オペラの醍醐味:メゾソプラノの魅力 (人気アリアと有名歌手たち)

「カルメン」 "Seguidilla", Elina Garanca & Robert Alagna 2010 MET


メゾソプラノはバリトンと同様、善悪様々なキャラクターをこなします。悪役的なキャラとしては、テノールに横恋慕する我が儘お姫様、男を操るしたたかな女、年かさでいささか不気味なジプシー女、悪役的女神など。反対に善玉キャラとしては主人に尽くす侍女が目立つけれど、ロジーナ(セヴィリアの理髪師)やチェネレントラ(チェネレントラ)など自立した女性像も魅力的です。

 

メゾソプラノはソプラノとアルトの中間の音域を持つ歌手(の声)を指します。wiki(1)によるとメゾソプラノの音域は(中央のCより低いAから2オクターブ上のAです。 ソプラノの音域は一般的に中央Cから2オクターブ上のハイCとされていますので、メゾソプラノの音域はソプラノより3度ほど低いです。

 

しかしソプラノとメゾソプラノの違いは音域よりもむしろ音質で、メゾソプラノの声は深く、幅広く、充実した輝かしい中音域が特徴です。ただしハイCなどの高音を出せるメゾソプラノ歌手は結構いるし、指揮者のアントニオ・パッパーノ曰く、「ドラマティックなメゾソプラノ役は高音を出せることが必須条件」(2)なのだそうです。

 

ですから高音域に強いメゾソプラノ歌手はドラマティックなソプラノ役も十分にこなすことができ、ソプラノの役、例えばイゾルデ(トリスタンとイゾルデ)、クンドリ(パルジファル)、ジークリンデ(ワルキューレ)なども歌います、、、そういえばこれ全てメゾソプラノのワルトラウト・マイヤー様が歌っていましたっけ。

 

ところでメゾソプラノ歌手にとって重要なのは女性が男性を演じる「ズボン役」。日本的に言えば宝塚の男役スターのようなものです。もともとカストラートが歌っていた役を主にメゾソプラノ歌手が歌うようになったという歴史的な背景があります。しかし女性がうら若い青年(少年)役を歌うことで醸し出される中性的な雰囲気を狙って作曲家が意図的にズボン役を採用することもあるのです。

 

ズボン役として有名なのは、ケルビーノ(フィガロの結婚)、オクタビアン(薔薇の騎士)、ヘンゼル(ヘンゼルとグレーテル)、ジーベル(ファウスト)、ニクラウス(ホフマン物語)、ロミオ(カプレーティとモンテッキ)、オペレッタですがオルロフスキー(こうもり)などでしょうか。

 

カストラートが歌っていた役をメゾソプラノ歌手が歌うオペラは、例えばヘンデル作曲の「アグリッピーナ」のネローネや「エジプトのジューリオ・チェーザレ」のチェーザレなどがあります。

 

1. Mezzo−soprano, From Wikipedia, last edited on 13 January 2024, at 10:41 (UTC).

2. Antonio Pappano's Classical Voices 3, BBC 2013  

 

次回は具体的なメゾソプラノのアリアを紹介していきます。 (2023.03.01 wrote)

 

なお、関連記事として、オペラの醍醐味:バリトンの魅力バスの魅力テノールはつらいよがあります。

 

*****     *****     *****

 

(以下に紹介する動画のうち「iltrovatoreのオペラ解説」で紹介済みのアリアには和訳がついています)

 

ベルカントオペラのメゾソプラノ

 

ロッシーニを歌うメゾソプラノ歌手といったらまず思い浮かぶのはチェチリア・バルトリ御大。下の動画は彼女が歌う「チェネレントラ」の主人公チェネレントラの ”Non piu mesta” (もう火のそばでたった一人で嘆くことはない)。このアリアには「セヴィリアの理髪師」終幕でアルマヴィーヴァ伯爵が歌う有名なアリアのメロディーが転用されています。

 

なにはともあれ、バルトリさんの歌唱テクニックや表現力はいつ聞いても文句無くウルトラ素晴らしい。


 

同じくロッシーニ「セヴィリアの理髪師」ロジーナの歌う “Una voce poco fa” (今の歌声) も有名です。どんな手を使ってでもリンドロ (アルマヴィーヴァ伯爵の偽名)と一緒になろう、との決意を歌うアリア。歌うのはアメリカ人メゾソプラノ、ジョイス・ディドナート。

Una voce poco fa

今聞いた声が

 

qui nel cor mi risuonò;

私の心を震わせる

 

il mio cor ferito è già,

私の心はすでに傷ついているわ、

 

e Lindor fu che il piagò.

