MET鑑賞記:ドン・ジョバンニ 2017.5.3.

 

 

このオペラは今シーズンの初めにも今回と異なる歌手達で上演されています。ですから演出も私が以前書いた鑑賞記:ドン・ジョバンニと全く同じです。今回の歌手達は、

 

ドン・ジョバンニ: マリウシュ・クヴィエチェン

レポレッロ: アーヴィン・シュロット

ドンナ・アンナ: アンゲラ・ミード

ドンナ・エルヴィラ: マリナ・レベッカ

ツェルリーナ:イザベル・レオナルド

騎士長: ステファン・コッツアン

ドン・オッターヴィオ:マシュー・ポレンザーニ

指揮:プラチド・ドミンゴ

 

なかなか良い布陣でしょう。さすがMET。準主役にも豪華なメンバーを配しています。

演出は保守派の私にさえ古びているかなあ、と感じられます。しかしリブレットに忠実でさほどオペラを知らない方でも理解しやすく楽しめるのではないでしょうか。

 

オペラの幕が今開くか、と思った瞬間舞台に男性が進み出ました。観客席からは “Oh! NO!” の悲鳴。男性が「クヴィエチェンが風邪を引き調子が悪いですが歌います」 と言ったとたんに観客からは安堵のため息。

 

やっと幕が開くとクヴィエチェン (ジョバンニ) とミード (ドンナ・アンナ) が争っています。一見すると襲われているミードが余裕でクヴィエチェンが必死に見えます。いえ、そう見えるのは私の気の迷いでしょう。クヴィエチェンの声も風邪を引いているとは思えない立派な響きがあります。というところで第1幕第1場が終わりました。

 

第2場です。ドン・ジョバンニがツェルリーナちゃんを誘惑する場面。・・・・あれれれ??ジョバンニの背が高くなり突然顎髭が生えたような気がする?第一かつらをしていない。すぐにオペラグラスでジョバンニを凝視。違います。クヴィエチェンではありません!あららら、クヴィエチェン降りちゃったのね。しかしジョバンニを歌っているこの若者は何者?

 

1幕が終わってのインターミッション。お隣の老夫婦に聞いたがお隣さんは歌ったのがクヴィエチェンと信じている。「え〜、違うと思いますよ〜」と言っていると、後方にいた3,40代の紳士が 「クヴィエチェンじゃ有りませんよ。彼はマイケル・トッド・シンプソンといってクヴィエチェンのカバーですよ」と教えてくれました。

 

で、2幕が始まる前に再び壇上に男性が現れ 「殆どの方は気が付かれていると思いますが(私の感じでは半分くらいの人は歌手が代わったのに気が付いていなかったような・・・・)風邪のクヴィエチェンに代わりマイケル・トッド・シンプソンが歌います」とのこと。後ろの紳士をちょっと見ましたが、かの紳士は胸を張って「どや顔」でしたね。

 

しかしメトの常連さんにはカバーさんの名前や顔まで知っている人がいるのだ、とちょっと尊敬の念がわきました。

 

こんな騒動を書いているとオペラの鑑賞記にならないですが、この面白い経験もむしろ楽しかったです。しかしクヴィエチェンを聴けないのは残念でした・・・。

 

さて肝心の歌手達です。なんと言ってもシュロットが良かったです。シュロットには「キザな兄ちゃん」という確固としたイメージが私の脳内にしっかりと焼き付いているのですが今回のシュロットは背をかがめ歩き方も動きもすべてやる気のない無責任は召使い風でうまい。まさにレポレッロです。歌もいいです。

 

彼のよ〜く聞こえてくる低音の深い響きはなんとも心地よくカタログの歌も一層素晴らしく聞こえました。

 

オッターヴィオのポレンザーニも美しい声で歌っていました。この方は実にいつも安心して聴けるモーツアルト歌手というか,ベルカント歌手です。とにかく今回の上演は男性陣がそろって好調だったのです(除くクヴィエチェン)。

 

またエルヴィラのマリナ・レベッカが調子よく歌っていました。この方もいい声をしていますね。反対にミードがちょっと不調だったように思います。

 

もちろん音はちゃんと出すのですが高音の揺れが大きく濁って聞こえました。彼女はYoutubeやシネマで聴く限りものすごく安定したいい声で歌います。でも人間ですからいつも絶好調というわけにはいかないのでしょう。反対に言えば不調でもこの程度に歌えるのはすごいことです。

 

ツェルリーナ役のイザベル・レオナルドはメゾです。メゾにしては細くて明るい声をしていると思っていました。しかし普通ソプラノが歌う「薬屋さんの歌」や「打ってよ、マゼット」を彼女が歌うと柔らかく落ち着いて聞こえ、やはり彼女はメゾなのだなあ、という妙な感慨がありました。

 

指揮のドミンゴ様。前奏曲はいつもの如く「ゆったり」でした。ただしオペラ全体にもったり感はなかったです。

 

ところでクヴィエチェンの代役君ですが、がんばっていましたよ。台詞を「とちる」こともなく、歌も一生懸命。芝居も立派で代役として大花丸です。プロンプターさんもきっと大活躍だったのでしょう。皆様お疲れ様です。カーテンコールでは、主演歌手達が代役君を囲んで「がんばったね」、と彼の健闘をたたえました。それを見ている私の心も温かくなりましたよ (2017.05.28 wrote)