2018 MET鑑賞記  「サムソンとデリラ」  及び「アイーダ」 ニューヨーク, MET


 

2018 MET鑑賞記  「サムソンとデリラ」 2018.10.16.公演

 

「サムソンとデリラ」は今年度のMETシーズンプレミエとしてMETが力をいれた新演出の作品です。サムソンにはロベルト・アラーニャ、デリラにはエリーナ・ガランチャと人気歌手をそろえてきました。脇役もロラン・ナウリ、ディミトリ・ベルセロスキーと豪華。

 

新演出はとにかくポップでカラフルな色彩に溢れていました。デリラの着ている衣装も華やかでふわーっと広がる薄いベールが素敵です。ペリシテ人の女性は華やかな赤をまとい、男性兵士の装備も異国的でかっこよい。

 

大道具の壁は壁面に多数の穴を開けて壁面の内側での動きが見えるようになっています。壁に当たる光の動きによって壁面に動きが生まれるセンスのある作りです。また2幕では隠れ潜む兵隊達の動きもよく見えてなかなかよい演出。

 

第1幕で有名なアリアはサムソンを誘惑するデリラのアリア「春は目覚めて」“Printemps qui commence”です。

 

私がMETでガランチャを聞いたのは昨年の「バラの騎士」で、彼女はオクタビアンを歌っていました。印象に残っているのは第1幕、元帥夫人との熱い一夜を過ごしたオクタビアンが大股広げてたばこをすう場面でした。全く悪ガキ風でそれも素敵なガランチャでしたが、今回のアリアは打って変わって妖艶!演技も歌もサムソンをたらし込む美女そのもので、サムソンが一発で彼女に参ってしまうのも無理からぬと素直に感じられました。

 

第2幕は抵抗しながらもデリラに絡め取られて行くサムソンとサムソンを追い詰めるデリラの歌合戦です。アラーニャは恋に溺れて破滅の道に堕ちて行く男を表現するのが本当に上手いです。アラーニャ、ガランチャとも迫真の歌と演技で、緊張感と迫力に溢れた劇的な舞台でした。勿論このオペラで最も有名な「あなたの声に私の心も開く」”Mon coeur s'ouvre à ta voix”も素晴らしかったです。

 

第3幕は目をくりぬかれたサムソンが石臼を引きながら、後悔にくれて神に力を与えたまえと祈る場面です。サムソン役のアラーニャは目に包帯を巻き本当に目が見えなかったそうで観客の方角がどこかを知るのが大変だったそうですが、ちゃんと前を向いて歌っていました。この辺になると彼も疲れたようで高音がいくつかしゃがれていましたが、最後の高音はしっかりと決めました。

 

 

第3幕で有名なシーンと言えば、バッカナール、バレーシーンです。ただし、今回のバレーは・・・・残念です。 METの昔のバージョンに全くかなわない、、、 (個人的に昔バージョンが大好きなiltrovatore)。

 

最終場面、本当は神殿が崩壊するはずなのですが、光がフラッシュでいくつか入るだけ。なんかつまらない。やはりこの場合大きな像(元々像の中央に隙間があるでは)が2つに割れて倒れてくれなきゃ〜、とぶつぶつ、ぶつぶつ。しかし全体にとても楽しめる舞台で、このHDもお薦めです。是非ご覧下さい。 (2018.10.24. wrote)


2018 MET鑑賞記 「アイーダ」 2018.10.15.公演

 MET HPより

 

METの公演に行くと座席に着く前に小冊子を貰います。そこに白い紙が挟んであったら、OMG! キャスト変更です。今回は病気のアントネンコに変わってヨン・フン・リーがラダメスを歌うと書いてありました。リーは今シーズンのダブルキャストですし、アントネンコの不調も既に知っていたので驚きはありません。

 

私が見る回はネトレプコではなくタマラ・ウィルソンというソプラノ(カバーさんかな?)がアイーダを歌います。当然ながら私はアニタ・ラチヴェリシュヴィリ主演のオペラ「アムネリス」を見るつもりです。

 

ところが、このソプラノさんが良かったのです。始めから終わりまで美しく張りのある声、難しいアイーダの高音弱音も上手く、強い表現もはっきりと、一幕の「勝ちて帰れ」も3幕の「おお我が故郷」も表情豊かに歌っていました。

 

いや、さすがメト、さほど有名では無い歌手でもレベルが高い。満点、、、と言いたいところですが、彼女は全くと言っていいほど演技せず。最低限動いているだけ。これは残念でした。でも彼女には全く期待していなかったので私は得をした気分です。

 

ラチヴェリシュヴィリは当然ながら上手かったです。第2幕の始めラダメスを想って歌う「おお!おいで下さい、愛しい方」は柔らかいピアノで、愛への期待を膨らませる若い女の子のように歌っていたし(この歌い方は難度高し)、4幕の裁判の場は様々な激情が交錯するアムネリスの見せ場でまさに彼女の舞台でした。番外地で彼女を掲載する予定ですので、彼女に興味のある方はご覧下さい。

 

とはいえ、私は今年5月ウイーン歌劇場で彼女のアムネリスを見ています。その時彼女は息を飲むばかりの素晴らしさで絶好調でした。が、今回は好調と言う感じですね。

 

最後はリーです。以前は気に入っていなかった方なのです。現在のスピントテノールの中でも最高に美しい声を持つ方だというのはわかりますが、とにかく押せ押せの慢性フォルテで歌い方が単調、楽譜を見ながら歌っているみたい、というのが昨年までの私の感想です。

 

ところが!彼氏は弱音での表現を試し始めたのです。さすが難しい「清きアイーダ」の最後はキッパリとフォルテでしたが、最後の墓場の二重唱などは何回も柔らかいピアノに挑戦していました。現在の所、弱音にするとその直前の音とかなり違った音色になってしまうのが難点ですが、いずれそのような欠点を克服するだろうと思っています。

 

ピアノで歌うことができるようになると歌に深みが出るし、多様な表現もできます。もともと彼の声は美しいし大声が出るのですから、彼の魅力は一層増すと思われます。これは嬉しい驚きでした。

ちょっとびっくりしたことがありました。アイーダ第2幕、壮麗な凱旋シーンです。この場面で結構沢山の観衆から「おおっ」という感嘆の声が漏れたのです。かなり昔から繰り返し上演されている舞台なのですが、それでも始めて見る方が多いということでしょうか。

 

アメリカはヨーロッパと比べてオペラが一般人に浸透していると言い難いです。それは日本の状況とも似ていて、どうやって観客を増やし歌劇場の経営を安定させるか難しいですね。ヨーロッパでうまくいっているやり方がアメリカにそのまま通用するとも思えません。ヨーロッパの歌劇場は政府からの多大な(全支出の5割から8割に相当する)補助があるので比較的自由で大胆な公演ができるのですから。

 

それに引き替え公的補助の殆ど無いMETは大変です。

 

特にアメリカの場合、ヨーロッパでよくある、そしてたいていの場合低予算で作ることのできるぶっ飛んだ舞台・演出はオペラになじみの無いお客さんを困惑させるだけの事が多いので、オペラを知らない観衆が理解しやすいような (時として金のかかる) 舞台でそれなりの感動を与えられるようにする、というのが現在のMETの方針のように感じられます。(2018.10.27. wrote)