リンドロが傷つけたのよ。

 

Sì, Lindoro mio sarà;

そうよ、リンドロは私のものになる;

 

lo giurai, la vincerò.

誓うわ、勝つわよ。

 

Sì, Lindoro mio sarà;

そうよ、リンドロは私のものになる;

 

lo giurai, la vincerò.

そう誓うわ、勝つわよ。

 

Il tutor ricuserà,

私の後見人は拒否するだろうけど、

 

io l'ingegno aguzzerò,

私の知恵を巡らせて、

 

alla fin s'accheterà

最後彼をなだめるの

 

e contenta io resterò.

そうなれば私は満足よ。

 

Sì, Lindoro mio sarà;

そうよ、リンドロは私のものになる;

 

lo giurai, la vincerò.

誓うわ、勝つわよ。

 

Sì, Lindoro mio sarà;

そうよ、リンドロは私のものになる;

 

lo giurai, la vincerò.

そう誓うわ、勝つわよ。

 

Io sono docile,

私はおとなしい、

 

son rispettosa,

私は丁寧よ、

 

sono obbidiente,

私は従順、

 

dolce, amorosa,

優しくて愛情があるわ、

 

mi lascio reggere, mi lascio reggere,

私は従順で、

 

mi fo guidar. mi fo guidar.

教えられたようにやるわ、

 

Ma se mi toccano dov'è il mio debole,

だけど、もし私の弱点(愛)に触れたら

 

sarò una vipera, sarò,

私は毒蛇になる、

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

prima di cedere

彼らの思い通りになる前に

 

farò giocar. farò giocar.

仕掛けるわよ。

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

prima di cedere

彼らの思い通りになる前に

 

farò giocar. farò giocar.

仕掛けるわよ。

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

prima di cedere

彼らの思い通りになる前に

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

farò farò giocar.

仕掛けるわよ。

 

Io sono docile,

私はおとなしい、

 

sono obbidiente,

私は従順、

 

mi lascio reggere,

私は従順で、

 

mi fo guidar.

教えられたようにやるわ、

 

Ma se mi toccano dov'è il mio debole,

だけど、もし私の弱点(愛)に触れたら

 

sarò una vipera, sarò,

私は毒蛇になる、

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

prima di cedere

彼らの思い通りになる前に

 

farò giocar. farò giocar.

仕掛けるわよ。

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

prima di cedere

彼らの思い通りになる前に

 

farò giocar. farò giocar.

仕掛けるわよ。

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

prima di cedere

彼らの思い通りになる前に

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

farò farò giocar.

仕掛けるわよ。

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

farò giocar.

仕掛けるわよ。

 

e cento trappole

そして百の罠を仕掛ける

 

farò giocar. farò giocar. Ah, si, (farò giocar).

仕掛けるわよ。

 


 

ベルカントオペラと一括りにされるとはいえ、ドニゼッティ・ベッリーニの時代に入ると歌手にもエモーショナルでドラマティックな歌い方が要求されるようになります。下の動画はドニゼッティ作曲の「ラ・ファボリータ」から。国王の愛妾であることを隠して愛するフェルナンドと結婚しようとするレオノーラの複雑な胸中を歌う”O mio Fernando” (おお、我がフェルナンド)。

 

名メゾソプラノであった故ジュリエッタ・シミオナートが歌っています。


 

ヴェルディのメゾソプラノ

 

ヴェルディのメゾソプラノは力強く、中低声音域のみならず高音も輝かしくドラマチックに響き渡ります。一筋縄ではいかない複雑な内面を持つ魅力的なキャラクターが多いです。

 

