オペラの元となった聖書の物語

 

ドラマチックな物語が豊富な聖書は作曲家にとってイマジネーションの源泉です。「サムソンとデリラ」「サロメ」「ナブッコ」の様に聖書物語そのものをオペラにした作品もありますし、「ファウスト」の「金の子牛の歌」など、挿話的に導入される物語もあります。

 

聖書には旧約聖書と新約聖書という二種類があります。ユダヤ教徒にとっては「タナハ」(「旧約聖書」のこと)が唯一の正典です。一方キリスト教では旧約聖書とともに、キリストの生涯と言葉、書簡類などをまとめた「新約聖書」の二つが正典となっています。

 

旧約聖書の世界

 

旧約聖書は「創世記」から始まります。天地を創造した後、神はアダムイブという人間を創りエデンの園に住まわせたが、二人は蛇に惑わされ知恵の実のリンゴを食べて楽園を追われます(失楽園)。

楽園から追放されるアダムとエバ ギュスターブ・ドレ作

 

File:Adam and Eve expelled from Paradise.png

Author/auteur: Paul Gustave Doré

 

Source: Scan from a Dutch bible.


 

そのアダムとイブの間に生まれた三人目の男の子の子孫にノアがいます。人間の悪行に腹を立てた神様は地上を水浸しにしますが、心正しいノアは神の啓示により方舟を作って難を逃れる、という有名な話があります。

 

その後、アブラハムという族長が神から啓示を受けて約束の地カナン(パレスティナのこと)へと旅立ちます。この人物はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教を信じる「啓典の民」共通の預言者、始祖とされています。

 

脇道にそれますが、旧約・新約聖書に出てくるアブラハム、ノア、モーセ、イエス、など日本人でもよく知っている預言者はイスラム教でも神の教えを説く預言者とされています。ただしイスラム教ではムハンマドが最後にして最高の預言者です。

 

アブラハムの子孫、ヨセフはエジプトの宰相となりヤコブの一族(イスラエル人)はエジプトに移り住みます。これが大体紀元前17世紀くらいになるらしい。(イスラエルの歴史:年表、駐日イスラエル大使館)

 

それから400年ほど時は流れイスラエル人はエジプト人の奴隷になって苦しい生活を送っています。エジプトの王女に助けられたモーセは、イスラエルの民を引き連れてエジプトを逃れシナイ半島を放浪します(出エジプト記)。「十戒」という映画で紅海が二つに割れて、モーセに率いられた一行がその間の道を進む有名なシーンを覚えていらっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。

エジプトから逃げ出すイスラエル人

 

Israel's Escape from Egypt, illustration from a Bible card published 1907 by the Providence Lithograph Company

 

File:Israel's Escape from Egypt.jpg


 

しかしエジプトを逃れても厳しく苦しい放浪の旅が続きます。モーセは神の啓示を受けるためにシナイ山に登ります。イスラエルの民はモーセが帰ってくるのを待ちきれず、神に背いて金の子牛の像を作り、崇め、踊り狂います。ここがグノー作曲の「ファウスト」でメフィストフェレスが歌う「金の子牛の歌」の場面です。

 

また未完成ではありますがアルノルト・シェーンベルクが、エジプトからの逃亡、金の子牛、十戒あたりの話をテーマに「モーゼとアロン」を作曲しています。

金の子牛の礼拝 Nicolas Poussin作

 

Nicolas Poussin - L'Adoration du Veau d'or  National Gallery

File:GoldCalf.jpg

 


 

その後、イスラエル人達はやっとカナンの地、イスラエル(パレスティナ)にたどり着くことができたのですが (大体紀元前13ー12世紀ごろ)、民族対立が続き、ずっと不安定な戦争状態が続きました。

 

そんな時代に生まれたのがサムソンです。サムソンは怪力で有名でしたが、ペリシテ人の奸計により力の根源である髪の毛を切られ、捕らえられ、目をくり抜かれ奴隷として働かされます。しかし彼は神の力によりダゴンの建物の大柱を倒し多くのペリシテ人を殺したのです (士師記)。この物語がサン=サーンス作曲のオペラ「サムソンとデリラ」になっています。

サムソンとデリラ ルーベンス作

 

