“L’Opera” CD 鑑賞記 2017.10.

このアルバムは彼のフランスオペラへの想いがこもっている、と感じられます。彼のキャリア形成に重要な役割を果たしたオペラ、様々な理由で歌い逃したオペラ、そしてもう舞台で歌うことはないだろうというオペラのアリアが沢山はいっています。

 

「イスの王」(Le Roi d'Ys)、ミリオ:カウフマンにとって最初のフランスオペラ。学生時代フランス語をしゃべるカナダ人の教師が彼の為に選んでくれたアリア。

 

「カルメン」、(ただしレメンタード):もちろんこのアルバムにレメンタードの歌は入っていません。大学卒業後初めて契約したザールブリュッケンの歌劇場で、恐らく最初に演じたのが「カルメン」のレメンタードです。後に結婚した(現在は離婚している)ヨスヴィッヒと一緒に歌いました。

 

「ミニヨン」(Mignon) のヴィルヘルム:

2001年にトゥールーズの舞台で歌いました。私の記憶によればこの時は喉を壊して演技するだけの回があったと思います。彼にとって思い出深い公演らしい。    

 

「ホフマン物語」(Les Contes d'Hoffman)、ホフマン:度重なる病気で何度も歌い損ねたオペラ。「僕が迷信深かったら二度とやろうと思わないだろう」「しかしこれはすごくいいし、僕の声にも合っている」といっています。

 

「ロメオとジュリエット」(Romeo et Juliette)、ロメオ:ヴェニスで8年前にやる予定だった。しかしリハーサル開始の数日前に肋骨を骨折してキャンセル。

 

「トロイアの人々」(Les Troyens)、エネ:これも病気キャンセル、演奏会方式でもいいから将来やりたいと希望しているそうです。

 

「ファウストの劫罰」(La Damnation de Faust)、ファウスト:2002年モネ劇場でファウストを歌いました。この時新進気鋭の指揮者アントニオ・パッパーノと知り合いました。彼はカウフマンが信頼するよき友人になりました。今年ROHでの「オテロ」もパッパーノとの共演です。   

2002 モネ劇場 全曲

「カルメン」(Carmen)、「マノン」(Manon)、「ウェルテル」(Werther)は皆様ご存じ。彼が世界的トップスターへと踊り出たオペラです。(これらのオペラの映像は他にも沢山あります。本サイトの「映像・音楽:フランスオペラ」をご覧下さい。)

2006 ROH カルメン「花の歌」

 

ロメオ、ヴィルヘルム、ミリオにナディール!彼らのアリアは普通軽い声のテノールが歌います。カウフマンは現在の彼そのままの声でこれらのアリアを優しく、明るく、若者の様々な心を表情豊かに色彩感に満ちた歌い方で歌っています。

 

長年のオペラファンの方々などは、「これこれのオペラはこの様な声の歌手がこの様に歌うべし、又はこのように歌って欲しい」という確固たる「概念」ができていらっしゃることも多く、声が暗く太いカウフマンがこの様なアリアを歌うのに違和感を感ずるかもしれません。

 

しかしその概念をちょっと横に置いて彼の歌、例えば「ミニヨン」などを聴いていると、あくまでもソフトで甘い歌いぶり、その表現の深さに引き込まれます。

 

「イスの王」のアリア「愛しい人よ」を初めて聴きました。初々しい若者が歌う愛の歌、という雰囲気でしょうか。カウフマンは「ミニヨン」と同様に優しく歌っています。途中で一オクターブ飛躍して出す最高音A(高いラ)が2回でてきます。歌の終わり際に出てくる二回目はこのアリアの想い全てをこの一音に込めて、ピアニッシモでゆったりと柔らかく歌います。悩殺ピアニッシモだわね。

 

一方ドラマティックで強い声が生きる歌、例えば「トロイアの人々」は文句なくカウフマンの魅力全開です。

 

これはいつの日か絶対舞台で歌っていただきたい。また「ユダヤの女」(La Juive) から主人公エレアザルが歌うアリア「ラシェルよ、主の恵みにより」の切々とした歌いぶりも心に残ります。エレアザルはテノールにしては珍しく父親役で若作りにする必要が全くないのでカウフマンが年とってから歌うもよし。いつかは歌って欲しいです。

 

皆様よくご存じの「カルメン」より「花の歌」。ただ一言、「深い感動を与える最後のB♭ピアニッシモを、清きアイーダの最後のB♭とともに、いつまでも保っていて下さいね」 。

 

つい先日アンナ・ネトレプコの来日コンサートに行きました。近年ネトレプコの声も強く重くなり、マクベス夫人、トゥーランドットのアリアなどをそれこそ大音響、ど迫力で歌っていました。しかしそれらの歌の後で 「ルサルカ」 から 「月に寄せる歌」 を歌ったのです。彼女が(ほっそりしていた)若い頃、リリックな声で歌っていたあのアリアです。

 

歌の多くの部分をピアノからメゾピアノで柔らかく歌っており、水のニンフのあこがれをよくあらわしていました。何ともいえず美しかったのです。カウフマンと同じく圧倒的なうまさ。声も体もすっかり変わってしまったけれど、iltrovatoreは彼女が若い頃歌ったルサルカより今回のルサルカを好みます。この方も年齢声質なんのその、なんでもうまく歌えてしまえる御方だなあ、と感慨深かったです。

 

参考までに

あまり知られていないフランスオペラのストーリーや聞きどころの紹介は以下にあります。(フランスオペラの楽しみ、というサイトです)

ミニヨン(Mignon)、イスの王 (Le Roi d'Ys)、アフリカの女 (L'Africaine)、ル・シッド (Le Cid)、ユダヤの女 (La Juive)、ファウストの劫罰 (La Damnation de Faust)、トロイアの人々 (Les Troyens)。

(2017.10.5.wrote)