例えば「イル・トロバトーレ」のアズチェーナ。彼女は火あぶりにされた母親の最後の言葉「復讐しておくれ!」に囚われ、長年ひたすら復讐を求めています。以下の動画は、第2幕、母親が火あぶりになった様を皆に語る”Stride la vampa!” (炎は燃えて)。 

 

このアリアを歌った後、彼女はマンリーコに ”Mi vendica! Mi vendica!” (復讐しておくれ) とささやきます。

 

エカテリーナ・セメンチェクが歌っています。ちなみに彼女、なんと”Turandot”も歌える音域の広さ。

Stride la vampa! - la folla indomita 

炎は燃えて ー 野放図な群衆は

 

Corre a quel fuoco - lieta in sembianza; 

炎のまわりへと群がるー あいつらの楽しげな顔;

 

Urli di gioia - intorno echeggiano: 

喜び叫ぶ ー その声はあたりへこだまする

 

Cinta di sgherri - donna s'avanza! 

人殺しに囲まれ ー 女が引き出される!

 

Sinistra splende - sui volti orribili 

不気味に照らされている ー 残虐なあいつらの顔が

 

La tetra fiamma - che s'alza 

身の毛のよだつ炎はー 燃え上がり

 

che s'alza al ciel! 

che s'alza al ciel! 

燃え上がり天まで届く

 

Stride la vampa! - giunge la vittima 

炎は燃えさかり!ー 生け贄が引き出される

 

Nerovestita, - discinta e scalza! 

黒服を着、ー髪を振り乱し、素足だった!

 

Grido feroce - di morte levasi; 

死を求める残忍な叫びが

 

L'eco il ripete - di balza in balza! 

何度もこだましたー丘から丘へと!

 

Sinistra splende - sui volti orribili 

不気味に照らされるー 残虐なあいつらの顔が

 

La tetra fiamma - che s'alza 

身の毛のよだつ炎はー 燃え上がり

 

che s'alza al ciel! 

che s'alza al ciel! 

燃え上がり天まで届く

 

 


 

わがままなお姫様の横恋慕、といえば「ドン・カルロ」のエボリ公女。カルロが愛しているのは自分でなくエリザベッタだと悟った彼女は怒りのあまりエリザベッタを陥れようと国王に告げ口し、カルロは死刑を宣告されます。しかしエボリは自分の所業を後悔し、カルロを救出しようと決心して歌うのが”O don fatale” (呪しき我が美貌)。

 

以下の動画で歌うのはエカテリーナ・グバノヴァ。

Ah! più non vedrò,

ああ、もはや

 

ah, più mai non vedrò la Regina!

ああ、お妃様とお会いすることはない!

 

O don fatale, o don crudel,

何という宿命、残酷な贈り物、

 

che in suo furor mi fece il cielo!

天が怒りとともに私につかわしたのだ!

 

Tu che ci fai sì vane, altere,

お前は私たちを虚栄と傲慢で満たす

 

ti maledico, ti maledico, o mia beltà.

お前を呪う、お前を呪う、おお、我が美貌よ。

 

Versar, versar sol posso il pianto,

涙を流す、涙を流す、私にできるのはそれだけ、

 

speme non ho, soffrir dovrò!

望みはない、私は忍ばねばならぬ!

 

Il mio delitto è orribil tanto

我が罪は恐ろしいほど重く、

 

che cancellar mai nol potrò!

消し去ることはできない!

 

Ti maledico, ti maledico, o mia beltà!

お前を呪う、お前を呪う、おお、我が美貌よ

 

Ah! Timaledido, o mia beltà!

ああ、お前を呪う、おお、我が美貌よ

 

O mia Regina, io t’immolai

おお、王妃様、私はあなたを犠牲にした

 

al folle error di questo cor.

我が心の愚かな過ちの故に

 

Solo in un chiostro al mondo ormai 

この世に修道院のみが

 

dovrò celar il mio dolor!

我が痛みを隠せる!

 

Ohimè! Ohimè! o mia Regina,

ああ!ああ!王妃様、

 

solo in un chiostro, al mondo o mai

修道院のみが、世界で

 

dovrò celar il mio dolor!

我が痛みを隠せる!

 

Ah ! solo in un chiostro, al mondo o mai

ああ!修道院のみが、世界で

 

dovrò celar il mio dolor !