Samson and Delilah  Peter Paul Rubens National Gallery

 

File:Peter Paul Rubens - Samson and Delilah - WGA20266.jpg

 

 

 

 


 

その後、イスラエルではゴリアテという大男を石で打ち倒したダビデがイスラエル王国(ヘブライ王国)の王となります (おおよそ紀元前1000年くらい)。その次の王がソロモンでイスラエルの最盛期を迎えます(列王記)。この王の噂を聞き知ったシバの女王がソロモン王のもとを訪れた、というのが映画「ソロモンとシバの女王」やグノー作曲のオペラ「サバの女王」の元話です。

ソロモン王を訪ねるシバの女王 Giovanni Demin作

 

File:Sheba demin.jpg

 


 

しかし栄華は長続きしません。ダビデとソロモンが築き上げたイスラエル王国(ヘブライ王国)は北王国(イスラエル王国)と南王国(ユダ王国)に分裂し次第に衰え、北王国は滅びてしまいます。残った南王国も新バビロニアの王ネブカドネザル2世に侵略されます。ネブカドネザル2世はユダ王国のイスラエル人達をバビロンに強制的に移住させます。これはバビロンの捕囚と呼ばれヴェルディのオペラ「ナブッコ」の題材となりました。

 

バビロンの捕囚の後イスラエル人は亡国の民となります。これ紀元前586年頃のこと。

バビロンの捕囚  James Tissot作

 

The Flight of the Prisoners (1896) by James Tissot; The exile of the Jews from Canaan to Babylon Jewish Museum, New York, NY.

 

File:Tissot The Flight of the Prisoners.jpg


 

旧約聖書には「カインとアベル」「バベルの塔」「ソドムとゴモラ」の話など、上に書いた以外にもいろいろの物話が出ています。

 

注:以上書きました旧約聖書の話の多くは当然ながら実証された歴史的事実ではありません(もちろん宗教的な意味はありますが)。またサムソン、ダビデ、ソロモンなどが実在の人物であったという確定的な証拠は出ていません。(2021.05.06 wrote) 


旧約聖書から新約聖書の世界へ

 

ユダヤの王国が滅んで後400年以上過ぎた紀元前140年頃から再びユダヤ人による国家ができます。しかしさほどの力はなく、ローマの支援により猜疑心が強く残酷なヘロデ(大王)が王になります 。

 

そのヘロデ王の時代、ヘロデは東方からきた三博士がベツレヘムに生まれたユダヤ人の王を尋ねていることを知り不安にかられ、ベツレヘムとその周辺にいた2歳以下の男児を一人残さず殺させたといいます(幼児虐殺)。しかし未来のユダヤ人の王たるイエスはその時すでにベツレヘムを去っていました。

 

 

さて時代は変わって新約聖書の世界に入ります。新約聖書はマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによるイエスの生涯を記録した福音書、歴史書、書簡集からなっています。

 

イエス・キリストは人間でもあり神でもあります。キリスト教義によると神は、父なる神、子なる神(イエス・キリスト)そして聖霊という三つの位格を持つ一つの実体(本質的に一つのもの、唯一神という意味)とされております。これを三位一体と言います。紀元4世紀頃のコンスタンティノープルの公会議で決まった定義の様なものです。キリスト教を信じる者はこれを信じなければなりません。

 

イエス・キリストはユダヤ人です。父はヨセフ、母はマリアですが、彼女は精霊によってイエスを身籠ったということで処女懐胎と言われております。

受胎告知 レオナルド・ダ・ヴィンチ作

天使ガブリエルが処女マリアにキリストを妊娠したことを告げる

 

Galleria degli Uffizi

Annunciation (Leonardo).jpg by Livioandronico2013

 


 

このマリアの親戚にエリサベトという女性がいます。彼女はヨハネという男の子を生みますが、彼は長じて預言者となり、「神の国は近づいた、人々よ、悔い改めよ」と説教して回るだけでなく、神の赦し、罪の赦しの象徴として人々に洗礼を授けていました。彼は洗礼者ヨハネと呼ばれ、彼とは親戚筋にあたるイエスも彼から洗礼を授かっています。

