ロココとオペラ

 

最近ストリーミングで観た「薔薇の騎士」。一つはウイーン歌劇場、昔からずっと続いている優雅で気品漂うオットー・シェンクのロココ調の演出。もう一つはバイエルン歌劇場でのバリー・コスキーによる斬新な新演出・・・なのですが途中でコッテンコッテンのロココ(悪)趣味な場面も出てきます。(下の動画) オペラ解説「薔薇の騎士」はこちら

 

面白がって見ていたのですが、ふと自問しました。「ロココ」ってなんだったっけ?

 

ロココ様式とは、絶対君主の座についたフランスのルイ15世の治世に彼の宮廷で始まりその後ヨーロッパ各地に広まった、主に室内装飾(絵画、家具、陶磁器など)の美術様式です。またロココの時代というと、ルイ15世が即位した1715年頃から50年間くらいの文化を表すこともあるらしい。ざっくり言ってフランスでは絶対王政後期に流行した美術様式と考えればいいでしょうか。

 

1代前のルイ14世は太陽王とも言われブルボン王朝の絶頂期を築いた王様で、バロック建築の代表とも言うべきヴェルサイユ宮殿を建造します。バロック様式は荘重・雄大にして豪華、劇的な表現が特徴でした。

ヴェルサイユ宮殿

 

File:Versailles Palace.jpg by Eric Pouhier


 

しかしルイ15世の宮廷ではそれに反発する様に、細やかで柔らかく優雅、曲線を多用した(時として過剰に)装飾的なロココ様式(下の写真)が流行します。


 

その流行の中心にいたのが有名なルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人。お召し物にレースとお花達が過剰なまでにごちゃごちゃと。

ロココ様式の代表的絵画。この時代権勢を誇ったブーシェが描いた「ヴィーナスの勝利」(下の絵)の様に官能的なものも多いです。

"Venus triumf/The Triumph of Venus" by Nationalmuseum Stockholm

Francois Boucher, NM 770. Photo: Erik Cornelius/Nationalmuseum

当時の貴族達は男も女も化粧をし、凝った髪型や衣装に金をかけるなど文化が爛熟している様に見えます。1774年に即位したルイ16世の王妃マリー・アントワネットの時代になると馬車に乗れないほど髪を極端に高くゆいあげてそのファッションを競うなど、やりすぎで退廃的な雰囲気も強く感じられます。ロココはそんな時代を表現する美術様式とも言えましょう。

 

髪を極端に盛り上げ飾り立てた女性達。一番下の絵は二人の女性の髪(カツラ)が大きすぎて馬車に普通に座ることができず、体を二つに折り窮屈そうに屈んでいる風景で、極端なファッションに対する風刺。

 

"037"Ruas, Passagens e Passarelas 

ロココスタイルはフランス革命 (1789年〜)を境に表舞台から消え去ります。

 

代わりに台頭してくるのが新古典主義。すでにルイ16世の時代から流行り始めていたのですが、古代ギリシアローマをお手本とする様式です。その代表例はジャック=ルイ・ダヴィッドの「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」で、そう言えばダヴィッドはフランス革命時ジャコバン派に属していた画家でした。(参考:アンドレアシェニエとマラーの死

 

「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」

ジャック=ルイ・ダヴィッド

ルーブル美術館

 

Sacre de l'empereur Napoléon Ier et couronnement de l'impératrice Joséphine dans la cathédrale Notre-Dame de Paris, le 2 décembre 1804

 

 

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昨今のオペラは時代読み替えが横行していて、オペラの時代的背景はほとんど無視されています。しかし本来作曲家がどの様な時代を想定して作曲したかを知るのもオペラを理解する上で大切です。そこで元々ロココ様式、またはロココの時代が採用されている有名オペラを探してみますと、

 

やはり「薔薇の騎士」でしょうか。1740年頃マリア・テレジアの時代設定になっていて、ウイーンもロココの時代です。部屋も調度もロココ調、ロココでよく使われたパステルカラーの衣装も美しく華麗にまとめた舞台が多いです。オクタヴィアンの銀色の衣装もうっとりするくらい美しい。オペラの内容もロココ風なのです。(「薔薇の騎士」のオペラ解説はこちら)。


 

ロココが流行した時代はフランス革命によって終わりを迎えますが、その激変する時代を描いたのが「アンドレア・シェニエ」です。第1幕は革命直前。華やかで退廃的なロココ趣味に溢れた貴族の屋敷での出来事ですが、第2幕は革命後の世界になり、ロココスタイルは影も無し。(「アンドレア・シェニエのオペラ解説はこちら)。

「アンドレア・シェニエ」第1幕 シェニエの周りにいる貴族の面々はロココ風の豪華な衣装。


 

これ以外にもロココが流行した時代を舞台にしたオペラがあります。

例えば「アドリアーナ・ルクブルール」。1730年のパリの設定で、ブイヨン公妃など貴族達は豪華な衣装を着て不倫にいそしみ退廃的な生活を送っています。METですとやはりロココ風の舞台ですね。ただしこのオペラの主人公アドリアナは貴族ではありません。

「アドリアーナ・ルクブルール」第2幕 ブイヨン公妃


 

それから「マノン」と「マノン・レスコー」。この二つのオペラはフランス革命の前、ルイ15世の頃または18世紀後半というロココが流行していた時代設定になっています。マノンは、贅沢でロココ趣味に溢れた退廃的な貴族階級の暮らしに憧れていました。

「マノン」第2幕


 

ついでに言うとヴェルディの「椿姫」は、現代劇にしたいと言う当時のヴェルディの意向が通らず彼の時代から100年前の18世紀ロココの時代に設定を変更させられました。

 

(2021.04.10 wrote) おたく記事に戻る