我が痛みを隠せる!

 

Oh ciel!  E Carlo?  a morte domani,

ああ、何と! カルロが? 明日死刑と、

 

gran Dio! a morte andar vedrò ! 

おお、神よ! 彼の死を見るとは!

 

Ah! un dì mi resta, la speme m’arride,

ああ!まだ1日残っている、希望がある、

 

Sia benedetto il ciel! benedetto il ciel!

天に恵みあれ!天に恵みあれ!

 

Lo salverò ! Un dì mi resta, un dì mi resta,

彼を救いだそう!1日残っている、1日残っている、

 

ah! sia benedetto il ciel!  lo salverò!

ああ!天に恵みあれ!彼を救い出そう!

 

 


 

性格はさほど悪くないけれど自尊心が強く嫉妬が高じて自らの恋人を殺してしまう王女様が 「アイーダ」のアムネリス。夫になるはずのラダメスの裏切りを告発したのは彼女自身なのですが、ラダメスの死刑という冷酷な判決に怒り、懊悩し、半狂乱でランフィスに食ってかかります。

 

その場面が下の動画。アニタ・ラチヴェリシュヴィリが歌っています。


 

ヴェリズモのメゾソプラノ

 

「カヴァレリア・ルスティカーナ」のサントゥッア。彼女と結婚する約束をしたトゥリッドは夫のいるローラに夢中でサントゥッアを見向きもしません。舞台は超保守的なシチリアで、トゥリッドに捨てられたら彼女と結婚しようなどという奇特な男はいないのを彼女はよく知っています。彼女は一人ぼっち、精神的に追い詰められトゥリッドの母親に自分の苦境を語るのが “Voi lo sapete, o mamma” (お母さんもご存じのとおり)。

 

歌うのはこの役を得意としていたフィオレンツァ・コッソット。

Voi lo sapete, o mamma, 

お母さんも知っているように、

 

Prima d'andar soldato, 

兵隊に行く前、

 

Turiddu aveva a Lola Eterna fè giurato. aveva a Lola  Eterna fè giurato. 

トゥリッドはローラと将来を誓い合っていたの。

 

Tornò, la seppe sposa; 

だけど兵隊から帰ったら彼女は結婚していた;

 

E con un nuovo amore 

彼は新しい愛で

 

Volle spegner la fiamma. Che gli bruciava il core: 

恋の炎を消したかったのよ。心の中に燃えさかる火を:

 

M'amò, l'amai. l'amai. Ah! l'amai. 

あたしはあの人を愛し、彼もあたしを愛したの!ああ、彼もあたしを愛したの!

 

Quell'invidia d'ogni delizia mia, 

彼女はあたしの幸福に嫉妬し、

 

Del suo sposo dimentica, 

夫を忘れ、

 

Arse di gelosia... Arse di gelosia... 

嫉妬して・・・

 

Me l'ha rapito... Me l'ha rapito... 

あたしから彼を奪ったの・・・

 

Priva dell'onor mio,

あたしの名誉は失われ、

 

dell'onor mio rimango: 

名誉を無くしたあたしは取り残された:

 

Lola e Turiddu s'amano, Lola e Turiddu s'amano, 

トゥリッドとローラは愛し合っています、

 

Io piango, io piango, io piango!

あたしは泣くだけ、泣くだけなの!

 


 

一方「アドリアナ・ルクブルール」のブイヨン公妃は恋敵のアドリアナを冷酷に毒殺する完璧な悪役キャラ。下の動画は不倫相手マウリツィオに対する愛と疑念の嵐に翻弄される彼女の心情を表す有名なアリア ”Acerba voluttà, dolce tortura“ (苦い喜び、甘い責め苦)。

 

歌うのはメゾソプラノで現在人気ナンバーワンのエリーナ・ガランチャ。

Acerba voluttà, dolce tortura,

苦い喜び、甘い責め苦、

 

lentissima agonia, rapida offesa,

じわじわと襲う苦痛、急激にせまりくる怒り

 

vampa, gelo, tremor, smania, paura,

燃える炎、冷たい霜、震え、激昂、恐怖が

 

ad amoroso sen torna l'attesa!

