ウイーン国立歌劇場「ドン・カルロス」フランス語版5幕 2020.10.4公演 streaming

今シーズンからウイーン歌劇場のストリーミングは無料になり、日本語訳も付くようになりました。やはり日本語の字幕がつくと歌唱の意味がよくわかるようになります。

 

今年はコロナ大流行。カウフマンの舞台でのオペラは3月初めROHでの「フィデリオ」が最後でした。とはいえ彼はこのオペラのリハーサル中にコロナにかかったそうで、それが原因かどうかは不明ですがシネマ収録日の公演をキャンセルしました。

 

オーストリアは観光が経済に大きな役割を果たしていて、もちろんオペラもその一翼を担っています。そのせいもあってか、ウイーン歌劇場は「何がなんでもオペラを上演する!!!」という情熱に燃えているように見えます。ちなみにカウフマンはリハーサルや公演日には毎回必ずコロナ検査をしているらしい(WAZインタビュー

 

iltrovatoreはフェイスシールドをしてソーシャルディスタンスをとったオペラは見る気が失せますので、このように普通に演じていただけて非常に嬉しいです。(個人的な好みです)

 

私は2017年パリオペラ座でカウフマン主演の「ドン・カルロス」フランス語原典版を見ています。が、今回はパリで省略されていたバレエ場面付き。休憩が2回入って5時間越え。「やっぱり長いわ!」 これで歌手が下手だったら苦痛で飽きてしまったでしょう。今回はラッキーでした。

 

以前の鑑賞記にも書きましたが、この原典版には演劇的に冗長と思える場面が何箇所もあり(例えばエリザベッタとエボリの二重唱、ポーザが殺害された後のシーンなど) これらの場面を短縮した5幕版の方が全体が締まって良いように思えます。

 

今回は特にオーケストラが良かったと感じました。Bertrand de Billyの指揮するオーケストラはヴェルディの華麗で雄大で深みのある音楽を非常にうまく演奏していました。Billyさんに感謝です。

 

さらに主要歌手達のレベルがとても高かった。フィリップ2世を演じる予定だったアブドラザコフはコロナ陽性になってしまいキャンセルし(現在は元気にしているようです)、代わりにMichele Pertusiが歌いましたが、堅実にこなしたという感じです。ポーザ役のIgor Golovatenkoは声の美しいバリトンで非常に滑らかな歌唱で好感が持てました。Roberto Scadiuzzi演ずる大審問官の芝居も迫力があり歌もなかなかうまかったです。

 

エリザベート役のMalin Byströmは姿も美しく、芝居もうまく、歌に気品がある。フランスの民衆のために政略結婚し、スペイン王妃としての立場をわきまえながらもカルロスへの愛情は変わらないという複雑な心を持つ女性を歌い切ったという感じです。

 

一方エボリ役のEve-Maud Hubeauxも容姿麗しく、背も高い(多分カウフマンより高い)。気が強く、思い込みも強く、嫉妬深い公女を歌でうまく表現していたと思います。

 

さてカウフマンですが、iltrovatoreはどうしても2013年ザルツブルクでの若々しくハンサムなドン・カルロ(鑑賞記)、2017年パリでの初めから終わりまで悲嘆にくれているドン・カルロス(鑑賞記)と今回のドン・カルロスを比べてしまいます。

 

オペラのドン・カルロ(ス)は自分が恋をした相手に執着し、メソメソし、軽率な行動に走る精神的に未熟で不安定な人間で、基本的に魅力的な人物ではありません。

 

しかし2013年のザルツブルクでカウフマンは彼の若々しさと未熟さと傲慢さをはっきりと打ち出しました。それゆえ魅力的だったです。もちろん今よりずっと若く(今よりずっと痩せていて)カッコ良かったです。

 

2017年のドン・カルロスは演出の故に初めから終わりまで弱々しい人物でした。カウフマンはその弱々しいカルロスをうまく演じていたけれど、私はその弱々しさに共感できずあまり良いとは思えませんでした。まあ演出に共感できなかったという方が正確ですかね。

 

そして今回です。第1幕の印象は「カウフマンも年取ったなあ」でした。もう少し若々しさを打ち出しても良いのでは、と思いました。ただしこれは演出のせいかもしれません。しかし第2幕以降は自分の感情を抑えられず苦しむドン・カルロスをうまく歌っていたし、後半のドラマティックな歌いぶりはカウフマンの得意とするところでしょう。最後のエリザベットとの二重唱が一番共感でき、私的にはこのオペラの中で一番良かったように思います。

 

最後は演出。ほぼ大道具のない舞台で、どっちかというと衣装付きのセミステージ風。とはいえ、細かくいうと各幕毎に突っ込みどころ満載の問題ある演出でした。しかしどこぞの演出家のように自分の独善的な価値観で舞台をまとめ、作曲家の音楽的意図を全く無視する、ことはなかったです。

 

ただ残念なのはバレエ場面でした。今回の演出では「エボリの夢(妄想と訳す方が正解だろう)」という寸劇に変えられていたシーンです。「ここはバレリーナがふわっと踊るんではなかろうか」 などと簡単に想像できるほどの全くのバレエ音楽。本来ならばこれは王妃のバレエ・「ラ・ペリグリーナ」。魔法の洞窟の中で黒、ピンク、白い真珠達や妖精が音楽に合わせて踊るのです。ただ、今回は超簡素なのっぺらぼう舞台、しかも時代ごちゃ混ぜの低予算風舞台ですからこのバレエとは全く合わないですけど。

 

最後に一言。日本語字幕の間違え。第2幕、王妃を一人にしていたと王に叱責されフランスへ強制送還される女性はエボリ公女ではありません。アランベール伯爵夫人です。もっとも舞台では伯爵夫人としか呼ばれません。

 

参考:iltrovatoreのオペラ紹介「ドン・カルロ」 

 

(2020.10.5 wrote) 鑑賞記に戻る。