ポギーとベス Porgy and Bess  MET ライブビューイング2019/20

 

一体どのくらいの方が見にきているのだろう、と行った劇場の観客は20人いたでしょうか(座席数は580)。要するにガッラガラ!待合所も同じくガラガラで三密の心配は全くなかったです。劇場がかわいそうなくらいの空きでした。

 

さて「ポギーとベス」公演はメトで30年ぶり。なんでも2019年秋の公演はメトの過去の興行記録を打ち破り、その結果前例のない2020年2月の追加公演が行われ、その2月の公演がビューイングになっているそうです(こちら)。

 

この作品は作曲者のジョージ・ガーシュイン自身が歌手は黒人限定と指定したそうで、今回もごく少数の白人警官役を除き歌手、合唱団、ダンサー全て黒人。いつものオペラと雰囲気が違います。

 

第1幕冒頭にあの有名な「サマータイム」がうたわれます。クララ役ゴルダ・シュルツさんの歌は柔らかく美しい。以前バイエルン歌劇場で聞いた時のリューのアリアも美しかったけれど、今回も高音の伸びと響きがなんとも素晴らしく、飛び抜けた才能があると感じられます。

このオペラはオペラというかミュージカルというか、ジャズや黒人特有のリズム満載。演出と振り付けもうまいのでしょう。黒人の体に流れるリズム感、圧倒されるばかりのエネルギーが舞台から客席に放出されるといった感じでした。

 

初めのうちはそのエネルギーに圧倒され違和感を感じていましたが、次第に引き込まれてゆきました。

 

黒人たちが暮らすキャットフィッシュ・ロウと呼ばれるコミュニティーの内部で起こる物語。ポーギーは片足が不自由な物乞いだし、ベスは幸福の粉(シャブ)中毒、信心深いおばさん、精神まともな子持ちの若い夫婦、シャブを売りさばく蛇みたいな男、ベスを愛人とする暴力的な悪漢など様々なタイプの人間が登場します。

 

その様なコミュニティーの中で引き起こされる愛、殺人、漁師の死、など、ガーシュインは良きも悪きもひっくるめた貧しい黒人たちの生活をありのまま共感を持って描いている様に見えます。

 

ポギー役のエリック・オーウェンズは全くのはまり役で歌も芝居も完璧。彼は「風邪をひいているけど歌います」状態でしたがそんなことは全く問題にならないほどうまかったです。

 

ベスは見ていても難しい役と感じられます。まずは精神的に弱い女で、どんな男にしろ、とにかく男に頼らなくては生きていけない。しかもシャブ漬けで、薬の誘惑に勝てない。ブルーの歌は情緒不安定で弱い女を表現するに、ちょっとしっかりし過ぎていた様に思います。演技ももう少しよければもっと感動的だったかな。もちろん彼女は素晴らしく、文句を言う方が贅沢というハイレベルであったことは確かです。

 

このオペラで有名な「サマータイム」。第一幕冒頭にクララが歌うのですが、実はオペラの後半になってベスが同じ歌を歌います(多分歌詞が少し変わっていたと思う)。若いクララが子供をあやしながら明るい声で歌う歌と違い、心に葛藤を抱えたベスの歌はやるせなく重く、まさにブルースで、「ああ、ベスのアリアを印象付けるために1幕のクララのアリアは明るかったんだなあ」と感じました。

 

それ以外で心に残ったのは、黒人歌手のレベルの高さ、層の厚さです。女性脇役のセリア役ラトニア・ムーア、マライア役デニース・グレイヴスのみならず、男性役がこれまた良かった。

 

クララの夫役ライアン・スピードの深い声も気に入りましたが、フレデリック・バレンタイン演じる蛇の様にクネクネとした嫌な感じの薬の売人が聖書を嘲笑して歌う ”It ain’t necessarily so”が圧巻でしたし(即興も入っているそうです)、暴力的で高圧的なアルフレッド・ウオーカーの声と演技もうまかった。

 

オペラが終わった後の観衆の反応もいつもと違って熱狂的に感じられました。観客に黒人系が多いのだろうかと観客席を見ましたが、ちょっと見ではやはり白人系がほとんどだった。カーテンコールで白人警官役たちがお辞儀をした時ブーが飛びましたが、これは憎々しい演技がうまかったという賛辞だと思います。

 

このオペラはオペレッタとも言いえるし、いわゆる正統派オペラとジャズの融合、黒人のリズム感満載、いろいろな意味で独特の魅力を放つオペラで人気があるのも納得です。ただこのオペラはアメリカのものかなあ。これだけ多数のレベルの高い黒人歌手とダンサーを集められるのはアメリカならでは、と思います。(2020.6.30 wrote)