恋人を待つ胸中に戻ってくる!

 

Ogni eco, ogni ombra nella notte incesa

燃えるような夜、こだまと影の全てが

 

contro la impaziente alma congiura:

打ち震える心を貶めようとする:

 

fra dubbiezza e disio tutta sospesa,

疑念と憧れとの間で揺れ動き、

 

l'eternità nell'attimo misura ...

この瞬間が永遠に続くように思える、、、

 

Verrà? M'oblìa? S'affretta?

彼は来るかしら?来ないのかしら? 急いでいるのかしら?

 

O pur si pente? ...

それとも彼は後悔しているのかしら?

 

Ecco, egli giunge! ...

ああ、彼が来る!

 

No, del fiume è il verso,

違うわ、川の流れが詩を歌っているのだわ、

 

misto al sospir d'un arbore dormente ...

眠っている木のため息と混じっているのよ、、

 

O vagabonda stella d'Oriente,

おお、東に輝くさまよう星よ、

 

non tramontar: non tramontar: 

沈まないで、沈まないでおくれ:

 

sorridi all'universo,

宇宙で優しく微笑んでおくれ、

 

e s'egli non mente, scorta il mio amor! ..

そして彼が嘘をついていないのならば、私の恋人を送り届けておくれ!

 


次回に続く (2024.03.10 wrote)おたく記事に戻る

 

ワーグナーのメゾソプラノ

 

「タンホイザー」に出てくる快楽の女神ヴェーヌスはなんとも人間臭い感情をあらわに出します。虜にしていたタンホイザーが自由に目覚め、異界ヴェーヌスベルクから去りたいと申し出ると、"Zieh hin, Wahnbetörter, zieh hin! Geh!"(勝手に行けばいい、馬鹿者!行けったら行け!)と脅かしたりすかしたり。下の動画では名メゾソプラノだったクリスタ・ルドヴィッヒが歌っています。

 

しかしタンホイザーが聖母マリアの名を口にした途端にヴェーヌスの力は失せ、彼は異界からヴァルトブルク城近くの谷に投げ出されます、、、 


 

「ローエングリン」のオルトルートは、凡庸かつ夢想家のエルザよりよっぽど存在感があります。オルトルートは異教を信じるラートボート家出身の妖術使い。キリスト教に復讐しブラバント公国を我ものにしようと策略をめぐらし、彼女の信じる異教の神々ヴォータンやフライアに助力を求めるのが下の動画の前半の方、“Entweihte Götter!”。動画の後半はオペラ終幕場面に変わっています。

 

歌うのは稀代のメゾソプラノ、ワルトラウト・マイアー。日本語訳が付いているのは前半のオルトルートの歌だけ。

ORTRUD

Entweihte Götter! Helft jetzt meiner Rache!

冒涜された神々よ!私の復讐に手をお貸しください!

 

Bestraft die Schmach, die hier euch angetan!

あなたがここで受けた屈辱を罰するのです!

 

Stärkt mich im Dienste eurer heil'gen Sache!

あなたへの聖なる大義を為す私を強くしてください!

 

Vernichtet der Abtrünn'gen schnöden Wahn!

背教者の卑しい妄想を破壊するのです!

 

Wodan! Dich Starken rufe ich!

ヴォータン!あなたを呼び出します、力の神よ!

 

Freia! Erhabne, höre mich!

フライア!お聞きください、高貴なる御方!

 

Segnet mir Trug und Heuchelei,

我が欺瞞と偽善に祝福を、

 

dass glücklich meine Rache sei!

我が復讐を成功させるために!

