パレルモ・マッシモ劇場来日公演鑑賞記 2017 「椿姫」と「トスカ」

 

 椿姫 2017.6.18

 

共演者:レオ・ヌッチ (Br): 至宝のバリトン。カウフマンと昔チューリッヒ歌劇場でリゴレットを共演。ヌッチはタイトルロールのリゴレット、カウフマンはマントバ公を演じた。このサイトの「映像・音楽/イタリアオペラ」「リゴレット」にヌッチと共に歌っている録音があります。

 

「椿姫」は世界で最も愛されているオペラの一つでヴェルディの傑作。いやになるほど何度も聴き、メロディーを口ずさめるくらいになっても公演を観る度に泣かされる。そもそも私が生まれて初めて生で見たオペラがレナータ・スコットと若きホセ・カレラスの「椿姫」だった。・・・歳がわかってしまうな、これは。

 

今回の公演の目玉はなんと言ってもレオ・ヌッチでしょう。現在御年75才!お元気!まあ良い声で、歌唱も表現豊か。歳にしては良い声、ではない。眼を閉じて聴いていたら壮年のバリトン声です。中低音のそして高音も充実した、張りのある、文化会館の客席全体にゆうゆうと届く程の強い響きを持つ素晴らしいバリトン声。

ジェルモンパパは第2幕で登場します。娼婦に誘惑された愛する息子アルフレードを娼婦奴から取り戻そう、と怒りに満ちてヴィオレッタ宅を尋ねる父親です。激しい怒りを胸にヴィオレッタに話しかける迫力の有る第一声!この一声ですでに観客を虜にします。

 

しかしヴィオレッタと話し合う中で激しい怒りも収まり、しかし自分の娘の為にアルフレードと別れてくれ、とヴィオレッタに頼みます。この間の心理変化の表現は、強音フレーズ柔らかい弱音フレーズ自由自在。動きの少ない役なのですが行きつ戻りつヴィオレッタと話す時の細かい芝居が自然でした。

 

「プロヴァンスの海と陸」は彼のうまさが生きるアリア。レガートが素晴らしかった。初めから終わりまで存在感抜群、はっきり主役に見えました。拍手喝采もダントツ一番多し。

 

デジレ・ランカトーレがヴィオレッタでした。始めはあまり調子が良くなさそうに見えました。特に第一幕は必死に歌っている感じでした。この幕の「そは彼のひとか〜花から花へ」は長いし、難しいコロラトゥーラの技術が必要とされるアリアです。特に「花から花へ」の最後の高音Esを無理して出す必要は無かったように思うけれど。

 

まあ、私はテノールやソプラノの (本来楽譜に書かれていない高音を出す) 声の曲芸には感動しないタイプなので好みの問題です・・・・。

 

しかし2幕以降は持ち直し、本来彼女が持っているとても美しい柔らかい響きを聞くことができました。ヌッチとの掛け合いもよかったです。大声を張り上げるタイプではなく美しい響きで説得力を持って歌い上げるタイプの歌手に見えました。舞台に引き込まれ感動した為か、鼻をかむ人のごそごそいう音がやけに響いていました。

 

最後の幕、多くの部分をピアノで歌っていました。しかし4階の私が座っている席までよく響いてくる美しいピアノで、死にかけているヴィオレッタの絶望した気持ちが良く伝わってきました。ヴィオレッタの独白アリアの最後の台詞 "Or tutto fini”(全て終わってしまったのよ!) やその他の箇所で出さなければならない弱音の高音も美しく歌われ、観衆から大きな拍手を貰っていました。

 

最後彼女はカーテンコールで涙ぐんでいるように見えました。彼女の様な一流歌手がヨーロッパの一流歌劇場でもない日本の観客のブラボーに、おそらく感激して、でしょうか?涙ぐんだのには少少驚きました。プロフェッショナルは一回一回の上演が真剣勝負。真摯に一生懸命やっていたのでしょうね。

 

アルフレード役はアントニオ・ポーリ。まだ若い感じです。素直で無理のない歌い方、くせのない良い声のテノール君でした。

(2017.06.19 wrote)


「トスカ」 2017.6.19.公演

 

共演者:アンジェラ・ゲオルギュー(S)。 カウフマンとは2004年の「つばめ」以来共演多数。2006年METの「椿姫」でタイトルロールを演じた方。この公演でアルフレードに抜擢されたカウフマンはこれを契機に世界トップテノールへの階段を上って行きます。

 

プッチーニの「トスカ」は「椿姫」と並んで人気のあるオペラです。トスカはゲオルギューが得意とする役。なにかとトラブルの絶えない、というかトラブルを引き寄せる方ですが、今回無事に来日し歌って下さったのはありがたい。既に50を超えているのですが、いつも変わらぬ美しいお顔と素晴らしいスタイル。このスタイルを維持しながら歌も上手いのです。エンターテイナーとして立派です。

 

トスカは誇り高く、美しく、嫉妬深く、しかし性格的にもろい。この様なキャラクターにゲオルギューの声と姿はどんぴしゃです。彼女はとりわけ声が大きいわけでも息が長いわけでもありません。しかし弱音強音両方とも綺麗に響いてくるしスムーズなフレージングです。きっとコントロールがいいのでしょうね。たおやかな演技と相まってトスカになりきっています。

 

第1幕でのカバラドッシとの甘い愛の語らい、アッタバンティ侯爵夫人に対する嫉妬、裏切られたと誤解させられて嘆く場面、歌も上手いが演技も自然にみえます。

 

第2幕の「歌に生き愛に生き」のアリアも上手かったです。2幕最後の場面はオーケストラの演奏のみで舞台上はトスカ一人だけ。歌わないトスカが演技します。スカルピアを殺したトスカは自らの罪におののきながらも死んだ彼の手から許可書を取り上げ、彼への許しの印として燭台を彼の周りに置き、愛する人の元へと去って行く。この場面は緊張感が途切れず良かったです。

 

第3幕の最後、トスカは城壁に登り観客に背中を見せ大きなマントを両手で広げて城壁から飛び降ります。大きくふわっと上の方に広がるマントによって高い位置から自然に飛び降りたような感じになりました。これは演出が上手だったかな。   

 

スカルピア男爵はセバスティアン・カターナという私の存じ上げない方でしたが、なかなかいい声をしていました。第一幕のテ・デウムも重量感があったし、第2幕の演技も上手かったです。一流の歌劇場でも立派に通用しそうなバリトンでした。

 

私の印象に残ったのは実は堂守です。パオロ・オレッキアというバス歌手です。この方の声が朗々と響いて歌唱的にはスカルピア男爵と渡り合っていました。

 

カヴァラドッシはマルチェッロ・ジョルダーニ。第1幕の “la vita mi costasse” 「僕の命に代えて君を守る」や 第2幕の ”Vittoria! Vittoria”「勝利だ!勝利だ!」等は大声がしっかり出ていました。しかし柔らかく歌われた第3幕の「星は光りぬ」の前半部などの方がずっと上手いように思えました。

 

今回のパレルモ・マッシモ劇場「椿姫」「トスカ」2つとも観ました。外国オペラ座の来日公演は時折採算性最重視の手抜き公演があります。しかし今回は歌手、オーケストラ、合唱、いずれもレベルが高く満足できました。(2017.06.20. wrote)