キリストの洗礼 Andrea del Verrocchio, Leonardo da Vinci 作

中央がキリスト、右が洗礼者ヨハネ。

  

Galleria degli Uffizi

The Baptism of Christ (Verrocchio & Leonardo).jpg

 


 

ヨハネは各地で説教をして回りますが、領主ヘロデ(ヘロデ大王の息子)が異母兄の妻ヘロデアと結婚したことを非難したため、捕らえられ獄に繋がれました。

 

そしてある時、ヘロデは宴会を開きますが、ヘロデアの娘の舞に対する褒美として「欲しいものはなんでもやる」と言ってしまいます。娘は母に相談すると母は「ヨハネの首」を所望せよと答えます。人前で誓った手前ヘロデは前言を撤回することができず、ヨハネの首を切らせ盆にのせて娘に渡します。

 

・・・という出来事が R.シュトラウスのオペラ「サロメ」の題材になっています。マスネもこの逸話を題材として「エロディアード」というオペラを作曲していますが、ストーリーは相当変えられています。

洗礼者ヨハネの首とサロメ Bernardino Luini作

 

Salome with the Head of John the Baptist  

 

Bernardino Luini (c.1480-c.1532) (after) - Salome with the Head of John the Baptist - 609080 - National Trust.jpg

 


 

キリストは30才を過ぎると説教を始めます。 彼は、水をぶどう酒に変え、嵐を鎮め、病人を直したりと、様々な奇跡を呼び起こし、キリストを信じる人々はどんどん増えてゆきます。

 

例えば 快楽に溺れていた罪深き女、マグダラのマリア、はイエスに出会い悔悛し彼に従います。彼女(罪深き女)は自らの髪を用い香油でイエスの足を拭ったことで有名です。(注:現在では罪深き女とマグダラのマリアは同一人物ではないという考えが主流の様です)(参考:「罪の女」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2021年4月4日 (日) 11:30 )

シモンの家での会食 Philippe de Champaigne作

 

Le repas chez Simon de Philippe de Champaigne.jpg

 by Octave444

 

Tableau de Philippe de Champaigne (v. 1656), Musée d'Arts de Nantes.

 


 

キリストの教えが広まる勢いに恐れをなした祭司長やパリサイ人は彼を捕らえて当時のローマ総督ピラトに引き渡します。しかし捕らえられる前、イエスは弟子とともに晩餐を催します。その時イエスはパンを「私の体」、ぶどう酒を「私の血」として弟子に与え、「これを私の記念として行え」と命じた、とされます。(最後の晩餐)

「最後の晩餐」

レオナルド・ダ・ヴィンチ作、

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の壁画

 

"Il Cenacolo or L'Ultima Cena" by Jameswy.Wang 

 

捕われたイエスは磔刑を言い渡され、ゴルゴダ(ラテン語でカルヴァリオ)の丘で亡くなりますが(この日が聖金曜日、Good Friday, Karfreitagなどと呼ばれる)、3日後に復活しその後昇天します。キリストの復活を祝うのが復活祭で、マスカーニが作曲した「カヴァレリア・ルスティカーナ」は復活祭の日に起こった悲劇です。(「カヴァレリア・ルスティカーナ」のオペラ解説はこちら)。

復活祭、シシリアのFerlaにて 

 

Gesu'mmaria.jpg by BeatriceB98


 

またワーグナー作曲の「パルジファル」は、直接には述べていませんが、聖杯の儀式、十字架上のキリストを突いた槍、聖金曜日。キリストの洗礼を彷彿とさせるグルネマンツによるパルジファルの洗礼、罪深き女を連想させるクンドリがパルジファルの足を洗う行動など、キリスト教を土台にしたオペラです。(「パルジファル」のオペラ解説はこちら

「パルジファル」第3幕、Joukowskyによる舞台

 

Stage design for Act III of Wagner's Parsifal

Paul von Joukowsky (1845–1912), stage designer

 

User scan of Sadie, Stanley, ed. (1992). The New Grove Dictionary of Opera, 4: 119. London: Macmillan. ISBN 9781561592289.

 

Parsifal 1882 Act3 Joukowsky NGO4p119.jpg

 

 


(2021.05.27 wrote) おたく記事に戻る