 


 

「トリスタンとイゾルデ」。そもそもトリスタンとイゾルデが激しい恋に落ちたのは侍女ブランゲーネが機転を聞かせ、「死の薬」と偽って彼らに「愛の薬」を飲ませたからです。ブランゲーネは自分のしたことに不安を抱きながらも主人イゾルデとトリスタンの逢瀬を見守ります。

 

以下の動画は愛し合う二人に危険を警告する非常に美しい歌 “Einsam wachend in der Nacht” (見張りの歌)。・・・・もっとも二人は聞く耳を持たないが。 歌うのは藤村美穂子。世界のトップ歌劇場で主役級の歌手として常時歌うことのできる日本人唯一の歌手です。


 

フランスオペラのメゾソプラノ

 

フランスオペラで最も人気があるのはもちろん「カルメン」。カルメンはいくつかの有名アリアを歌いますが、以下の動画は “ハバネラ”。カルメンを歌うのはアンナ・カテリナ・アントナッチ。彼女は本来ソプラノですがメゾソプラノ役も歌っています。ドン・ホセ役はヨナス・カウフマン。

カルメン  合唱部分の訳は省略

 

Quand je vous aimerai, ma foi, je ne sais pas.

いつあんたを好きになるかなんて、あたしにゃわからない。

 

Peut-être jamais, peut-être demain;

決して好きにならないかもしれないし、明日好きになるかもしれない。

 

Mais pas aujourd'hui, c'est certain.

だけど今日じゃないのは確かだよ。

 

L'amour est un oiseau rebelle

恋は野の鳥

 

Que nul ne peut apprivoiser

誰も手なずけられない

 

Et c'est bien en vain qu'on l'appelle

呼んでも無駄なこった

 

S'il lui convient de refuser

断るのが都合が良けりゃ

 

Rien n'y fait, menace ou prière

脅したってお願いしたって無駄さ

 

L'un parle bien, l'autre se tait

おしゃべりなやつもいれば、無口なやつもいる

Et c'est l'autre que je préfère

あたしが好きなのは無口な方

 

Il n'a rien dit, mais il me plaît

何にも喋らないけど、あたしは好き

 

L'amour (× 4)

恋、恋、恋、恋

 

L'amour est enfant de bohème

恋はボヘミアンの子

 

Il n'a jamais, jamais, connu de loi

法律なんて決して知りゃしない

 

Si tu ne m'aimes pas, je t'aime

もしあんたがあたしを好かないなら、あたしは好きになる

 

si je t'aime, prends garde à toi

もしあたしがあんたを好いたら、気をつけたほうがいいよ、

 

Si tu ne m'aimes pas, si tu ne m'aimes pas, je t'aime

もしあんたがあたしを好かないなら、あたしは好きになる

 

Mais si je t'aime, si je t'aime, prends garde à toi

だけど、もしあたしがあんたを好いたら、気をつけたほうがいいよ、

 

 

Si tu ne m'aimes pas, si tu ne m'aimes pas, je t'aime

もしあんたがあたしを好かないなら、あたしは好きになる

 

Mais si je t'aime, si je t'aime, prends garde à toi

だけど、もしあたしがあんたを好いたら、気をつけたほうがいいよ、

 

 

L'oiseau que tu croyais surprendre

あんたが驚かしたと思った鳥は

 

Battit de l'aile et s'envola

翼を羽ばたかせ逃げていった

 

L'amour est loin, tu peux l'attendre

あんたが待ってるうちは恋は遠くにしかないよ

 

Tu ne l'attends plus, il est là

あんたが待たなくなれば恋はそこにある

 

Tout autour de toi, vite, vite

あんたの周りにね、素早く、素早く

 

Il vient, s'en va, puis il revient

来ては去り、また戻ってくる

 

Tu crois le tenir, il t'évite

捕まえたかと思うと恋は逃げてゆき

 

Tu crois l'éviter, il te tient

逃がしたかと思うと恋があんたを捕まえる

 

L'amour (× 4)

恋、恋、恋、恋

 

L'amour est enfant de bohème

恋はボヘミアンの子

 

Il n'a jamais jamais connu de loi

法律なんて決して知りゃしない

 

Si tu ne m'aimes pas, je t'aime

もしあんたがあたしを好かないなら、あたしは好きになる

 

si je t'aime, prends garde à toi

あたしがあんたを好くなら、気をつけたほうがいいよ

 

Si tu ne m'aimes pas, si tu ne m'aimes pas, je t'aime

もしあんたがあたしを好かないなら、あたしは好きになる

 

Mais si je t'aime, si je t'aime, prends garde à toi

だけど、もしあたしがあんたを好くなら、気をつけたほうがいいよ


 

