荒筋は以前の私の鑑賞記をご参照ください。
今回のアンドレア・シェニエは非常にレベルの高い上演だったと思います。まず歌手。3人とも声、歌唱力、演技、役にぴったりの外見、と全てそろっており、これだけ感動的で印象的な舞台を作るのはなかなか大変でしょう。
主役のカウフマンは声帯血腫の為4ヶ月休業した後今年1月パリのローエングリンで舞台に復帰し、今回主役アンドレア・シェニエを歌いました。以前と変わらぬ深く暗く張りのあるスピントな歌声で表現力豊か。相変わらず芝居も上手く、情熱的で理想主義的な詩人それ故フランス革命前後のどちらの政治体制からも受け入れられない主人公をよく演じていました。
有名な2つのアリア、”Un dì all’azzurro spazio”「ある日、青空を眺めて」、”Come un bel dì di Maggio”「五月の晴れた日のように」は共にとても美しく歌われました。ただ彼が劇的にフォルテッシモで高音を歌うと私の方が「声帯大丈夫?」と冷や冷やしてしまい、いまいち彼の歌唱に浸りきれなかったのが残念でした。
マッダレーナ役のアンニャ・ハルテロスですが、文句なく素晴らしかった。彼女はネトレプコと並ぶ世界トップのソプラノの一人と申し上げてさしつかえないでしょう。
一幕目は裕福な貴族のかわいらしいお嬢さん、2幕目では未来のない絶望感を胸にシェニエの愛を求める女、3、4幕目ではシェニエの愛ゆえ自らを犠牲にして彼を助けようとする強い意志を持ち、最後はシェニエと共にギロチンにかかることで自らの愛を全うしようとする何とも魅力的な女性をくっきりと描き出していました。
特に3幕目の “La mamma morta” 「亡くなった母を」は絶品でした。割れるような拍手とブラボーは当然でしょう。
二人の世界トップ歌手によって歌われるシェニエとマッダレーナの第二幕愛の二重唱も美しかったですが、終幕の死を目前にして不滅の愛を歌い上げる二重唱は情熱にあふれ感動的でした。
ジェラールを演じたルカ・サルシは歌・演技とも上手かったです。”Nemic della patria”「国を裏切る者」は民衆のため、という名目の元に殺人を犯す自らの行為に対する心の葛藤を歌い上げて迫力がありました。
歌手達も素晴らしかったですが、今回の上演で最も注目されたのは舞台演出でしょう。「アンドレア・シェニエ」はバイエルン州立歌劇場の長い歴史の中で今までに上演されたことがなく、この舞台が初演です。
元々映画監督のシュトルツルは舞台を上下を2−3階層に分けそれぞれに複数の部屋を配しそれらの部屋で同時に様々な出来事が起こる、という手法を用い、フランス革命の歴史絵巻のような舞台の中でオペラが進行してゆきました。舞台上の人物の鬘も衣装も時代そのまま。フランス革命の政府人民双方の荒々しく暴力的な面もしっかりと出しており、シリアスで残酷な場面も出てきます。
舞台上で複数の出来事が起こるため一つの場面に焦点を当てて観ることができず少し煩わしい、という感じも受けましたが、全体的には印象深く、私には素晴らしい舞台だと思えました。舞台転換も鮮やかでした。舞台セットを大きな台に乗せて横に移動させ、1—2幕の間及び3—4幕の間は幕を下ろさず、音楽が途切れなく続くにも関わらず舞台が鮮やかに転換したのは見事でした。
オペラにはよく生首が出てきます。「サロメ」のヨカナーンの生首、「トゥーランドット」で謎が解けずに殺されるペルシア王子の生首。運の悪いことに昨日観た新国立劇場での「ランメルムールのルチア」ではルチアの夫アルトゥーロの生首が槍に刺さって出てきました。そして今回のシェニエの生首と、2日連続で生首を観る羽目になりました。う〜む、最近オペラの流行り物は生首か。 (2017.03.19 wrote)