です。

 

可能性のある若い歌手を日本に留めず、若いうちから欧米に何年間か (2年以上は必要ですか?) 派遣して音楽技術・語学・文化・その他諸々を学び・経験するシステムを構築する方が手っ取り早いか、と思ってしまいます。

 

実際、藤村さん、脇園さん、中村さん達は皆若いうちに外国で力を付け、外国でも日本でも歌っています。

 

歌手生命は短く、オペラ研修所、エージェンシー、コンクール等の年齢制限は28-32才以下が多いです (若手オペラ歌手の年齢制限。この制限年齢までに、将来のプロソロ歌手としての (欧米の) 基準を満たす力を付けなければなりません。

 

この年齢制限を超えて(欧米の)オペラ研修所にも入れず、エージェントも付かず (付いてくれず) 、またコンクールでの入賞経験もなければ、職業としてのソロオペラ歌手として生きるのはとても難しくなるでしょう。世界に通用する歌手を育てるポイントは、いかに若い時に彼らを世界へ旅立たせることができるか、だと思います。 

 (2019.9.5.wrote) iltrovatoreが見る欧米オペラ事情4: 欧米のオペラ普及活動 を読む、 おたく記事へ戻る