男を誘惑するにかけてカルメンに劣らないのが「サムソンとデリラ」のデリラ。怪力サムソンをたらし込んでその力の秘密を探ろうと彼への愛を歌います(「あなたの声に私の心も開く」)。歌うのは最近人気上昇中の若手ロシア人メゾソプラノ歌手、Aigul Akhmentshina。


 

上記の女性達とは異なり、「ウェルテル」では地味で禁欲的な女性シャルロッテが登場します。彼女は死んだ母親の遺言や夫への義務感に縛られウェルテルへの愛を封印しています。しかしウェルテルからの絶望的で胸に迫る手紙に心が揺さぶられ、彼への思慕の念が抑えられなくなります、というのが下の動画(手紙の歌)。

 

歌うのはフランス人ソフィー・コッシュ。顔つき体つきも地味でこの役にぴったりと思います。録音悪くて雑音入りですが。

CHARLOTTE

Werther... Werther... ウェルテル、、、ウェルテル、、、

 

Qui m'aurait dit la place que dans mon cœur il occupe aujourd'hui?

今日彼が私の心を占めている場所を一体誰がわかるというのでしょう?

 

Depuis qu'il est parti, malgré moi, tout me lasse!

彼が去って、我ながら、何もかも嫌になる!

 

Et mon âme est pleine de lui!

私の心は彼のことでいっぱいよ!

 

Ces lettres! ces lettres!

この手紙!手紙!

 

Ah! je les relis sans cesse...

ああ!何度も読み直したわ、、、

 

Avec quel charme... mais aussi quelle tristesse!

魅力に満ちていて、、、だけれどなんて悲しいこと!

 

Je devrais les détruire... je ne puis!

捨てなければならなかったのだけれど、、、捨てられなかった!

 

"Je vous écris de ma petite chambre: 

「僕の小部屋で貴方に手紙を書いています:

 

au ciel gris et lourd de Décembre

灰色で重苦しい12月の空が

 

pèse sur moi comme un linceul,

経帷子のように僕の周りに垂れ込めている、

 

Et je suis seul! seul! toujours seul!"

そして僕はたった一人!たった一人!いつも一人きり!」

 

Ah! personne auprès de lui!

ああ!彼のそばには誰もいないのよ!

 

pas un seul témoignage de tendresse ou même de pitié!

優しさどころか憐れみすら無いのよ!

 

Dieu! comment m'est venu ce triste courage, d'ordonner cet exil et cet isolement?

神様!彼を追い出し孤独の身に追いやったこの悲しい勇気を私はどうやって得たのでしょう?

 

"Des cris joyeux d'enfants montent sous ma fenêtre,

子供たちの歓喜の声が窓の下から聞こえてくる、

 

Des cris d'enfants! Et je pense à ce temps si doux.

子供たちの声!あの楽しかった時に思いを馳せる。

 

Où tous vos chers petits jouaient autour de nous!

貴方の愛しい子供たちが僕らの周りで遊んでいた時を!

 

Ils m'oublieront peut-être?"

あの子達は僕を忘れてしまうだろうね?」

 

Non, Werther, dans leur souvenir votre image reste vivante... et quand vous reviendrez... mais doit-il revenir?

いいえ、ウェルテル、あの子達はあなたの面影をずっと忘れないでいるわ、、、そしてあなたが帰ってきたら、、、、だけど彼は帰ってくるのかしら?

 

Ah! ce dernier billet me glace et m'épouvante!

ああ!この最後の手紙は心が凍りついて恐ろしい!

 

"Tu m'as dit: à Noël, et j'ai crié: jamais!

「貴方はクリスマスにと言った、そして僕は決して戻らない!と叫んだ。

 

On va bientôt connaître qui de nous disait vrai!

もうすぐどちらが正しかったかがわかるだろう。

 

Mais si je ne dois reparaître au jour fixé, devant toi,

だけれどもし約束した日に僕が貴方の前に現れなかったとしても、

 

ne m'accuse pas, pleure-moi!"

僕を責めないでおくれ、僕のために泣いてほしい!」

 

Ne m'accuse pas, pleure-moi!

僕を責めないでおくれ、僕のために泣いてほしい!

