バイエルン歌劇場「ボエーム」2020.12.4  ストリーミング

 

以前「2020/21カウフマン出演予定オペラ紹介」のページに以下のように書きました。

 

「カウフマンがルドルフォを歌うですと! 50過ぎて彼がこの役を歌うとは想像だにしていなかったです。歌劇場が予定していた「カルメル会修道女の対話」がキャンセルされたための代わりのオペラだそうで。

 

記録を紐解いてみますと、彼が最後にロドルフォを歌ったのは2012年8月ザルツブルク。調子が悪くなり歌えなくなってしまったベチャワの突然の代役で、演技はベチャワ、歌は舞台袖でカウフマンが歌いました。その時の出演者はAnna Netrebko, Jonas Kaufmann (歌), Piotr Beczale (演技), Nino Machaidze, Massimo Cavallettiという素晴らしいメンツでした。」

 

ルドルフォ役は比較的声の軽い若いテノールが明るく歌うことが多いです。この8年の間に彼の声はずっと重くなりました。何せオテロや「運命の力」のドン・アルバロを歌っているのですから。そんな彼の声ではアリアも重苦しくならないだろうか? あんなに重い声で「冷たき手を」の最後の方に出てくる "la speranza!" のハイCが出るのだろうか? 

 

でもカウフマン自身は某インタビューで、「今回『ボエーム』を歌えることになって嬉しい。もし5年先まで決まっているスケジュールのままだったらこれを歌うのは不可能だったでしょう。」などと喜んでいるのです。

 

朝に弱いiltrovatoreは結局有料で観ました。オットー・シェンクの落ち着いた舞台。第2幕はコロナ対応で合唱・子供合唱団は基本声しか聞こえません。でもまあ雰囲気は出ていたように思うので、一応OKとしましょう。

 

このオペラを見てまず第1に気がついたのは、出演者ほぼ全員芝居がうまいこと!非常にうまい!第1幕ではボヘミアン男子達が戯れてふざけあい、第2幕ではカフェ・モミュスで大騒ぎ、第3幕ではルドルフォとミミの別れ、対するマルチェロとムゼッタの罵り合い、最後の幕で皆は心優しい。

 

全員の演技が自然で、しかもセリフの内容と仕草が随所でぴったりあっているのに感心しました。このような演技・演出ですと聴衆は素直にオペラの世界に浸れます。

 

芝居上手な出演者の中でもカウフマンの演技はダントツにうまいです。ルドルフォはミミと出会ってすぐに彼女にぞっこん。「私の名はミミ」をうっとりとして聴く彼の演技には思わず笑みがこぼれてしまいます。彼女が「私の名はミミ」 "Sì, Mi chiamano Mimì" と歌い始めた時も、彼は声には出さずに「ああ(そうなんだ)、ミミ(っていうのね)」と言っていました。まあこのような細かい演技は初めから終わりまでそこら中で見ることができます。

 

カウフマンは白っぽくなった髪の毛も天然パーマもそのまま。顔もそれほど若作りをしているとは思えませんでした(ひげは少々暗めに染めていたかもしれない)。でも雰囲気が若かった。それになんといっても張りのある若々しい声が印象的でした。

 

今年3月ROHの「フィデリオ」(らららクラシックでカウフマンが出演した公演の一部が放送された)や、ストリーミング等で流されたいくつかのリサイタルやオペラを聞いても、今年は声の調子がずっと良いように思えます。今年は歌いすぎないから調子が良いのじゃない?と疑ってしまう、まあ個人的な感想ですが。

 

上に書いたように、カウフマンの声は随分重いのですが、今回は重さを全く感じませんでした。むしろ強さのある明るい声に聞こえます。50歳を過ぎているとは思えない。

 

「冷たき手を」のアリアでも恋に落ちた夢想的な男の子の雰囲気が十分に出ており、無理に軽く歌っている感じではないのですが、溌剌とした若さがしっかりと感じ取れました。さらに「冷たき手を」の最後のハイCも余裕で出していました。さすがです。最後、オペラの幕切れで、死んでしまったミミにすがって「ミミ!」「ミミ!」と鋭く、強く、切なく叫ぶ声は心に突き刺さるようでした。思わずもらい泣きしそう。やっぱり上手いわ・・・

 

カウフマンがバイエルン歌劇場でルドルフォを歌うのは初めてです。最初で最後かもしれません。ミミ役のRachel Willis-Sørensenも初めてとのことです。あまり初々しい感じはしない彼女ですが、安定感があって安心して聞いていられました。またマルチェロ役のAndrei Zhilikhovskyは歌も芝居も上手かったです。

 

「ボエーム」を聞くといつも思うのですが、プッチーニは聴衆の心をぐっと掴む技に長けている。音楽がオペラに出てくる人物達の性格や心情、そして周りの風景などを十分に物語るのです。第4幕、ミミとルドルフォが二人だけになって彼らの最初の出会いを語り合うところでは、オーケストラが第1幕の二人の愛の心象風景をこれでもかと表現してくれるので、それだけで胸がいっぱいになってしまう。

 

ですから「ボエーム」はある程度以上の力のある歌手たちが演じればまず失敗することのないオペラだと思うのですが、今回の上演はかなりのレベルだったと思います。バイエルン歌劇場が今回の上演をDVDにしてくれたら嬉しいのですけれど。

 

ただ寂しかったのは拍手やブラボーが全く入らなかったこと。まるでオペラ映画を見ているようで、悪いというわけではないが、やはり観衆がいないと寂しいです。 

 

ついでですが、このページに「ボエーム」のオペラの解説、アリアと二重唱およびその対訳が出ています。(2020.12.05 wrote) 鑑賞記に戻る。