 

"Oui, de ces yeux si pleins de charmes, ces lignes...

「そう、貴方は魅力に溢れた目で、手紙を一行一行、、、、

 

tu les reliras, tu les mouilleras de tes larmes...

涙で濡らしながら読み返すだろう、、、

 

O Charlotte, et tu frémiras!"

おお、シャーロット、そして貴方は身震いすることだろう!」

 

...tu frémiras! tu frémiras!

・・・貴方は身震いすることだろう!貴方は身震いすることだろう!


 

メゾソプラノのズボン役

 

ヘンデルはカストラートを多用しています。「エジプトのジュリアス・シーザー」でシーザーを演じるのは本来アルト・カストラートでしたが、現在ではメゾソプラノ(またはカウンターテノール)が演じています。

 

下の動画でシーザーを歌っているのはイギリスのDame サラ・コノリー。彼女曰く、「女性は歩く時ウエストから上で動くが男性はヒップから上で動く」( Antonio Pappano's Classical Voices 3, BBC 2013  )そうです。下の動画で彼女がとても男性的に見えるのは歩き方を研究していたせいでしょうか。


 

宝塚歌劇が不動の人気を誇っているように、女が男性を演じるというのは不思議な魅力があってわざわざズボン役として創作されたキャラクターもあります。

 

おそらくオペラの中で最も知られたズボン役は「フィガロの結婚」にでてくるケルビーノ。女と見れば見境なく欲情してしまうどうしようもない思春期の少年。下の動画は有名なアリア ”Voi che sapete”(恋とはどんなものかしら)。

 

歌うのは芝居も非常にうまかったマリア・ユーイング。彼女はソプラノ・メゾソプラノ両方こなせる歌手でした。動画の伯爵夫人役はキリ・テ・カナワ、スザンナ役はミルレラ・フレーニ

Voi che sapete che cosa è amor,

あなた方は愛がどんなものかご存知でいらっしゃる、

 

donne, vedete s'io l'ho nel cor.

donne, vedete s'io l'ho nel cor.

ご婦人方、私の心に愛があるかご覧になってください。

 

Quello ch'io provo vi ridirò,

僕が感じたことを、あなたがたにご説明いたします。

 

è per me nuovo, capir nol so.

僕にとっても新たなことなので、僕には理解できません。

 

Sento un affetto pien di desir,

欲望に満ちた情念を感じます、

 

ch'ora è diletto, ch'ora è martir.

今は喜びでもあり、苦しみでもあります。

 

Gelo e poi sento l'alma avvampar,

心が凍りついたかと思うと、燃え上がるのです、

 

e in un momento torno a gelar.

そしてあっという間にまた凍りついてしまう。

 

Ricerco un bene fuori di me,

他の人からの恩恵を求めますが、

 

non so chi'l tiene, non so cos'è.

それが誰からか、かもわかりませんし、それが何かもわかりません。

 

Sospiro e gemo senza voler,

意味もわからずため息をつき、苦しみます、

 

palpito e tremo senza saper.

それが何かも知らずにドキドキし、震えるのです。

 

Non trovo pace notte né dì,

昼も夜も心が落ち着きません、

 

ma pur mi piace languir così.

それなのに、思いこがれるのです。

 

Voi che sapete che cosa è amor,

愛がどんなものかご存知でいらっしゃる、

 

donne, vedete s'io l'ho nel cor.

donne, vedete s'io l'ho nel cor.

donne, vedete s'io l'ho nel cor.

ご婦人方、私の心にそれがあるかご覧になってください。

 


 

R.シュトラウス作曲の「薔薇の騎士」ではメゾソプラノが若い貴族オクタビアンを演じるのですが、オクタビアンは劇中で女装して好色なオックス男爵をひっかけます。つまりメゾソプラノ歌手は男を演じ、さらに舞台上でその男役が女を演じるという極めて複雑な演技が必要となります。

 

以下の動画はオクタビアンがゾフィーに銀の薔薇を手渡す場面。有名なメゾソプラノ歌手だったブリギッテ・ファスベンダーが演ずるオクタビアンです。ゾフィー役はルチア・ポップ。


(2024.03.20 wrote) おたく記事に戻る